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【World Wide Love ― 魔王殺しと呼ばれて―】  作者: KK
【第2部】第4章ー千里眼の聖女ー

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聖女の真実ー

ロロルは膝の上で握った手に力を込めた。


何度か呼吸を整える。


そして意を決したように口を開いた。


「貴女達のことは…聖女様の口から聞きました」


ベルの目が丸くなる。


「え?聖女に会ったの?」


ロロルが頷く。


「会ったというか…僕は聖女様の世話係なんです。だから毎日、常にあいつ、いえ、彼女のそばに…」


言い直した。


その不自然さにベルが首を傾げる。


ミリィもわずかに眉を寄せた。


だがロロル本人は気付いていないのか、あるいは気付いていても余裕がないのか、そのまま続ける。


「食事の用意も、身の回りの世話も、全部僕の仕事です」


ベルは思わずミリィと顔を見合わせた。


聖女の世話係。


そんな立場の人間がいるとは思っていなかった。


いや、考えてみれば当然なのだろう。


聖女だって人間だ。


誰かの世話は必要になる。


だが、目の前の少年がその役目を担っているとは想像していなかった。


「へぇ…」


ウルフがベッドの上で腕を組む。


「つまり君は、聖女に一番近い人間ってことか」


ロロルは少し迷った末、小さく頷いた。


「……たぶん」


その返答は歯切れが悪かった。


誇らしさもない。


むしろ、その立場そのものを重荷に感じているようだった。


ベルはそんなロロルの様子を見つめる。


聖女の世話係。


それだけなら、ここまで思い詰める理由にはならない。


まだ何かある。


そんな予感がした。


ロロルは一度目を閉じた。


覚悟を決めるように。


そして静かに語り始める。


「基本的に、聖女様には会えません。僕みたいにして代々の世話係、そして問いの神官と呼ばれる仲介役。警備兵。それから一部の神官たち。それだけです」


ミリィが小さく頷く。


「サナトリアの至宝にして司法ですもんね…この国の中枢そのものと呼ぶ人もいるくらいですし」


ロロルも頷いた。


「王族ですら、聖女様には意見ができない…なんて言われてますよね」


ベッドに腰掛けたウルフが片眉を上げる。


「…なんか、含みのある言い方だな」


ロロルは力なく笑った。


それは笑顔というより、自嘲に近かった。


「..そうです。みんなの思う聖女なんて…そんなものありはしないのですから」


部屋の空気がわずかに変わる。


ベルが眉をひそめた。


「…どういうこと?」


ロロルは答えなかった。


代わりに視線を上げる。


ベルを見る。


次にミリィを見る。


最後にウルフを見る。


一人ずつ。


逃げ場を失くすように。


あるいは、自分自身が逃げないために。


青い瞳には迷いと恐れが浮かんでいた。


それでも、その奥には決意がある。


誰にも話せなかったこと。


話してはいけないこと。


それを今から口にしようとしている人間の目だった。


膝の上で握られた拳が震える。


ロロルは小さく息を吸った。


「これから話す、聖女様の真実を、どうか信じてください」


その声は掠れていた。


だが、真剣だった。


冗談でもなければ誇張でもない。


それだけは誰の耳にも分かった。


部屋には静寂が落ちる。


窓の外から聞こえる街の喧騒だけが、やけに遠く感じられた。


誰も口を開かない。


ただロロルの次の言葉を待っていた。



ロロルが語る内容は、ベル達が想像しないものだった。


サナトリアの象徴である聖女。


神に選ばれた少女。


世界を見通す千里眼の持ち主。


五十年に一度現れる奇跡。


それらは全て表向きの話だった。


真実は違う。


聖女は一人しか存在しない。


数千年前。


建国時代に存在した初代聖女。


その少女は死の直前、自らを古代魔導文明の超大型魔導装置へ融合させた。


人格。


感情。


欲望。


全てを失い。


純粋な観測機関となった。


以来、聖女は人ではなくなった。


世界中を観測し続ける存在。


世界中の情報を検索し続ける存在。


聖女は未来を見ることはできない。


だが、過去から現在に至るまで世界で起きた全てを知っている。


何千年も前の歴史も、今この瞬間に世界の果てで起きている出来事も例外ではない。


隠された真実も、失われた記録も、誰にも知られていない秘密も、聖女の前では意味を持たない。


それが聖女の持つ『千里眼』である。


それが聖女の正体だった。


未来は見えない。


推測もしない。


嘘もつかない。


ただ観測した事実のみを答える。


人。


物。


場所。


事件。


世界中のあらゆる情報。


それらを検索し、問いに答える。


サナトリアの繁栄は全てその力の上に築かれていた。


商業。


外交。


軍事。


諜報。


国家の根幹全てが聖女によって支えられている。


しかし問題があった。


聖女は外界と接続できない。


そのため生体ユニットが必要となる。


適性を持つ少女を接続し、聖女と世界を繋ぐ。


人々はその少女を聖女と呼ぶ。


だが実際には違う。


少女は聖女になるのではない。


聖女の端末になるのだ。


人格は失われる。


感情も失われる。


残されるのは問いを受け取る耳と、回答を返す口だけ。


少女自身は生きている。


呼吸もする。


成長もする。


食事も必要だ。


だが人格だけが消える。


五十年に一度現れる聖女という伝承も真実ではない。


聖女は最初から一人しか存在しない。


五十年ごとに行われるのは継承ではなく交換だった。


寿命を迎える前に新たな適性者へ接続を移す。


古い生体ユニットを外し。


新しい生体ユニットを繋ぐ。


人々はそれを新たな聖女の誕生だと祝う。


だが実際には、新たな少女が十字架へ固定されるだけだった。


そのために存在するのが聖女一族である。


初代聖女の血を受け継ぐ一族。


適性は血統によって受け継がれる。


そのため歴代生体ユニットは全て同じ血族から選ばれてきた。


表向きには神に祝福された家系。


実際には聖女システムを維持するための管理血統だった。


生まれた子供達は普通に育つ。


笑い。


遊び。


学び。


成長する。


そしてその中から選ばれる。


次の生体ユニットが。


選ばれた少女は地下へ降りる。


選ばれなかった者達は地上で生きる。


親として。


兄弟として。


親族として。


そして世話係として。


生体ユニットは生きている。


だから世話が必要になる。


食事。


清潔保持。


健康管理。


髪の手入れ。


それら全てを担当するのが世話係だった。


世話係は必ず同じ一族の人間から選ばれる。


秘密を守るため。


そして何より。


聖女に最も近い存在となるためだった。


毎日会う。


毎日世話をする。


毎日声を聞く。


誰よりも近くにいる。


それでいて誰よりも遠い。


聖女は笑わない。


怒らない。


泣かない。


呼びかけにも答えない。


ただ問いに答えるだけ。


さらに聖女一族には、もう一つの役目があった。


血統の維持である。


適性は血によって受け継がれる。


だから生体ユニットとなった少女は、三十歳になるまでに世話係との間に子供を残さなければならない。


その子供が次代の候補となる。


娘が生まれれば、その中から新たな適性者が選ばれる。


息子であれば、一族の一員として育てられる。


そうして血は受け継がれる。


次の世代へ。


そのまた次の世代へ。


誰も疑問を抱かない。


誰も逆らわない。


それが聖女一族の使命だからだ。


千年以上。


いや、数千年。


その仕組みは続いてきた。


一人の少女が選ばれる。


人格を失う。


生体ユニットとなる。


子を残す。


次の少女が選ばれる。


そしてまた繰り返す。


サナトリアの繁栄は、その連鎖の上に成り立っていた。


それが聖女の真実だった。


そして現在、地下深くの封印区画には十五歳の少女がいる。


七歳の時に選ばれた生体ユニット。


七年間。


一度も外へ出ることなく。


一度も自由に歩くことなく。


ただ問いに答え続けている少女が。

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