デッドエンドの妙ー
エンカの表情が変わった。
「なんだと…?」
視線の先。
頭を失ったまま座り込んでいたデッドエンドの身体。
その身体を包んでいた炎が消えていく。
残ったのは。
焼け焦げた肉体だけだった。
エンカが眉をひそめる。
「燃え尽きて…ない?」
ベル達も息を呑む。
その時だった。
ぴくり。
焼け焦げた身体が動く。
また。
ぴくり。
異様だった。
身体の表面が波打っている。
まるで水面のように。
どろりと。
ぐにゃりと。
肉体そのものが蠢いていた。
ミリィが思わず後ずさる。
「な…なんですか、あれ…」
焼け焦げた皮膚が波打つ。
崩れる。
そして。
何事もなかったかのように元へ戻り始めた。
焦げた服が再生する。
焼失した布地が形を取り戻す。
黒いゴスロリボンテージ。
左右色違いのニーハイ。
全てが逆再生のように復元されていく。
さらに。
首から上。
本来なら何もない空間へ。
液体のようなものが集まり始めた。
どろり。
どろり。
黒い液体。
赤い液体。
様々な色が混ざり合う。
そして。
顔の輪郭が作られる。
顎。
口。
鼻。
頬。
目。
銀髪。
ツインテール。
最後に。
瞳が開いた。
再生したデッドエンドが大きく息を吸う。
そして。
「デッドちゃんのかわいい顔にっ!」
次の瞬間。
「何してくれてんだぁっ!?」
怒声が路地裏に響き渡った。
五人が固まる。
誰も言葉を発せなかった。
頭を吹き飛ばされた。
全身を焼かれた。
それを全員が見た。
それなのに。
目の前の少女は。
何事もなかったように立っている。
「……」
ベルの喉がひくりと鳴る。
「……」
ミリィの顔は青ざめていた。
ウルフも笑みを失っている。
ロロルは呆然と立ち尽くしたまま。
そして。
エンカだけが険しい顔になる。
「ベルよ…なんだこいつは…」
ベルは首を振る。
「わ…わかんない…わかんないよ!」
エンカがデッドエンドへ指を突き付けた。
「おまえはいったい、なんなんだ!?」
デッドエンドはゆっくりと立ち上がる。
服についた埃を払う。
首を鳴らす。
肩を回す。
まるで昼寝から起きた後のように。
そして。
冷たく笑った。
「何度も言わせんなし」
鞭が持ち上がる。
ゆらり。
ゆらりと揺れる。
「Keilflamme幹部第二席ー」
その笑みは冷たい。
先ほどまでの怒りとも違う。
どこか不気味な静けさを帯びていた。
ベロリ。
長く舌を出す。
「デッドエンドちゃんだよーん♪」
白夜の路地裏に。
その笑い声だけが響いた。
エンカがデッドエンドを睨みつける。
金色の火の粉が舞う。
揺らめく身体から溢れる熱気が石畳を歪ませていた。
「ふぅん、ま、なんでもいいや」
右手を持ち上げる。
「ベルもそろそろ限界だし、さくっと終わらせてやる」
拳に炎が宿る。
最初は黄金。
先ほどまでと同じ炎。
だが。
デッドエンドは凶悪に笑った。
「デッドちゃんにはー剣も炎も効きませーん♪」
両手を広げる。
「キャハハハハハッ!」
エンカは肩をすくめる。
「どうやらそうみたいだなー」
そして。
拳の炎が変わる。
黄金だった炎が。
ゆっくりと色を失っていく。
白く。
蒼く。
そして見たこともない色へ。
炎なのに。
炎に見えない。
存在そのものが揺らぐような火。
デッドエンドの笑顔が固まった。
ベロリと出していた舌も止まる。
エンカがニヤリと笑った。
「さっきまでのはただの熱いだけの炎」
拳の炎が静かに燃える。
「今度は姫神のー、神気の炎だ」
デッドエンドの頬を冷や汗が伝う。
初めてだった。
再生した時も。
頭を吹き飛ばされた時も。
こんな顔はしていなかった。
エンカはゆっくり拳を握る。
「神も仏も」
炎が揺れる。
「魂すらも焼き尽くす」
デッドエンドの顔色が変わる。
「姫神の炎」
エンカが笑った。
「試してみよーや」
沈黙。
一秒。
二秒。
そして。
デッドエンドが突然背筋を伸ばした。
ぴしりと。
直立不動。
全員が首を傾げる。
デッドエンドは勢いよく手を上げた。
「あ!デッドちゃん、急用思い出したし!」
そして後ろを向く。
「じゃ、デッドちゃん帰るから!またね!おやすみ!」
次の瞬間。
全力疾走だった。
脱兎の如く。
路地裏の奥へ向かって走り出す。
ベル達が呆然と見送る中。
デッドエンドはあっという間に小さくなり。
そして姿を消した。
静寂。
誰も動かない。
エンカも。
ベルも。
ミリィも。
ウルフも。
ロロルも。
ただ固まっていた。
「……」
最初に声を出したのはミリィだった。
「に…逃げ、た?」
エンカはしばらく路地裏の奥を見つめていた。
やがて拳を開く。
神気の炎が消えた。
「なんなんだい、あいつは」
深いため息が白夜の空へ溶けていった。
エンカは逃げ去った路地裏の奥をしばらく睨んでいた。
やがて肩を竦める。
「ま、いっか!」
振り返る。
そして。
「あんた最高だよ!」
最初にロロルへ飛び付いた。
ぎゅうっと抱き締める。
「うわっ!?」
ロロルが慌てる。
エンカは構わない。
「愛っていいよな!」
続いてミリィ。
「ひゃっ!?」
小さな身体が持ち上がる。
そのままぎゅうっと抱き締められる。
「勇気もいい!」
次はウルフだった。
「おっと!?」
腕を回される。
ウルフが苦笑した。
「元気な姉ちゃんだなぁ」
最後にベルの前へ立つ。
ふらつくベルを見て。
エンカが笑った。
「こっちのベルも最高!」
勢いよく抱き締める。
熱い。
けれど不思議と心地良い熱だった。
「またな!」
ぱちり。
指を鳴らす。
炎が生まれる。
渦巻く火柱。
金色の火の粉。
そして。
エンカの姿は炎の中へ溶けるように消えていった。
静寂が戻る。
その瞬間だった。
「あ……」
ベルの身体が揺れる。
限界だった。
姫神の顕現。
慣れない力。
極度の緊張。
全てが一気に押し寄せる。
ベルはそのまま意識を失った。
「ベルさん!」
ミリィが駆け寄る。
だが先にウルフが受け止めた。
「よく頑張ったじゃねぇか」
ウルフは苦笑しながらベルを抱き上げる。
軽い。
驚くほどに。
まるで眠っている子供のようだった。
ミリィが心配そうに顔を覗き込む。
ロロルも背中のマリカを支え直した。
誰もが疲れ切っていた。
それでも足を止めるわけにはいかない。
五人は路地裏を後にする。
白夜の空の下。
人気の少ない道を選びながら。
静かに。
慎重に。
歩き続けた。
ウルフの腕の中でベルは眠ったまま。
ロロルの背中ではマリカが静かな寝息を立てている。
誰も話さない。
聞こえるのは足音だけ。
長い夜だった。
ようやく終わった。
そんな空気が五人を包む。
やがて見慣れた家が見えてくる。
ハーブの家。
明かりの消えた小さな家を見た瞬間。
ミリィが小さく息を吐いた。
ロロルも肩の力を抜く。
ウルフは抱えたベルを見下ろし。
そして家の扉へ向かって歩き出した。
本来なら準備を整えたらすぐに街を出る予定だった。
だが。
デッドエンドの襲撃によって全てが狂った。
ベルも気絶したまま。
この状態で出発はできない。
結局。
翌朝早くに街を出ることになった。
家へ戻ると。
ウルフはベルをベッドへ寝かせる。
眠る少女の顔は青白い。
呼吸は穏やかだった。
それを確認すると。
ウルフはロロルへ視線を向けた。
「お前らは俺の部屋使え」
ロロルが驚く。
「で、でも」
ウルフは手を振る。
「いいからいいから」
マリカを背負ったままのロロルは深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
やがて全員が部屋へ入る。
静かになる家の中。
ウルフだけが廊下へ出た。
そして、
ウルフはベルの部屋のドアにもたれ掛かるように座った。
腕を組み。
目を閉じる。
眠るつもりはない。
ただ耳だけは周囲を警戒していた。
デッドエンド。
聖堂の追っ手。
何が来てもすぐ動けるように。
その時だった。
かすかな足音が聞こえる。
ウルフが目を開く。
廊下の向こう。
揺れるランタンの灯が近付いてきた。
現れたのはハーブだった。
「ウルフ…?帰ってたの?」
小声だった。
家の皆を起こさないように気を遣っているのだろう。
ウルフは軽く手を上げる。
「あぁ、ただいま」
その返事を聞いた途端。
ハーブは胸に手を当てた。
そして大きく息を吐く。
「よかった…」
張り詰めていたものが抜けるように肩が下がる。
「たぶんあなた達だとは思っていたけど…もしかしたら強盗かもって思って…怖かったわぁ」
苦笑しながらランタンを抱え直す。
ウルフも少し申し訳なさそうに頭を掻いた。
「すまねぇ、起こしちゃ悪いと思ってよ」
ハーブは首を横に振る。
「いいのよ」
そう言って微笑む。
「無事に帰ってきたのなら、お帰りなさい」
ウルフは少しだけ目を丸くした。
それから照れ臭そうに笑う。
「あぁ」
短く答える。
「ただいま」
静かな廊下に。
二人の小さな声だけが響いていた。
ハーブはランタンを胸の前で抱え直した。
揺れる灯が二人の顔を淡く照らす。
「話は明日、聞かせてちょうだいね」
廊下の奥。
ベル達が眠る部屋へちらりと視線を向ける。
「おやすみなさい」
ウルフは小さく笑った。
「おやすみ」
そして軽く手を振る。
「いい夢見ろよ」
ハーブは少しだけ目を丸くした後。
くすりと笑った。
「ええ、あなたもね」
そう言い残し。
ランタンの灯と共に廊下の奥へ消えていく。
やがて扉の閉まる小さな音が響いた。
再び静寂。
ウルフはドアにもたれ掛かったまま天井を見上げる。
今日一日を思い返すには。
あまりにも色々ありすぎた。
苦笑する。
それでも。
ベル達が無事で。
マリカも助け出せた。
今夜くらいは。
それで十分だった。
ウルフは目を閉じる。
眠りはしない。
ただ静かに。
仲間達の眠る部屋を背に。
夜の見張りを続けた。




