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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第4章ールグレシア王国の危機ー

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アルティシアの覚悟ー

アルティシアはゆっくりと立ち上がった。


そして深く頭を下げる。


王女としてではない。


一人の人間として。


「元はすべて、私のわがままから始まったこの度の事態。言い訳のしようもございません」


会議室がどよめく。


誰もそんな言葉を予想していなかった。


アルティシアは顔を上げる。


青白い顔。


だがその瞳は真っ直ぐだった。


「その上、世界最高戦力たる我が婚約者、ベル様への助力を願わぬこと。皆様のご理解を得られないことは重々承知しております」


重臣達は黙って聞いている。


誰も遮らない。


「これも私のわがまま。皆様に、そして我が民達に多大なる迷惑をおかけすること、全て私の責任ですわ」


アルティシアは胸の前で手を重ねた。


小さな身体。


細い肩。


今にも倒れそうなほど弱っている。


それでも。


その声だけは不思議なほど力強かった。


「ですので、皆様に命を懸けていただきたいなど申しません」


会議室の空気が変わる。


嫌な予感が走る。


ディーノスが眉をひそめた。


アルティシアの瞳の奥に強い光が宿る。


「もしもの時は、この私の命を持って、収束に向け――」


「なりませーーーーーんっ!!!!!」


轟音だった。


会議室全体が揺れたように感じるほどの大声。


全員が弾かれたように振り返る。


アルティシアも。


ディーノスも。


宰相も。


重臣達も。


誰もが目を見開いた。


壁際。


ずっと控えていたアイザックがいた。


老執事の顔は真っ赤だった。


肩を震わせ。


拳を握り締め。


今にも泣きそうな顔をしている。


「なりません! なりませんぞ! 殿下!」


普段の冷静さは欠片もない。


「それだけは! なりませんっ!」


アイザックは一歩前へ出た。


さらに一歩。


誰も止められない。


止める気にもなれない。


「何を仰っているのですか!」


声が震えている。


怒りか。


悲しみか。


その両方だった。


「殿下がお命を差し出せば全て解決するとでも!?」


老執事の目から涙が溢れた。


「そのようなもの!」


息を荒げる。


「誰が望みますか!」


会議室は静まり返る。


誰も言葉を発せない。


アイザックはアルティシアを見つめた。


生まれた時から知っている。


泣き虫だった頃も。


初めて文字を書いた日も。


外交を学び始めた日も。


全て見てきた。


その少女が。


今。


自らの命を差し出そうとしている。


そんなものを受け入れられるはずがなかった。


「殿下は!」


声が裏返る。


「殿下は生きてくださいませ!!」


その叫びが会議室に響いた。


誰も笑わない。


誰も咎めない。


そこにいた全員が同じ気持ちだったからだ。


アルティシアは目を見開いたまま、アイザックを見つめていた。


その時だった。


ディーノスがゆっくりと立ち上がる。


かつて黒獅子と恐れられた王。


大柄な身体が立ち上がっただけで空気が変わる。


そして。


「よく言った! アイザック!」


豪快な声が会議室を震わせた。


誰もが振り返る。


ディーノスの黒い瞳は真っ直ぐアイザックを見ていた。


「その言葉、我こそが言うべきであった……」


王は拳を握る。


その顔には悔恨が浮かんでいた。


「不甲斐なき我を許せよ」


アイザックが目を見開く。


「国王様……」


ディーノスは大きく頷いた。


そして娘の傍らに立つ老執事へ視線を向ける。


「アルティシアよ」


アルティシアも顔を上げた。


「良き家臣を持ったな」


静かな声だった。


だが力強い。


「アイザック。そなたこそ真の忠臣である」


アイザックは深く頭を下げた。


肩が震えている。


「勿体なき、お言葉」


その時だった。


一人の家臣が立ち上がる。


続いてもう一人。


さらに一人。


気付けば全員が席を立っていた。


誰も打ち合わせていない。


自然だった。


「我らも、殿下のために、この命捧げましょう!」


声が響く。


別の家臣も拳を握った。


「そうです! 最後まで共に!」


「我らはルグレシアの臣!」


「殿下お一人に背負わせるものか!」


次々と声が上がる。


会議室の熱が一気に変わっていく。


宰相までもが立ち上がった。


老いた顔に笑みを浮かべる。


「この老骨もまだ働けますぞ」


軍務大臣は豪快に笑った。


「戦でも外交でも何でも来いですな!」


「ルグレシアの獅子魂! 見せてやりましょう!」


大きな声が響く。


重苦しかった空気が吹き飛んでいた。


アルティシアは呆然と立ち尽くす。


目を見開き。


言葉を失っていた。


誰も逃げない。


誰も責任を押し付けない。


誰も彼女を見捨てない。


全員が前を向いている。


自分と同じ方向を。


その光景を見て。


アルティシアの瞳が潤んだ。


けれど涙は落ちなかった。


王女だからではない。


もう一度。


この人達と共に戦おうと思えたからだった。


アルティシアは静かに目を閉じた。


胸いっぱいに息を吸う。


ゆっくりと吐く。


乱れていた呼吸が少しずつ整っていく。


先ほどまでの迷いも。


自責も。


全て胸の奥へ押し込めた。


そして瞳を開く。


そこにあったのは、ルグレシア第二王女の顔だった。


「それでは――」


会議室の全員が姿勢を正す。


アルティシアは円卓を見渡した。


父である国王。


宰相。


軍務大臣。


外務大臣。


そして共に戦う家臣達。


「作戦会議を、軍議を行いましょう」


静かな声だった。


だが誰一人聞き逃さない。


その一言で空気が切り替わる。


感情を語る時間は終わった。


ここからは戦いの話だ。


ディーノスが大きく頷く。


黒い瞳には既に迷いはない。


「うむ」


低い声が響く。


「ようやく我らの得意分野だな」


何人かの家臣から小さな笑いが漏れた。


緊張が少しだけ和らぐ。


軍務大臣が机へ地図を広げる。


「ではまず戦力差の確認から始めましょう」


「敵はサナトリア」


宰相が続く。


「決して侮れません」


「侮るつもりはございません」


アルティシアが即座に答える。


「むしろ最悪を前提に考えます」


その言葉に全員が頷いた。


サナトリア。


世界最大の情報国家。


世界最高峰の魔術国家。


そして杖を擁する超大国。


勝利を前提に考える相手ではない。


どう生き残るか。


どう守るか。


その戦いになる。


アルティシアは机上の地図へ視線を落とした。


青白い顔色は変わらない。


身体も限界に近い。


それでも瞳だけは鋭く輝いていた。


「まず確認いたします」


王女の指先が地図へ触れる。


「現在の我が国の戦力。そして――サナトリアが取り得る行動の予測を」 


国家の命運を賭けた軍議が始まった。

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