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【World Wide Love ― 2人で1人の逃走譚 ―】  作者: KK
【第2部】第4章ー千里眼の聖女ー

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聖堂から脱出せよー

遠巻きに様子を見ていた二人の警備兵が違和感に気付き、こちらへ近寄って来る。


「おい、世話係。お前なにをー」


瞬間。


ウルフとベルが動いた。


ウルフが一歩で間合いを詰める。


そして警備兵の腹へ膝蹴りを叩き込んだ。


鈍い音。


警備兵はくの字に折れ曲がり、そのまま意識を失って崩れ落ちる。


同時にベルも動いていた。


もう一人の背後へ回り込み、首筋へ手刀を叩き込む。


「いてっ!」


警備兵は首を押さえながら振り返った。


普通に立っている。


ベルは目を丸くした。


「え!?あれ!?」


気絶しない。


予想外だった。


その隙にウルフが飛び出す。


拳を握り込み、警備兵の腹へ叩き込んだ。


警備兵は白目を剥き、そのまま床へ倒れる。


「あっぶねーっ!」


ベルは両手を合わせた。


「ご…ごめん!」


ウルフは呆れた顔で振り返る。


「見よう見まねでやんなって!」


ベルは舌を出した。


「てへへ」


ミリィが額を押さえる。


ロロルも呆然としていた。


だが、そのやり取りを見ているうちに少しだけ肩の力が抜ける。


七年間抱え続けた緊張が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。


その間にも、マリカは静かに十字架へ固定されたまま動かない。


ロロルは再び少女へ向き直った。


そして震える手で、彼女を拘束する金具へ手を伸ばした。


拘束具は特に施錠されていなかった。


金具を外す。


留め具を外す。


それだけだった。


日頃の世話のためでもあるのだろう。


だが一番は、この聖堂の警備を信頼していたからに違いない。


誰もここまで辿り着けない。


そう考えていたのだろう。


ロロルは慎重に拘束を外していく。


その間、ウルフは少女へ背を向けたまま立っていた。


周囲への警戒。


そして少女への気遣い。


その両方だった。


ベルは十字架を見上げる。


銀髪の少女。


茨の封印具に覆われた目元。


七年間、この場所で問いに答え続けてきた存在。


ベルはロロルへ視線を向けた。


「ねぇ、マリカに話しかけても大丈夫かな?」


ロロルは手を止めずに答える。


「はい。むしろ聞きたいことがあるなら、システムと繋がっている今しかないかと」


ベルは小さく頷いた。


そして少女を見上げる。


「ねぇ、マリカ。あの手紙の意味、教えて?」


沈黙。


返事はない。


部屋には魔導装置の低い駆動音だけが響いている。


だが。


次の瞬間だった。


「質問を認識」


少女の口が動く。


感情のない声。


抑揚のない声。


人の声なのに、人の声ではなかった。


「対象情報を検索」


部屋の壁面に刻まれた古代文字が淡く発光する。


銀色の管を光が走った。


「検索完了」


そして少女は答えた。


「書簡内容は警告」


「対象名、デッドエンド」


「所属、Keilflamme第二席」


「ベル・ジットに対する脅威度、高」


「推奨、生存を望む場合は接触を避けること」


機械のような声が静かに響いた。


ベルは首を振った。


「そっちはなんとなくわかってたから、忠告ありがとう」


そして続ける。


「そっちじゃなくて、女神の話?あの意味は、なに?」


部屋が静まり返る。


聖女は動かない。


返答もない。


ただ機械のような沈黙だけが続いた。


ロロルが眉をひそめた。


ミリィも固唾を呑んで見守る。


やがて。


少女の唇が微かに動いた。


「女神の真実はー」


淡々とした声。


感情のない声。


事実だけを告げる観測機関の声。


「ベル・ジットと名乗る少女の中に」


部屋全体の魔導文字が明滅した。


銀色の管を走る光が乱れる。


聖女の身体が僅かに震えた。


ベルは息を呑んだ。


「私の…中?」


ミリィも目を見開く。


「どういうことですか?女神とベルさんに、どんな関係が?」


聖女は即座に答えた。


「剣聖の子よ。その質問には答えました」


ミリィが眉をひそめる。


「…答え、た?」


ベルは混乱したまま首を振る。


「...え、ちょっと待って…どういうこと?」


「私の10歳までの記憶がないことと関係ある?」


聖女は変わらない声で答えた。


「その質問には答えました」


部屋の空気が重くなる。


答えは返ってきている。


だが意味がわからない。


ベルにも。


ミリィにも。


ロロルにも。


わかるのは、聖女は真実と事実しか語らないということだけ。


ベルはぐっと唇を噛む。


「…またそれ…」


問いを重ねても同じだ。


そう判断したのか、ベルは小さく息を吐いた。


そして視線を上げる。


十字架に固定された少女を見つめながら口を開いた。


「質問を変えるわ」


ミリィもロロルもベルを見る。


ベルは少しだけ迷うように目を伏せた。


そして静かに尋ねた。


「私はどうすれば、普通になれるの?」


その質問に聖女は沈黙する。


部屋の中を装置の光だけが走った。


聖女が反応する。


「その質問にも答えました」


ベルは目を瞬かせた。


「またそれ…?」


ミリィも何かに気付いたように顔を上げる。


「ベルさん、もしかしたら…」


ベルは聖女を見つめた。


胸の奥がざわつく。


今までの答え。


女神の話。


失われた記憶。


普通になりたいという願い。


全てが一本の線で繋がりそうで繋がらない。


ベルは思わず口にした。


「女神?全ては女神に関係があるの?」


部屋に沈黙が落ちる。


誰も動かない。


魔導装置の光だけが壁面を走り続ける。


やがて。


聖女がゆっくりと口を開いた。


けれど、それは質問への答えではなかった。


「女神よ、この世界は…どうですか…?」


その場の全員が息を呑む。


誰に向けた言葉なのか。


なぜそんな問いを口にしたのか。


理解するより先に。


聖女の首から力が抜けた。


がくり、と。


まるで糸の切れた人形のように頭が垂れる。


ベルが慌てて駆け寄った。


「え!?…ちょっと!?」


ロロルは少女の身体を支えながら首を振る。


「安心してください。システムから切り離しただけです」


見ると。


いつの間にか拘束具は全て外されていた。


ロロルはそっと少女を抱き留める。


そして壊れ物でも扱うような手付きで、ゆっくりと床へ寝かせた。


薄い布一枚を羽織っただけの彼女の身体を、ロロルは持ってきたシーツで丁寧に包んでいく。


慣れた手付きだった。


何度も世話をしてきたからだろう。


七年間拘束され続けた身体は白かった。


陽の光を浴びていない肌。


細くなった腕。


痩せた脚。


年齢よりもずっと小さく見える。


ロロルは手を止めずに呟いた。


「食事はちゃんとしてたんですけどね…やっぱり拘束されたままだと、筋肉は落ちる一方ですよね」


その声には喜びと哀しみが混じっていた。


助け出せた喜び。


そして失われた七年への哀しみ。


やがて顔以外をすっかりシーツで包み終える。


ロロルは少女を背負った。


さらに襷で身体を固定する。


ずり落ちないことを確認すると、ゆっくり立ち上がった。


その顔には覚悟があった。


「お待たせしました。行きましょう!」


三人も頷く。


そして出口へ向かって歩き出した。


地下通路へ出たところでベルが口を開く。


「帰りはどうするの?その格好じゃさすがに通してくれないでしょ?」


ロロルは困ったように笑う。


「そうなんですよね…だから…」


そう言ってチラリとウルフを見る。


視線に気付いたウルフがニヤリと笑った。


「OK!正面突破でいこうぜ!」


ロロルも微笑みながら頷く。


「はい」


ベルは肩を落とした。


「…それしかないかぁ」


ミリィは冷静に状況を整理する。


「明るいとはいえ、夜は夜です。一通りもありませんし、脱出したら一旦ハーブさんの家に行って、準備をしたらすぐ街を出ましょう」


ロロルは力強く頷いた。


「はい!」


そして四人は地下通路を進み始めた。


マリカを背負ったロロルを先頭に。


聖堂からの脱出へ向けて。




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