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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第4章ールグレシア王国の危機ー

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世界の反応、そしてルグレシアの対応ー

宣戦布告から三日。


中央大陸各国は対応に追われていた。


王城。


議会。


軍部。


情報機関。


どこへ行っても話題は一つしかない。


サナトリアとルグレシア。


その戦争だった。


 


中央大陸西部。


とある王国の会議室。


机を囲む重臣達の前には大量の外交文書が積み上げられている。


その中央に置かれていたのはサナトリアからの宣戦布告文だった。


外務大臣が深く息を吐く。


「こうなりましたか」


誰も驚かなかった。


むしろ予想より遅かった。


そんな空気すらある。


宰相が腕を組む。


「聖女返還要求は何度目だった」


「正式文書だけで十二回です」


「十二回か」


会議室が静まり返る。


十二回。


国家間交渉としては異例だった。


一度や二度ではない。


数か月に渡り要求を続け。


交渉を続け。


それでも状況は変わらなかった。


 


「正直に言えば」


軍務大臣が口を開く。


「大義はサナトリア側でしょう」


反論は出なかった。


聖女はサナトリアの象徴。


国家の顔。


そして世界中がその存在を知っている。


その聖女がルグレシアにいる。


返還要求も続いている。


外から見える情報だけなら答えは単純だった。


 


「ルグレシアは何を考えている」


「分からん」


「説明が少なすぎる」


「少なくとも外交的には悪手だ」


そんな声が続く。


 


中央大陸中央部。


ある連合国家では既に結論が出ていた。


「中立を維持する」


国王が断言する。


支持もしない。


敵対もしない。


だが同時に。


「サナトリアとの関係悪化は避けろ」


その命令も下された。


世界最大の情報国家。


世界最高峰の魔術国家。


そして杖を抱える軍事大国。


敵に回したい国家ではなかった。


 


各国の情報機関も慌ただしく動く。


世界樹の動向。


学園の動向。


杖の動向。


集められる情報は全て集められた。


そして報告書には同じ結論が並ぶ。


――サナトリアは本気である。


 


中央大陸の空気は急速に変わり始めていた。


多くの国がサナトリア支持。


あるいは中立。


ルグレシア支持を明言する国家はほとんどない。


中央大陸西部。


商業国家エルムガルド。


王都の高級会員制倶楽部では、各国の外交官や貴族達が酒を酌み交わしていた。


当然ながら話題はサナトリアとルグレシアの戦争である。


「惜しいことですな」


老外交官がグラスを揺らした。


「アルティシア王女ですか」


「ええ」


その名に何人かが頷く。


若くして名を知られた才女。


外交界では有名な存在だった。


「以前は実に聡明な姫君だった」


「私もそう聞いております」


「慎重で現実的だった」


皆が同意する。


だからこそ理解できなかった。


今の状況が。


やがて一人の貴族が小さく笑った。


「婚約してから変わられたのでしょう」


空気が少し変わる。


誰もが意味を理解していた。


魔王殺し。


その名は国家すら震え上がらせる。


「無理もありませんな」


別の男がワインを口へ運ぶ。


「婚約者はあの魔王殺しです」


「世界最強の後ろ盾と言っても過言ではない」


「そうなれば見える景色も変わるでしょう」


失笑が漏れた。


「昔ならサナトリア相手にここまで強くは出なかったでしょうな」


「多少なりとも自信を持ち過ぎたのでは?」


「魔王殺しがいるから大丈夫だと考えたのかもしれません」


好き勝手な憶測が飛び交う。


誰も真実を知らない。


だが噂とはそういうものだった。


「才女であっても十五歳です」


老外交官が静かに言った。


「世界が恐れる存在を婚約者に持てば、考えも変わるのでしょう」


窓の外では夕陽が沈み始めていた。


その場にいる誰もが頷く。


そして誰一人として気付いていなかった。


その王女が今も戦争を止めるために必死に足掻いていることを。


ルグレシア王城。


国家会議室。


普段であれば第二王女アルティシアも席についているはずだった。


しかし今日、その姿はない。


宣戦布告を受けた直後。


アルティシアは意識を失い、そのまま寝込んでしまった。


今も自室で療養中である。


重苦しい空気の中。


円卓には国王、宰相、軍務大臣、外務大臣を始めとした重臣達が集まっていた。


誰も口を開かない。


机の中央にはサナトリアから届いた正式な宣戦布告文。


もはや外交文書ではない。


戦争の開始を告げる通知だった。


やがて国王が深く息を吐く。


「アルティシアは」


宰相が答えた。


「まだ目を覚ましておりません」


再び沈黙が落ちた。


十五歳の少女が背負うには重すぎる問題だった。


それを理解しているからこそ、誰も責める言葉を口にしない。


外務大臣が静かに言う。


「殿下は最後まで交渉を諦めませんでした」


誰も否定しなかった。


最も動いていたのはアルティシアだった。


最も苦しんでいたのも。


最も責任を感じていたのも。


間違いなく彼女だった。


軍務大臣が腕を組む。


「だが現実として戦争は始まる」


その言葉に全員の表情が引き締まる。


感情論で済む段階は終わった。


国王が宣戦布告文へ視線を落とした。


「サナトリアか……」


苦々しい声だった。


相手が悪すぎる。


世界最大の情報国家。


世界最高峰の魔術国家。


そして杖を擁する超大国。


誰も楽観していない。


勝利を口にする者もいない。


やがて宰相が報告書を開く。


「既に中央大陸各国が動き始めています」


「反応は」


「芳しくありません」


誰も驚かなかった。


サナトリアには大義がある。


外から見ればそう見える。


だから各国も様子見か、あるいはサナトリア寄りだ。


「我々は孤立しているか」


国王の問いに、誰も即答できなかった。


それが答えだった。


長い沈黙。


その時だった。


会議室の扉が開く。


全員が振り返る。


入ってきたのはアイザックだった。


老執事は静かに一礼する。


「陛下」


「どうした」


「アルティシア殿下がお目覚めになられました」


会議室の空気が変わる。


国王が目を閉じた。


誰よりも安堵したのは父親である彼だったかもしれない。


アイザックは続ける。


「そして殿下は」


老執事の声が静かに響く。


「国家会議へ出席すると仰せです」


重臣達が息を呑んだ。


まだ寝ているべきだ。


誰もがそう思った。


だが同時に理解もしていた。


アルティシアは来る。


今のルグレシアで、最も逃げない人間だからだ。


会議室の扉が開き、アルティシアが姿を現す。


だが、その姿に全員が驚愕した。


整えてはいる。


王女として恥じぬ身なりもしている。


それでも隠し切れていなかった。


艶を失った金髪。


青白い顔。


血の気のない唇。


足取りもおぼつかず、侍女に支えられてようやく歩いている状態だった。


数日前まで外交の最前線に立ち続けていた少女とは思えない。


しかし。


その瞳だけは違った。


決して折れていない。


強い意志だけが宿っている。


アルティシアは会議室を見渡した。


そして国王の席へ視線を向ける。


「お父様…いえ、国王様、遅れて申し訳ございません」


その言葉に誰も返事をしなかった。


いや、出来なかった。


最も衝撃を受けていたのはディーノスだった。


黒髪黒目の王。


かつて黒獅子と恐れられた男。


戦場であれば数万の軍勢を前にしても眉一つ動かさない。


だが今。


娘の姿を見た瞬間、その顔が僅かに歪んだ。


彼は知っている。


この数ヶ月。


アルティシアがどれだけ眠らずに働いていたのか。


どれだけ苦しみ。


どれだけ責任を背負っていたのか。


誰よりも知っていた。


だからこそ。


今の姿を見るのが辛かった。


ディーノスはゆっくり立ち上がる。


そして国王ではなく、一人の父親として口を開いた。


「アルティシア」


低い声が響く。


「もうよい」


会議室が静まり返る。


「お前は十分やった」


誰も反論しない。


出来るはずがなかった。


「少し休め」


娘を見つめるディーノスの瞳には、隠し切れない心配が滲んでいた。


だが。


アルティシアは首を横に振る。


弱々しい動作だった。


それでも意志だけは揺らがない。


彼女は侍女の支えから離れる。


ふらりと身体が揺れる。


それでも倒れない。


「申し訳ございません」


静かな声だった。


「ですが…まだ終わっておりません」


会議室にいる誰もが息を呑んだ。


十五歳の少女。


その小さな背中が、今だけは誰よりも大きく見えた。



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