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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第4章ー千里眼の聖女ー

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夜の帷より深き闇ー

その声にデッドエンドが振り返った。


そして。


その場で固まる。


「ま…まままま魔王殺し!?なんでぇ!?」


銀髪。


黒衣。


先ほどまで白仮面に抱き抱えられていた黒髪の少女の姿はどこにもない。


そこに立っていたのは銀髪の少年ベル。


デッドエンドの顔から血の気が引く。


ミカゲを見る。


ベルを見る。


またミカゲを見る。


完全に二人に挟まれていた。


デッドエンドは後退る。


だが背後にはベル。


慌てて向きを変える。


すると今度はミカゲ。


這うように床を後ずさった。


その声にデッドエンドが振り返った。


そして。


顔を引きつらせる。


「ま…まままま魔王殺し!?なんでぇ!?」


ミカゲと魔王殺しベル。


前後から挟まれたデッドエンドが、這うように後退る。


ベルを見る。


ミカゲを見る。


またベルを見る。


落ち着きなく首を振りながら逃げ回った。


「へ…変身できないはずだし!!」


ベルは肩を竦めた。


「まぁーミカゲだろ?」


ミカゲが振り返る。


そしてベルへ、にっこりと微笑み返した。


「はい。ご主人様のために、夜を作りました」


うっとりと微笑む。


その声音は穏やかだった。


だがデッドエンドは穏やかではいられない。


顔を青くしながら周囲を見回した。


「よ…夜..まさか!?


壁。


天井。


床。


窓。


どこを見ても影だった。


光が差し込まない。


白夜の太陽は外にある。


だが、この部屋には届いていなかった。


「白夜で変身しないなら…太陽を遮断すれば…変身する!?そんなん聞いてないしっ!」


デッドエンドの悲鳴にも近い声が闇に響いた。


ミカゲが再びデッドエンドへ向き直る。


先程までベルへ向けていた微笑みは消えていた。


冷たい。


無表情。


見下ろすような視線だけがデッドエンドへ注がれる。


「人間ごときが、ご主人様のすべてを理解したつもりになるなど片腹痛い」


そして。


ミカゲはベルへ視線を向けた。


途端に表情が変わる。


恍惚。


うっとりとした笑み。


切れ長の瞳が細められる。


「ご主人様のすべてを知るのは…この私だけ…」


胸へ手を当てる。


「あぁ…はぁっ…」


甘い吐息が漏れた。


その姿は先程までの冷たい姫神とは別人のようだった。


デッドエンドが顔を引きつらせる。


「く…狂ってる…」


ベルは頭を掻いた。


「ミカゲも変だけど、おまえには言われたくねぇーだろーよ」


デッドエンドの顔がぴくりと引きつった。


ベルは頭を掻いた。


そして床にへたり込むデッドエンドを見下ろす。


「で?どうする?」


ミカゲが即答した。


「殺しましょう。今すぐ」


ベルが深いため息を吐く。


「…ミカゲには聞いてねぇって。ちょっと黙ってろ」


ミカゲが眉を寄せた。


不満そうに。


だが逆らうことなく両手で自分の口を押さえる。


ベルは再びデッドエンドへ視線を戻した。


「おまえはどうする?このまま逃げるなら見逃してやるけど?」


その言葉に。


両手で頭を抱え震えていたデッドエンドが顔を上げた。


「へ…?逃して…くれるの?」


涙で濡れた瞳が揺れる。


ベルは肩を竦めた。


「あぁ、まぁお前らって、基本俺たち以外には迷惑かけるわけじゃねぇーし…別にいいよ」


デッドエンドが呆然とベルを見つめる。


信じられないものを見るように。


やがて。


両手を胸の前で祈るように組み合わせた。


「うそ…やさしい…」


瞳がきらきらと輝く。


震える足で立ち上がる。


まだ腰が抜けているのか足取りは覚束ない。


ふらふらと。


頼りなく。


ベルへ近付いていく。


ミカゲがその様子に両手を離した。


「ご主人様にそれ以上…」


ベルが即座に声を上げる。


「ミカゲ!」


ミカゲの肩がびくりと震えた。


叱られた子犬のように体をすくめる。


そして再び両手で口を覆った。


その様子を見たデッドエンドが得意そうに笑う。


「女のベルもいいけど、男のベルもいーねー!キャハハッ♪」


さらに一歩。


ベルへ近付く。


そして上目遣いで見上げた。


「じゃーデッドちゃん、今夜はこれで帰るねー」


にっこりと笑う。


「ま・た・こ・ん・ど!」


そして。


そっとベルへキスをした。


一瞬。


時間が止まる。


ミカゲの瞳が見開かれた。


「んんんーーーーっっ!!」


口を塞いだまま叫ぶ。


影が激しく波打った。


ベルも目を見開く。


完全に不意を突かれていた。


デッドエンドは満足そうに笑う。


そのまま軽やかにバックステップ。


くるりと回りながら距離を取った。


「じゃーねーばいばーい」


両手を振る。


満面の笑み。


そして。


闇の中へ溶けるように姿を消した。


残されたリビングに。


ミカゲの震える肩だけが残っていた。


ベルは手の甲で唇を拭った。


「…これまででも一番、変なやつ」


その言葉に。


両手で口を押さえたままのミカゲが、じりじりとベルへ滲み寄る。


涙目だった。


抗議するような視線を向ける。


ベルは思わず両手を前に出した。


「わりぃーわりぃー」


ミカゲの肩がぴくりと動く。


「せっかく力かしてくれたのにごめんなー」


ミカゲは口を塞いだまま。


ぷいっと顔を背けた。


完全に拗ねている。


ベルは苦笑する。


「とりあえず、これ消してくんね?」


ミカゲが恨みがましい目でベルを見る。


しばらくそのまま睨んでいたが。


やがて静かに瞳を閉じた。


その瞬間。


部屋中に溢れていた影が動き出す。


壁を覆っていた闇が剥がれる。


天井の黒が流れ落ちる。


床を這う影が一つに集まっていく。


全てがミカゲの足元へ。


吸い込まれるように。


音もなく。


やがて最後の影が消えた。


白夜の光が窓から差し込む。


明るさが戻る。


そして次の瞬間。


ベルの身体が揺らいだ。


銀髪が黒へ。


少年の身体が少女へ。


夜が終わる。


ベルは目をぱちくりさせた。


「あ…あれ?」


きょとんとした顔で辺りを見回す。


「あの…デッドエンドは?」


ミカゲは答えない。


ぷいっと顔を逸らす。


そのまま足元から影へ沈んでいく。


黒いドレスが消える。


白い肌が沈む。


長い黒髪が影へ溶ける。


最後にベルを一度だけ見て。


ミカゲは完全に影の中へ消えた。


部屋には静寂が戻っていた。


砕けたテーブル。


散乱した食器。


そして。


床に倒れたままのミリィ、ウルフ、ロロル。


ベルは立ち尽くしたまましばらくその光景を見ていた。


やがて我に返る。


「み、ミリィ!」


慌てて駆け寄る。


肩を揺する。


ミリィはうっすらと目を開いた。


「べ…る…さま…」


声は出る。


意識もある。


だが身体は動かないようだった。


ベルは安堵の息を吐く。


「よかった…」


続いてロロルの元へ向かう。


「ロロル!」


ロロルも意識はあるらしい。


だが指先一つ動かせないようで、苦しそうに顔を歪めていた。


ベルは頷く。


「大丈夫。たぶん毒のせいだから」


そして最後にウルフへ駆け寄る。


そこでベルの顔色が変わった。


背中。


レザージャケットが裂けている。


血も滲んでいた。


「ウルフ…」


ベルは唇を噛む。


痺れだけなら待てばいい。


だが傷は違う。


放っておけない。


ベルは立ち上がると家の中を探し回った。


棚を開ける。


引き出しを漁る。


布。


包帯。


消毒に使えそうな薬品。


見つかるたびに抱えて戻る。


そしてウルフの傍へ膝をついた。


裂けた服を慎重にずらす。


背中には赤黒い鞭の跡が幾筋も残っていた。


ベルは顔をしかめる。


それでも手は止めない。


傷を拭き。


薬を塗り。


布を巻いて固定する。


不慣れな手つきだった。


綺麗とは言えない。


だが必死だった。


処置を終える頃には額に汗が滲んでいた。


ベルはその場にへたり込む。


「これで…たぶん大丈夫…だよな…」


誰に聞くでもなく呟く。


返事はない。


ただ。


ミリィも。


ロロルも。


ウルフも。


まだ生きていた。


それだけが今のベルには救いだった。


ベルは包帯を巻き終えると、小さく息を吐いた。


目の前には倒れたままの三人。


ミリィも。


ロロルも。


ウルフも。


まだ身体の痺れが抜けないらしく、思うように動けないでいる。


ベルは膝を抱えるようにその場へ座り込んだ。


「デッドエンド…」


ぽつりと呟く。


頭に浮かぶのは、あの笑顔だった。


ふざけていて。


笑っていて。


何を考えているのか分からなくて。


それなのに。


気付けば全部掌の上だった。


サナトリアへ来たことも。


ハーブと出会ったことも。


家へ泊まったことも。


朝食を食べたことも。


全部。


全部だ。


ベルはぎゅっと拳を握る。


そして思い出す。


優しく微笑んでいたハーブを。


温かい食事を用意してくれたハーブを。


無事を喜んでくれたハーブを。


「……」


胸の奥が少し痛んだ。


あれも演技だったのだろうか。


それとも。


本当だったのだろうか。


ベルにはもう分からない。


分からなくなってしまった。


しばらく黙り込んだあと。


ベルは大きくため息を吐いた。


「もう…なんなのよ、あいつ…」


呆れたような。


困ったような。


そんな声だった。


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