表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第4章ールグレシア王国の危機ー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
593/657

ルグレシア王国第二王女アルティシア・ヴァン・ルグレシアー

魔導王国サナトリア。


王都中央聖堂。


そのさらに地下深く。


限られた者しか立ち入ることを許されない場所。


聖女の間。


巨大な十字架。


無数の魔法陣。


幾重にも重なる術式。


淡い光が静かに脈動していた。


本来ならば厳重な警備が敷かれている場所。


だが今は違う。


王国の兵。


将校。


魔導師。


そのほとんどがルグレシア侵攻へ参加していた。


サナトリアは空になっている。


だからこそ。


ここにいる女は堂々と立っていた。


場違いなほど上品な装い。


ミントグリーンのワンピース。


白いレース手袋。


腰まで届く銀髪。


貴族令嬢のような気品。


ハーブだった。


彼女は巨大な十字架を見上げる。


その瞳には恍惚が浮かんでいた。


「これが聖女システム」


静かな声。


まるで恋人へ語りかけるように。


「全てを見通す叡智、千里眼」


ゆっくり歩く。


指先で空中をなぞる。


「製造されてからの、この世の全ての情報がここにあるのね」


感嘆の吐息。


ハーブは室内を見回した。


「素敵ね」


微笑む。


「とてもとても、素敵だわ」


両手を広げる。


歓迎するように。


抱き締めるように。


「これさえあれば、Keilflammeの研究が数世紀は加速するわ」


静寂。


脈動する魔法陣。


淡い光。


そして。


ハーブは両手で顔を覆った。


ゆっくりと。


ゆっくりと。


その手を開く。


現れた顔。


だが。


そこにあった表情はハーブのものではなかった。


歪んでいる。


愉悦に。


狂気に。


歓喜に。


歪み切った笑顔。


「んーたーまんなーい♪」


声色すら変わる。


「あちきの天才的な頭にー」


肩を揺らして笑う。


「この千里眼が加わればー鬼にカナボーだし♪」


十字架へ手を伸ばす。


愛おしそうに。


「キャハハッ♪」


そして。


誰もいない聖女の間で。


楽しそうに踊るように回った。


「マリカよりー」


くるり。


「ルグレシア王女の神王の血の方がー」


くるり。


「システムとの相性はバッチグーだし♪」


そして。


ぴたりと止まる。


口元が吊り上がる。


「ベルの悔しがる顔もたーのーしーみー♪」


歪な笑顔がさらに深まり、


「キャハッ!」


笑う。


「キャハハハハハハハハハハハハハッ!!!」


高らかな笑い声。


狂気に満ちた声。


その笑いは地下深くに反響し。


聖女の間を満たしていく。


馬車の列は街道を進んでいた。


空は白い。


夕刻であるにも関わらず。


飛空艇から放たれる光が大地を照らし続けている。


誰もが疲弊していた。


誰もが不安を抱えていた。


その中で。


アイザックだけが僅かな違和感を覚えていた。


アルティシアが静かすぎる。


いつもなら。


どれほど落ち込んでいても。


どれほど苦しんでいても。


民の避難状況を聞く。


王都の様子を聞く。


残った兵達のことを尋ねる。


だが今日は。


何も言わない。


俯いたまま。


ただ座っているだけ。


そして。


「殿下、お身体に大事ございませんか?」


そう尋ねた時。


返ってきたのは小さな頷きだけだった。


アイザックは前を向く。


だが。


確信していた。


おかしい。


これは本当にアルティシア殿下なのか?


御者席を降りる。


馬車の扉を開く。


そして客席へ乗り込んだ。


その瞬間。


少女の肩が大きく震えた。


アイザックの目が細まる。


アルティシアならこんな反応はおかしい。


「殿下」


少女が身を縮める。


アイザックは一歩近付いた。


「御免!」


布を掴む。


そして一気に払った。


金色の髪が揺れる。


だが。


次の瞬間。


アイザックの顔色が変わった。


「……」


一瞬。


言葉を失う。


そこにいたのは。


アルティシアではなかった。


同じ年頃。


同じ背格好。


王女の衣装。


金髪のかつら。


涙目の少女。


侍女マヨリカだった。


アイザックの顔が引き攣る。


そして。


次の瞬間。


「……殿下ぁぁぁぁぁぁっ!!」


絶叫。


街道中に響き渡る。


「あのバカムスメぇぇぇぇっ!!」


マヨリカが飛び上がる。


涙目のまま震える。


「も……申し訳ございませんっ!」


頭を下げる。


何度も。


何度も。


だが。


アイザックは叫ぶ。


「よい!」


即答だった。


「どうせ殿下に言いくるめられたのであろう!」


図星だった。


マヨリカの肩が跳ねる。


アイザックは頭を抱える。


「おのれぇぇぇぇぇ……!」


額に青筋が浮かぶ。


何十年も王家に仕えてきた。


数多の陰謀も見抜いた。


それなのに。


よりにもよって。


最も見抜かねばならぬ相手に、最も重要な時にしてやられた。


「アイザック一生の不覚……!」


そう言うが早いか。


馬車から飛び降りた。


周囲の騎士達が驚く。


「アイザック殿!?」


「何事です!?」


だが説明する時間などない。


近くを走る騎士へ飛び掛かる。


老人とは思えない速度だった。


騎士の背後へ着地。


そのまま首根っこを掴む。


「馬車へ移れ!」


「えっ」


「馬は借りるぞ!」


強烈な膂力。


騎士が悲鳴を上げる間もない。


次の瞬間。


客席へ放り込まれていた。


「なぁっ!?」


アイザックは既に手綱を握っている。


馬が嘶く。


向きを変える。


王都へ。


王城へ。


一直線に。


「殿下ぁぁぁぁぁぁっ!!」


叫ぶ。


怒り。


焦り。


心配。


全てを乗せて。


白髪の侍従長は馬を駆った。


その姿はもはや老人ではなかった。


主君を追う一人の騎士だった。


王城。


最上階へ続く螺旋階段。


アルティシアは走っていた。


息を切らしながら。


侍女服の裾を押さえながら。


ただひたすらに上へ。


上へ。


足は重い。


身体も限界だった。


徹夜。


軍議。


失神。


目覚めてからの絶望。


まともに立つことすら困難な身体。


それでも止まらない。


止まれなかった。


「父上、アイザック、みんな、ごめんなさい」


階段を駆け上がる。


灯りのない石造りの通路。


自分の足音だけが響く。


「けれど、この状況を打破できる手段があるのなら」


胸が苦しい。


呼吸が乱れる。


それでも。


前へ。


「それを私が行えるのなら」


脳裏に浮かぶ。


父の顔。


アイザックの顔。


ラインの笑顔。


ノーギス。


アイゼン。


残った兵士達。


皆が笑っていた。


死地へ向かうというのに。


自分を逃がすために。


未来を残すために。


「この命、惜しくはありません」


そう呟く。


だが。


その言葉を聞けば。


きっと父は怒るだろう。


アイザックは泣くだろう。


ラインは困ったように笑うだろう。


それでも。


アルティシアは止まれなかった。


なぜなら。


彼女は知ってしまったから。


聖女システムを。


神王の血を。


そして。


サナトリアが自分を要求した理由を。


最上階へ続く最後の階段。


アルティシアの足がもつれる。


膝をつく。


石床へ手をつく。


荒い呼吸。


汗が落ちる。


だが。


すぐに立ち上がった。


「まだ……」


震える声。


「まだ終わってなど……おりませんわ……」


そうして。


最後の扉へ辿り着く。


王城で最も高い場所。


王都を一望できる塔。


アルティシアは扉へ手を掛けた。


その向こうでは。


飛空艇の光が夜を昼へ変えている。


ルグレシアの運命を左右する決断が。


彼女を待っていた。


王城最上階。


風が吹く。


本来ならば月明かりだけが照らすはずの夜。


だが今夜のルグレシアに夜はなかった。


空を埋め尽くす飛空艇。


飛竜の群れ。


そして地上を照らし続ける無数の魔術灯。


王都も。


平原も。


山々も。


全てが昼間のように白く照らされている。


その光の中心で。


アルティシアは立っていた。


王城で最も高い塔の頂。


侍女服を静かに脱ぎ捨てる。


偽装も。


逃亡も。


全て終わりだった。


冷たい風が肌を撫でる。


だがアルティシアは震えない。


ただ空を見上げる。


空に浮かぶ巨大な飛空艇群を。


そうして両手を広げた。


まるで処刑台へ上がる罪人のように。


あるいは。


国を守るために祭壇へ立つ巫女のように。


そして声を上げる。


「私が、ルグレシア王国第二王女アルティシア・ヴァン・ルグレシアですわ!」


その声は夜空へ放たれた。


王城へ響く。


城壁へ響く。


兵舎へ響く。


王都へ響く。


誰もが聞いた。


兵士達が顔を上げる。


騎士達が空を見上げる。


城内を走る伝令達が立ち止まる。


そして。


王城へ向かっていたアイザックも。


馬上で目を見開いた。


「殿下……!」


アルティシアは続ける。


声が震えないよう。


必死に胸を張る。


「サナトリアの使者へ告げます!」


挿絵(By みてみん)


風が吹く。


金色の髪が揺れる。


「聖女マリカ様は返還できません!」


王都中が静まり返る。


誰も息をしない。


アルティシアだけが空を見上げている。


「故に!」


その声は強かった。


誰よりも。


何よりも。


「私が参りますわ!」


空に向かって叫ぶ。


飛空艇へ向かって。


敵軍へ向かって。


世界へ向かって。


「私を連れて行きなさい!」


その瞬間。


王都のどこかで誰かが悲鳴を上げた。


城壁の兵士達が顔を歪める。


騎士達が拳を握る。


だが。


アルティシアは止まらない。


「どうせ欲しいのは私なのでしょう!」


空を睨む。


涙を堪えながら。


「ならば私はここにおります!」


「逃げも隠れも致しません!」


そして。


静かに。


本当に静かに。


最後の言葉を告げた。


「ですから」


ルグレシアを見渡す。


生まれ育った国を。


愛した国を。


父が守り続けた国を。


「どうか」


微笑む。


泣きそうな笑顔で。


「これ以上、この国を傷付けないでくださいませ」


その言葉だけは。


王女ではなく。


一人の少女の願いだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ