ハーヴェスト・アンセンー
「さ、着いたわよ」
ハーブが微笑みながら手で示した先には、一軒の家があった。
街の大通りから少し離れた閑静な住宅街。
周囲には似たような家々が並んでいるが、その中でも一回り大きい。
豪華というほどではない。
だが手入れは行き届いており、落ち着いた雰囲気のある良い家だった。
「おぉ……」
ベルは思わず見上げた。
「結構大きい」
「そうかしら?」
ハーブは首を傾げる。
「一人で住むには十分すぎると思うけど」
「一人なの?」
「ええ」
ハーブは鍵を取り出しながら頷いた。
「今更だけど……本当にいいの?」
ベルは少し申し訳なさそうに言う。
「さっき会ったばかりなのに……」
ミリィも遠慮がちに続けた。
「そうですよ。ご迷惑では……」
「いいじゃねぇの」
ウルフがあっさりと言った。
「他人の好意には素直に甘えるもんだ」
「もう、ウルフったら」
ベルは苦笑する。
「そういうところだけ図々しいんだから」
「そういうところじゃなくて全部だ」
「威張ることじゃないでしょ」
そのやり取りにハーブがくすくすと笑った。
「本当、仲が良いのね」
「そう見える?」
「ええ」
ハーブは優しく微笑む。
「家族みたい」
その言葉にベル達は一瞬顔を見合わせた。
そして。
「まぁ、そんな感じかも」
ベルが笑う。
ミリィも小さく頷いた。
ウルフは鼻を鳴らす。
「保護者役は俺だな」
「誰が?」
「俺が」
「絶対違う」
ベルは即答した。
再び笑い声が広がる。
ハーブはそんな三人を眩しそうに見つめていた。
そして扉を開ける。
「どうぞ」
柔らかな声と共に、温かな家の空気が外へ流れ出した。
家の中は外観と同じく落ち着いた雰囲気だった。
物は多くない。
だが必要な調度品はきちんと揃えられており、色合いや配置にも統一感がある。
無駄がなく、それでいてどこか温かい。
住んでいる人の性格がそのまま表れているような空間だった。
「わー、なんかおしゃれー」
ベルはきょろきょろと辺りを見回した。
「ありがとう」
ハーブは少し照れたように微笑む。
「一応、自分なりに頑張ったのよ」
「なんか落ち着く」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
ハーブはそう言うと階段へ視線を向けた。
「二階に空いている部屋があるから……ベルとミリィは一緒でいい?」
「うん」
「はい」
二人は頷く。
「俺は?」
「別の部屋よ」
「なら問題ねぇな」
ウルフも頷いた。
ハーブは満足そうに微笑む。
「それじゃ案内するわね」
そう言って先に立ち、階段を上っていく。
ベル達もその後を追った。
木製の階段は綺麗に磨かれており、歩くたびに小さく音が鳴る。
二階へ上がると、廊下の両側にいくつかの扉が並んでいた。
ハーブはそのうちの一つの前で足を止める。
「ここよ」
扉を開く。
中には清潔な客室が広がっていた。
大きな窓。
二つ並んだベッド。
小さな机と椅子。
必要なものは一通り揃っている。
「わぁ」
ベルは思わず声を漏らした。
「思ったより広い」
「好きに使ってちょうだい」
ハーブは柔らかく微笑んだ。
その表情は、本当に客人を迎えることを喜んでいるように見えた。
「それじゃ荷物を下ろしたら下に降りてきて? 夕食にしましょ」
三人は頷き、それぞれの部屋へ入った。
荷物を置き、軽く身支度を整える。
それから一階へ降りると、キッチンではハーブが調理の準備を始めていた。
鍋からは湯気が立ち上り、食欲を誘う香りが漂っている。
ハーブはこちらに気付くと微笑んだ。
「今朝作ったシチューなら温めるだけですぐ食べられるけど……いいかしら?」
「むしろ大歓迎」
ベルは即答した。
「泊めてもらうのに、ご飯まで出してもらえるなんて最高だよ」
「ふふ、それなら良かった」
ハーブは嬉しそうに笑う。
「私は大丈夫です」
ミリィも頷いた。
「シチュー好きですし」
「俺も異論はねぇな」
ウルフは椅子を引きながら言う。
「腹減ってるしな」
「それじゃすぐ用意するわね」
ハーブは鍋をかき混ぜる。
ぐつぐつと煮える音が部屋に響いた。
ベルのお腹が小さく鳴る。
しん、と一瞬だけ静かになる。
「……」
「……」
ミリィが横を見る。
ベルは視線を逸らした。
「聞こえてない」
「聞こえました」
「聞こえてない」
「聞こえました」
「気のせいだもん」
ベルは机に突っ伏した。
ウルフが吹き出す。
ハーブも口元を押さえてくすくすと笑った。
温かな空気が食卓を包んでいた。
四人は食卓を囲み、温かなシチューを味わいながら旅の話をしていた。
シチューは驚くほど美味しかった。
野菜は柔らかく煮込まれ、肉の旨味もしっかりと溶け込んでいる。
「おいしい……」
ベルは素直に感想を漏らした。
「本当です」
ミリィも何度も頷く。
「ふふ、ありがとう」
ハーブは嬉しそうに微笑んだ。
話題は自然と旅の目的へ移る。
「そういえば、ベル達は何をしにサナトリアへ来たの?」
ベルはスプーンを置いた。
「聖女様に会いに」
ハーブは納得したように頷く。
「そう、聖女様に……」
少しだけ苦笑する。
「でもそうよね」
「この街に来る人の大半の目的はそれしかないもの」
「やっぱりそんなに多いんだ」
「ええ」
ハーブは頷いた。
「商人も、貴族も、冒険者も、王族も」
「皆、何かを探しているの」
ベルは感心したように声を漏らす。
「すごいなぁ」
「一年待ちも納得ですね」
ミリィも頷いた。
ハーブはスープを一口飲む。
「運が良ければもう少し早く会えることもあるけれど」
「基本的には長く待つことになるわ」
「うへぇ」
ベルは顔をしかめた。
「面会するだけで大変なんだね」
「聖女様はお一人しかいないもの」
そう言って微笑むハーブの表情は、どこか聖女への敬意を感じさせた。
「でも、せっかく来たんだもの」
「会えるといいわね」
「うん」
ベルは笑顔で頷いた。
「会えなかったら泣く」
「ベル様なら本当に泣きそうです」
「失礼だなぁ」
ミリィが小さく笑う。
ハーブもつられて笑った。
穏やかな食卓だった。
つい数時間前に出会ったばかりとは思えないほどに。
「お風呂、入るでしょ?」
食後のお茶を配りながら、ハーブが微笑んだ。
「えー!? お風呂あるの!?」
ベルは目を丸くする。
「すごい……個人宅にお風呂だなんて」
ミリィも驚いたように言った。
「いいねぇ! これで酒でもありゃ完璧なんだが……」
ウルフが満足そうに腹をさする。
「ありますよ」
ハーブはにっこりと笑った。
「お付き合い、しましょうか?」
「マジかよ! 最高だぜ!」
ウルフは一気に機嫌が良くなった。
「ふふっ」
ハーブは立ち上がる。
「それじゃ準備してくるわね」
「飲みすぎちゃだめだよ?」
ベルが笑う。
「分かってる分かってる」
「絶対分かってません」
ミリィが即座に言った。
ウルフは豪快に笑う。
ハーブもつられてくすくすと笑った。
「ベル達は先にお風呂へどうぞ」
「はーい」
「ありがとうございます」
二人は席を立った。
廊下を進み、案内された浴室へ向かう。
ウルフとハーブをリビングに残し、ベルとミリィは浴室の扉を開いた。
髪を洗い、身体を洗い、旅の汚れを落とした二人は、ゆったりと湯船に浸かっていた。
「……極楽……」
ベルは湯船の縁に頬を乗せながら、幸せそうに息を吐く。
「……最高ですね……」
ミリィも肩まで湯に沈みながら呟いた。
旅の途中で、ここまでしっかりした風呂に入れる機会はそう多くない。
二人がくつろいでいると、脱衣所の方から声がした。
「私も入っていいかしら?」
「もちろーん!」
ベルが元気よく返事をする。
扉が開き、ハーブが浴室へ入ってきた。
「お邪魔するわね」
そう言いながら湯船へ近付く。
ベルとミリィは思わず見上げた。
「……お、大人だ……」
「……すごい、キレイ……」
二人の素直な感想に、ハーブは苦笑する。
「そんなに見ないで、照れるわ」
そう言って肩まで湯に浸かる。
ふぅ、と小さく息を吐いた。
「生き返る……」
「ハーブさんもそう思うんだ」
「もちろんよ」
ハーブはくすりと笑う。
「お風呂が嫌いな人なんているのかしら」
「ウルフとか」
「確かに」
ミリィが即座に頷いた。
三人は顔を見合わせる。
そして同時に吹き出した。
浴室には穏やかな笑い声が響いていた。
ハーブは二人の間へゆっくりと腰を下ろした。
湯が揺れ、浴槽の縁から少しだけ溢れる。
「ふぅ……」
気持ちよさそうに息を吐き、肩まで湯に浸かる。
左右にはベルとミリィ。
三人で並ぶと、さすがに少し距離が近い。
ハーブはそのことに気付いたのか、くすくすと笑った。
「三人だと、さすがに少し狭いわね」
「確かに」
ベルが苦笑する。
肩が触れそうな距離だった。
ミリィも少し身体を縮めた。
「思ったより近いですね……」
「ごめんなさいね」
「いえいえ!」
ミリィは慌てて首を振る。
「むしろお邪魔しているのはこちらですから」
「ふふっ」
ハーブは楽しそうに微笑んだ。
湯気の向こうで濡れた銀髪が艶やかに揺れる。
ベルは思わず見上げる。
やっぱり綺麗だ。
綺麗すぎる。
「……」
「ベル?」
「なんでもない」
ベルは慌てて視線を逸らした。
ハーブは不思議そうに首を傾げたが、追及はしなかった。
代わりに小さく笑いながら湯船へ身体を預ける。
穏やかな時間が流れていた。




