聖堂へとー
四人は部屋を出た。
ベルを先頭に廊下を進む。
迷いはない。
今さら誰も立ち止まろうとはしなかった。
玄関へ向かう足取りは自然と早くなる。
ロロルだけは緊張した様子で後ろを歩いていた。
本当に行くのか。
本当に助けるのか。
何度も考え続けた問いの答えが、今まさに動き出そうとしている。
やがて玄関へ辿り着く。
ベルが扉へ手を伸ばした。
その瞬間。
外側から扉が開いた。
買い物袋を抱えたハーブが家の中へ入ってくる。
「ハ、ハーブ!?」
ベル達と鉢合わせになり、ぱちりと目を瞬かせた。
そして後ろ手に扉を閉める。
四人を見回し、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「あらあら、みんな揃ってどこ行くの?その子は?」
視線がロロルへ向く。
ロロルの身体が僅かに強張った。
ベル達も思わず足を止める。
一瞬。
誰も答えなかった。
妙な沈黙が流れる。
ハーブは首を傾げた。
「?」
ベルの目が泳ぐ。
ミリィが視線を逸らす。
ロロルは固まっている。
ウルフだけが腕を組んだまま面白そうに眺めていた。
ハーブの笑顔は変わらない。
だが、四人の反応を見て何かを察したらしい。
小さく瞬きをする。
「あら?」
そして今度は四人全員を見回した。
「何かあるのね」
穏やかな声だった。
問い詰める響きはない。
だが、その一言だけでベル達はさらに返答に困ってしまった。
ベルは答えに詰まった。
今から向かう先。
やろうとしていること。
その全てを説明するわけにはいかない。
けれど嘘もつきたくなかった。
「ハーブ…私たち、これからどうしても行かなきゃいけない用事があって…」
ハーブはしばらくベルを見つめていた。
そして、にこりと微笑む。
「夕食までには、帰ってくる?」
その言葉にベルは言葉を失った。
思わず視線が下がる。
帰れる保証はない。
何が起きるかも分からない。
それでも。
返事ができなかった。
玄関に静かな沈黙が流れる。
ハーブはそんな四人を見つめたまま、そっと瞳を閉じた。
「いってらっしゃい。でも、必ず帰ってきてね?」
ベルは顔を上げる。
そして力強く頷いた。
「いってきます!」
ミリィも一歩前に出る。
「…せっかく夕食の準備していただいたのにごめんなさい…明日の朝食は必ず」
ハーブがくすりと笑う。
「ええ、楽しみにしてるわ」
ウルフは肩をすくめた。
「悪いな。また明日は晩酌付き合ってくれよ」
「ふふっ。ほどほどにしてちょうだいね」
最後にロロルが頭を下げる。
「すみません…事情は帰ったら話します」
ハーブは優しく微笑んだ。
「待ってるわ」
その言葉に四人は頷く。
ベルが扉を開く。
白夜の明るい光が玄関へ流れ込んだ。
四人は振り返らない。
それぞれの覚悟を胸に、家の外へ踏み出す。
扉が静かに閉まる。
残されたハーブはしばらくその扉を見つめていた。
そして小さく息を吐く。
「みんな、無事に帰ってくるのよ」
誰にも聞こえない声だった。
白夜の光に照らされた聖堂は、昼と何も変わらない姿で街の中央に佇んでいた。
巨大な白亜の建築。
天を突く尖塔。
神々しさすら感じるその姿を見上げながら、ベルは小さく息を吐いた。
その隣でロロルが口を開く。
「正面から入ります」
ベルが目を瞬かせる。
「正面?」
ロロルは頷いた。
「僕は世話係です。夜でも出入りできます」
ミリィが少し驚いた顔をする。
「そんなにあっさり…」
「地下へ向かうまではです」
ロロルの表情は硬い。
慣れた場所のはずなのに、足取りは重かった。
四人は聖堂へ向かう。
正面入口には二人の警備兵が立っていた。
だがロロルの姿を見るなり敬礼する。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
ロロルは軽く会釈しただけで歩き続ける。
警備兵はベル達を見たが、世話係と一緒なら問題ないと判断したらしい。
止められることはなかった。
そのまま聖堂内部へ入る。
広大な礼拝堂。
静まり返った空間。
昼間は大勢の人で賑わっていた場所も、今は人影が少ない。
ロロルは迷いなく進んでいく。
大理石の廊下を抜ける。
関係者用の区画へ入る。
さらに奥へ。
誰も来ない通路へ。
やがて人目のない場所へ辿り着いた。
そこでロロルが立ち止まる。
「ここから先は地下です」
その声は少し震えていた。
七年間。
毎日通った場所。
だが今日だけは違う。
今日、自分は彼女を連れ出す。
ロロルは壁際の燭台を回した。
重い音が響く。
床の一部が横へずれ、地下へ続く階段が姿を現した。
冷たい空気が吹き上がってくる。
ベルはその暗闇を見下ろした。
「ここに…マリカがいるんだね」
ロロルは静かに頷く。
「はい」
ウルフが肩を鳴らした。
「行こうぜ」
四人は地下へ続く階段を降り始めた。
地下へ続く階段は長かった。
白い石で造られた階段は螺旋を描くように地下深くへ伸びている。
足音だけが静かに響いた。
先頭を歩くロロルの背中を見ながら、ベルはふと思ったことを口にする。
「マリカとロロルって…」
ロロルは少しだけ振り返った。
「幼馴染です。聖女候補と世話係は小さい頃から一緒に過ごして、なるべく仲良くさせるんです。いずれ…子を成すために」
ミリィの表情が曇る。
「次の..聖女を…」
ロロルは静かに頷いた。
「でも、そんなの関係なく、僕らは仲良しだったんですよ。兄妹みたいに育ってきましたから」
そう言った少年の顔は、少しだけ柔らかかった。
きっと昔を思い出しているのだろう。
ベルは何も言わず、その横顔を見つめる。
ロロルは小さく笑った。
「マリカは本当に元気な子で…じっとしていられないんです。木登りしたり、川へ飛び込んだり、神官様によく怒られてました」
「なんか想像できるかも」
ベルが苦笑する。
ロロルもつられて笑った。
「僕はいつも巻き込まれてました。転んで泣いたら僕のせい。服を汚したら僕のせい。怒られる時だけ僕を盾にするんです」
ウルフが吹き出した。
「そりゃ随分と強え女だな」
「はい」
ロロルは迷いなく答えた。
「でも、太陽みたいに笑う子でした」
その言葉だけは即答だった。
七年という時間を越えても変わらない。
ロロルにとってのマリカは、今もあの日のままなのだろう。
やがて階段は終わりを迎えた。
地下通路が姿を現す。
冷たい空気。
無機質な白い壁。
まるで墓所のような静寂。
ロロルの表情が再び引き締まった。
「この先です」
四人は足を進めた。
通路の最奥。
他の部屋とは明らかに違う巨大な白い扉の前で、ロロルは立ち止まった。
手が震えている。
呼吸も浅い。
七年間。
毎日この扉を開けてきた。
それでも今日は違う。
今日だけは。
今日だけは世話をするためではない。
彼女を連れ出すために来たのだから。
ロロルはゆっくりと扉へ手を伸ばした。
重い音が響く。
白い扉がゆっくりと開いていく。
冷たい空気が流れ出した。
四人は部屋へ足を踏み入れる。
そこは広かった。
聖堂よりも。
礼拝堂よりも。
静かだった。
天井は高い。
無数の魔導灯が淡く光り、部屋全体を白く照らしている。
壁一面には見たこともない古代文字。
巨大な魔法陣。
幾重にも張り巡らされた銀色の管。
床には複雑な紋様が描かれ、それら全てが部屋の中央へ集まっていた。
そして。
部屋の中央。
巨大な十字架。
その十字架に、一人の少女が固定されていた。
誰も言葉を失う。
銀髪。
華奢な身体。
年齢は十五歳ほど。
白い衣だけを纏い、両腕を広げた姿勢のまま十字架へ固定されている。
目元は茨を模した封印具で覆われていた。
呼吸はしている。
胸も僅かに上下している。
生きている。
間違いなく生きている。
それなのに。
とても人に対する扱いではなかった。
ベルの胸が締め付けられる。
ミリィも唇を噛んだ。
ウルフでさえ顔をしかめる。
ロロルだけが動いた。
ふらふらと歩き出す。
一歩。
また一歩。
やがて十字架の前へ辿り着いた。
震える手を伸ばす。
そして少女の頬へ触れた。
「…マリカ」
返事はない。
ただ静かにそこにいる。
ロロルの肩が震えた。
「迎えに来たぞ。ここから出よう」
七年間。
言いたくても言えなかった言葉だった。
だが少女は何も答えない。
ただ静かにそこにいるだけだった。




