千里眼の聖女ー
サナトリア王都の地下深く。
王族ですら立ち入りを許されない封印区画。
幾重もの結界と魔導扉を越えた先に、その部屋は存在した。
巨大な円形空間。
天井は見えない。
壁一面には青白い光が走り、無数の魔導回路が脈打っている。
静かだった。
静かすぎるほどに。
聞こえるのは低い駆動音だけ。
空間中央。
巨大な十字架が立っている。
処刑具にも見えるそれは、人を拘束するためだけに造られた装置だった。
そこに、一人の少女が固定されていた。
銀色のおかっぱ頭。
身体には薄いヴェールのような布がつけられているのみ
透き通るような白い肌。
華奢な身体。
年齢は10代半ば
目元は茨を模した封印具で覆われている。
瞳は見えない。
両腕は横へ広げられたまま固定され、指先一つ動かない。
全身には青白い光が流れ続けていた。
だが死んではいない。
胸は僅かに上下している。
呼吸をしている。
生きている。
少女の唇が動く。
感情のない声。
平坦な音。
まるで眠ったまま話しているような声だった。
言葉が終わる。
再び沈黙。
そしてまた唇が動く。
部屋には誰もいない。
それでも少女は言葉を紡ぎ続ける。
何かに答えるように。
何かを告げるように。
ただ淡々と。
ただ機械的に。
人々は彼女を聖女と呼ぶ。
神に選ばれた少女。
世界を見通す千里眼の持ち主。
五十年に一度現れる奇跡。
王都の神殿には歴代聖女の肖像画が並び、人々は祈りを捧げる。
新たな聖女が誕生すれば祝祭が開かれる。
誰もが敬愛し。
誰もが憧れる。
サナトリアの象徴。
その正体を知る者はほとんどいない。
部屋の片隅に、一人の少年が立っていた。
銀髪。
青い瞳。
まだ十四歳。
少年は慣れた手つきで少女の髪を梳く。
絡まった髪を丁寧に整える。
次に濡れた布で少女の手を拭く。
その動作に迷いはない。
毎日繰り返してきた作業だった。
少女は反応しない。
視線も向けない。
表情も変わらない。
ただ時折、感情のない声を響かせるだけ。
少年は何も言わない。
少女も何も言わない。
静かな時間が流れる。
やがて髪を整え終えた少年は櫛を置いた。
そして少し離れた場所から少女を見上げる。
青白い光に照らされた小さな身体。
茨に閉ざされた瞳。
十字架に拘束されたままの姿。
地下深く。
誰の目にも触れない場所で。
今日も聖女は在り続けていた。
ふいに。
聖女が顔を上げた。
少年の手が止まる。
思わず目を見開いた。
聖女が自ら動くことなどない。
問いが与えられた時に答える。
それだけだ。
それ以外で反応したところなど、一度も見たことがなかった。
部屋の出入口付近に控えていた警備兵達も異変に気付く。
空気が張り詰めた。
誰も声を出さない。
視線だけが少女へ集まる。
茨に閉ざされた瞳は見えない。
だが確かに。
聖女は何かを見ていた。
「ーーー魔王殺しが来ました」
淡々と告げる。
感情はない。
抑揚もない。
ただ観測した事実だけを口にする。
それだけの声だった。
だが、その言葉が部屋の空気を一変させた。
「…魔王殺し?」
少年が小さく呟く。
聞き覚えはある。
知らない者などいない。
史上初めて魔王を殺した存在。
大陸中を騒がせている正体不明の人物。
だが、なぜ今ここでその名が出るのか。
警備兵達も顔を見合わせる。
誰も状況を理解できない。
聖女が自発的に発言したことも。
その内容も。
何一つ。
警備兵達が慌ただしく動き出す。
一人が駆け出した。
続いてもう一人。
重い扉が開かれ、封印区画の外へ消えていく。
神官達を呼びに行ったのだ。
地下深部の空気が騒がしくなる。
だが少年は動けなかった。
ただ目の前の少女を見上げている。
彼女が聖女になって7年。
毎日見てきた。
誰より近くにいた。
それなのに今の聖女は、少年の知らない存在に見えた。
聖女は再び口を開く。
「ーーー魔王殺しベル・ジットーおよびミリィを速やかに、ここへー」
淡々と。
命令でも依頼でもない。
ただ必要事項を読み上げるように。
「ミリィ……?」
聞いたことのない名前だった。
聖女は続ける。
少年は自発的に話し出した聖女を見上げたまま動けない。
「2人の居場所はー」




