魔導国家サナトリアー
大陸横断列車は大陸中央部の平原を走っていた。
窓の外には緑の草原が広がり、遠くには森や小さな村が見える。
昼時の客車は穏やかだった。
ベルたちは四人掛けの席を囲み、駅で買った弁当を広げている。
木箱の中には焼いた鶏肉、燻製ソーセージ、チーズ、黒パン、それに果物のタルトが詰められていた。
「わぁ……おいしそう」
ベルが目を輝かせる。
ミリィも頷いた。
「はい。この路線は有名なんです。駅ごとにお弁当が違って、旅の楽しみになってるそうですよ」
「駅ごとに?」
「そうなんです。次の駅だと魚料理が有名らしいですよ」
「それも気になるなぁ」
ベルは嬉しそうに鶏肉を口に運んだ。
思わず頬が緩む。
「おいしい!」
「でしょう?」
ミリィも満足そうだった。
その隣でウルフは大きなソーセージを頬張っている。
「どうですか、ウルフさん」
ミリィが聞くと、ウルフはしっかり味わってから答えた。
「うまいな。旅の飯ってもっと適当だと思ってた」
「私もそう思ってた」
ベルが笑う。
「なんだか普通のお店みたい」
「列車の旅が人気なのも分かりますね」
ミリィはそう言いながら黒パンをちぎった。
しばらく三人は食事を楽しんだ。
列車が大きくカーブを曲がり、窓の外に巨大な湖が見え始める。
ベルは景色に見とれながら口を開いた。
「そういえばサナトリアってどんな国なの?」
その質問を待っていたかのようにミリィが姿勢を正した。
「魔道国家サナトリアは、大陸一の魔術国家です」
「そんなにすごいの?」
「はい。魔術の研究と開発なら間違いなく世界最高峰です」
ミリィは指を折りながら説明する。
「魔導具の開発施設、魔術学園、研究機関、どれも他国とは規模が違います。大陸中から魔術師が集まる国なんです」
「へぇ」
「街の中にも魔術がたくさん使われていますよ。照明や輸送設備はもちろんですけど、一般家庭でも魔導具が普通に使われているそうです」
ベルは感心したように聞いていた。
「なんだか未来の国みたい」
「実際、初めて行く人は驚くらしいです」
ウルフも興味を持ったようだった。
「強い魔術師も多いのか?」
「かなり多いですね」
ミリィは頷く。
「魔術学園の教師ですら他国なら有名な魔術師だったりします」
「へぇ。それは楽しみだな」
ベルが苦笑した。
「やっぱりそこなんだ」
「いや、飯もうまそうだからな」
「結局そっちもなんだ」
三人の間に笑いが広がる。
列車は規則正しい音を響かせながら西へ向かう。
魔道国家サナトリア。
まだ見ぬ魔術の都へ向けて、旅は続いていた。
ベルは窓の外を眺めながら思い出したように言った。
「そういえば、そこに例の聖女様がいるんでしょ?」
ミリィはこくりと頷く。
「はい」
今回の旅の目的。
それは魔道国家サナトリアそのものではない。
「千里眼が今回の目的です」
「そんなにすごい人なの?」
ベルが聞くと、ミリィは少し考えてから答えた。
「たぶん、世界で一番遠くを見ることができる方ですね」
「遠く?」
「はい。普通なら絶対に見えない場所でも見えるそうです」
ベルは目を丸くした。
「それってすごくない?」
「すごいですよ。だから各国から依頼も来るそうです」
「依頼?」
「行方不明者の捜索だったり、失われた遺跡を探したりですね」
ウルフがパンをちぎりながら口を挟む。
「それだけ有名なら護衛も多そうだな」
「多いと思います」
ミリィは頷いた。
「サナトリアでも特別な方ですから」
ベルはフォークをくるくる回した。
「会えるかなぁ」
「会えない可能性の方が高そうですね」
「そんなぁ……」
「でも会わないと始まりませんから」
ミリィは小さく笑った。
「まずはサナトリアに着いてからです」
「それもそうか」
ベルも笑う。
列車は軽快な音を立てながら平原を走り続けていた。
窓の外には広い湖が見える。
まだ目的地までは遠い。
だが三人は焦ってはいなかった。
昼食を食べながら、これから訪れる魔道国家の話はまだまだ続きそうだった。
列車が揺れる。
窓の外にはどこまでも続く草原。
ベルはタルトをつつきながら景色を眺めていた。
そんなベルに、ウルフが気軽な調子で声をかける。
「ベルは何が知りたくて聖女様ってのに会いにいくんだい?」
ベルは少しだけ動きを止めた。
「んー…なんか、いろいろ」
そっと視線を逸らす。
ミリィはそんなベルを見て小さく笑った。
聞きたいことが一つではないことは知っている。
だから何も言わない。
ウルフもそれ以上は聞かなかった。
「そうかい。まぁ女の子にはいろいろあんだろーよ」
「へへへ」
ベルは曖昧に笑う。
話題を流してくれたことに少しだけ感謝した。
ミリィは窓の外へ目を向けながら言った。
「何か手がかりでも見つかるといいですね」
「ね!」
ベルは明るく頷いた。
列車は西へ向かって走り続ける。
魔道国家サナトリアは、もう遠くなかった。
昼食を終えた後も列車の旅は続いた。
ベルは窓際に肘をつきながら景色を眺めていたが、満腹感と心地よい揺れには勝てない。
だんだんとまぶたが重くなる。
向かいのミリィが本を読んでいるのをぼんやり眺めながら――。
「ん……」
こくり。
首が落ちた。
その隣ではウルフも腕を組んで座っている。
起きているように見えたが、しばらくすると規則正しい寝息が聞こえ始めた。
ミリィはそんな二人を見て小さく笑う。
列車はそのまま何時間も走り続けた。
やがて窓の外の景色が変わり始める。
平原の向こう。
地平線の先に巨大な城壁。
さらにその奥には無数の尖塔。
夕日に照らされた大都市が姿を現した。
ミリィは窓の外を見て目を輝かせる。
そして眠っている二人の肩を揺すった。
「ベルさん、ウルフさん!着きますよ!」
「ふぇっ!?」
ベルは飛び起きた。
寝ぼけたまま窓の外を見る。
そして固まった。
窓いっぱいに巨大な都市が広がっていた。
高く伸びる塔。
空中を走る光の軌道。
城壁の上で輝く魔導灯。
これまで見てきたどの街とも違う。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
隣ではウルフも目を覚まし、窓の外を眺めていた。
「でけぇな」
列車は速度を落としながら巨大な駅へと近づいていく。
魔道国家サナトリア。
大陸最高の魔術国家が、三人を迎えようとしていた。
列車がゆっくりと速度を落としていく。
巨大な駅舎へ向かって何本もの線路が集まり、その上を魔導灯の光が走っていた。
ホームには人が溢れている。
魔術師らしい長衣の男女。
研究者。
商人。
冒険者。
様々な人々が行き交っていた。
ベルは窓に顔を近づける。
「これが…サナトリア」
夕日に照らされた巨大都市。
無数の塔が空へ向かって伸びている。
その光景は、これまで見てきたどの街とも違っていた。
ウルフも思わず目を見開く。
「なんか…すっげぇな!」
その声には純粋な感嘆が混じっていた。
ミリィも窓の外を見つめる。
「私も実際見るのは初めてですが…さすが魔導国家ですね」
街の中心部には他の建物よりも一際高い白い塔が見えた。
その周囲にも大小様々な塔が立ち並び、まるで森のようだ。
列車は最後の警笛を鳴らす。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
大陸横断列車は終着駅へ滑り込んだ。
長い旅が終わる。
そして――
千里眼の聖女を探す、新たな旅が始まろうとしていた。




