終焉の光ー
ベルが隔壁を睨みつける。
荒い呼吸。
口元から血が垂れる。
それでも立ち上がった。
「カレン!ぶち破るぞ!」
指輪が応えて、
全身から力が溢れる。
姫神の神力がベルの全身に漲る。
ベルが右腕を振り上げる。
だが。
「うっ…」
大量の血を吐いた。
真っ赤な飛沫が床へ散る。
身体が大きく揺れる。
そして。
その場に両手と両膝を着いた。
「くそっ…まだ毒が…」
ラインが駆け寄る。
「ベルくん!」
ウルフも顔をしかめた。
「おいおいおい、無茶すんな!」
ベルの肩が大きく上下する。
視界が揺れる。
身体が重い。
力が入らない。
ラインが隔壁を見た。
「別の出口を探そう!」
だが。
ウルフが首を振る。
「無理だ!」
天井から瓦礫が落ちる。
振動はさらに強くなっていた。
「今からじゃ間に合わねぇ!」
ベルが顔を上げる。
そして。
ウルフの腰を指差した。
そこには砂時計がぶら下がっていた。
「時間ギリギリになったら…迷わず使え!」
息を切らしながら言う。
「ラインを連れてけ」
ウルフの表情が変わる。
「おい、ベル!」
ベルが睨み返した。
「大丈夫だ…俺ならなんとかなる」
ラインが首を振る。
「ベルくん、それはできないよ。そんな状態じゃあ…」
ベルが叫ぶ。
「いいから!」
ホールに声が響いた。
「俺を信じろ!」
時間だけが過ぎていく。
振動は激しさを増し。
壁に亀裂が走る。
――残り30秒。
ウルフが歯を食いしばる。
「ちくしょーっ!」
腰に下げた砂時計を掴む。
そして。
宙へと放り投げた。
ラインが振り返る。
「待て!ウルフー…」
ウルフが叫ぶ。
「rock ‘n’ roll!!」
瞬間。
手を伸ばしたラインと。
ウルフの姿が消えた。
静寂。
残されたのはベル一人。
崩れゆくホール。
閉ざされた隔壁。
迫る爆発。
ベルはそれを見届けると。
ふっと笑った。
「…また後でな」
ギルドの外。
バルザックは顰めっ面のまま建物を見上げていた。
夜風が吹く。
月明かりに照らされた巨大な建物は静かだった。
だが。
その静けさが長く続かないことを彼は知っている。
「ちくしょうっ!あと…数分あればー…」
悔しげな声が漏れる。
足元では。
キンサシャが倒れるように横たわっていた。
意識はない。
呼吸だけがかすかに上下している。
その時だった。
ギルドの建物の窓という窓から。
強烈な白い光が漏れ出す。
夜を切り裂くような閃光。
月明かりすら掻き消すほどの輝きだった。
バルザックが反射的に手をかざす。
「っ!」
次の瞬間。
轟音。
空気そのものが爆ぜた。
ギルドが内側から崩壊する。
石材が。
鉄骨が。
窓ガラスが。
全てを巻き込みながら吹き飛ぶ。
炎はない。
ただ圧倒的な破壊だけが広がる。
衝撃波が夜の街を駆け抜けた。
バルザックは咄嗟にその場へ伏せる。
地面へ身体を押し付ける。
猛烈な風圧が背中を叩いた。
砂埃が舞い上がる。
小石が飛び散る。
木々が大きく揺れる。
そして。
崩壊音が遅れて響いた。
巨大なギルドが。
跡形もなく崩れ落ちていく。
夜空へ土煙が立ち昇る。
その光景を。
バルザックは歯を食いしばりながら見つめていた。
衝撃が収まる。
夜空を覆っていた土煙がゆっくりと流れていく。
バルザックは立ち上がった。
服についた砂を払うこともなく。
崩壊したギルドを見つめる。
表情は重い。
そして。
瓦礫の山へ向かって歩き出した。
かつて入口ホールだった場所。
今は見る影もない。
砕けた石材と鉄骨が積み重なっているだけだった。
その時だった。
何の前触れもなく。
二つの人影が現れる。
ウルフ。
そしてライン。
まるで最初からそこにいたかのように。
唐突に。
バルザックの目が見開かれた。
次の瞬間。
顔が綻ぶ。
「ウルフ!ライン!無事だったのか!」
駆け寄る。
だが。
二人は何も言わない。
ウルフは黙ったまま。
ラインも黙ったまま。
ただ瓦礫を見つめていた。
バルザックの足が止まる。
笑顔が消える。
何かを察した。
嫌な予感だけが膨らんでいく。
「どうしたよ?…ベルは?」
ラインが視線を落とす。
何も言わない。
ウルフも。
静かに首を横へ振った。
バルザックの顔から血の気が引く。
「…な」
喉が鳴る。
「うそだろ?」
掠れた声だった。
震える瞳が瓦礫へ向く。
「魔王殺し、だぞ?」
誰も答えなかった。
夜風だけが吹き抜ける。
崩れたギルドの残骸が。
静かに月明かりを浴びていた。
三人が黙り込む。
夜風が吹き抜ける。
崩れ落ちたギルド。
積み上がった瓦礫。
舞い上がる土煙。
誰も言葉を発しない。
バルザックは拳を握り締める。
ラインは目を伏せる。
ウルフはポケットに手を突っ込んだまま。
ただ瓦礫の山を見ていた。
やがて。
三人はそれぞれ周囲へ視線を向ける。
もしかしたら。
そんな僅かな期待を捨てきれずに。
その時だった。
「みんな無事だったみたいだな」
聞き慣れた声。
三人の身体が同時に固まる。
バルザックが振り返る。
ラインも。
ウルフも。
そこにいた。
瓦礫の山の上。
月明かりを背に。
ベルが立っていた。
服はボロボロ。
全身傷だらけ。
血に汚れ。
煤まみれ。
それでも。
しっかりと自分の足で立っている。
バルザックの目が見開かれた。
「……」
言葉が出ない。
ラインも呆然とする。
ウルフだけが。
ふっと笑った。
「そうだと思ったぜ」
ベルが肩を竦める。
「なんだよ、その反応」
次の瞬間。
バルザックが叫んだ。
「この馬鹿野郎がぁぁぁぁぁっ!!」
夜空に怒声が響き渡った。
ベルが両手で耳を塞ぐ。
「あーうるせーっ!」
バルザックの怒鳴り声が夜空へ響く。
その横で。
ラインが苦笑した。
「無事だったのはよかったけどー、どうやったんだい?」
ベルが親指で自分の足元を指した。
「あぁ、それはなー」
三人の視線が自然と下へ向く。
ベルの足元。
月明かりに伸びる影。
ただそれだけだった。
「ミカゲって姫神の能力で、影の中に匿ってもらってた」
その言葉に反応したのか。
影の表面がゆらりと揺れる。
まるで水面に石を落としたように。
黒い波紋が静かに広がった。
ラインが目を丸くする。
「へぇ…」
ウルフが口笛を吹いた。
「便利な能力じゃねぇか」
バルザックも呆れたように頭を掻く。
「お前なぁ…」
肩の力が抜ける。
「心配して損したぜ」
ベルが笑う。
「悪い悪い」
影の揺らぎはゆっくりと収まり。
再びただの影へ戻っていった。
バルザックが呆れたように頭を掻く。
「そんな能力あるなら、最初から全員で入りゃよかったじゃねぇか」
すると。
ベルの足元の影がゆらりと揺れた。
気だるげな女性の声が響く。
「お断りします」
四人の動きが止まる。
「影の中は私の身体も同じ…」
影の表面が波打つ。
どこか不機嫌そうな声音だった。
「誰が好き好んで主人様以外の男など…入れるものですか」
沈黙。
四人が顔を見合わせる。
ウルフが口をへの字に曲げた。
バルザックは眉をひそめる。
ラインは苦笑した。
ベルは頭を掻く。
「ま…そういうわけだ」
ラインが納得したように頷く。
「…なるほど、ならしょうがないね」
ウルフも肩を竦めた。
「そりゃしょうがねぇな」
バルザックだけが納得いかない顔をしていた。
「いや、しょうがなくはねぇだろ…」
だが。
影から返事はなかった。
ただ。
月明かりの下で静かに揺れているだけだった。
ベルが辺りを見回した。
「あれ?」
首を傾げる。
「キンサシャは?」
その言葉に三人も周囲を見る。
だが。
先ほどまで地面に倒れていたはずの女の姿がない。
バルザックの目が見開かれた。
「なに!?」
慌てて周囲を見渡す。
「気絶して寝てたはずだぞ!?」
ウルフが肩を竦める。
「どうやら…」
ラインが苦笑した。
「逃げたようだね」
バルザックの額に青筋が浮かぶ。
「あんの女!」
拳を握り締める。
「今度見つけたら、あの胸揉みしだいてやる!」
一瞬。
場が静まり返る。
ラインが呆れた目を向ける。
ウルフは吹き出した。
「おいおい」
ラインが姿勢を正した。
服についた埃を払い。
崩壊したギルド跡地を背に三人へ向き直る。
「さて、結果は変わってしまったけれど、これで依頼達成とする!」
月明かりの下。
凛とした声が響く。
「諸君らの協力に感謝を!」
バルザックが鼻を鳴らした。
「おう、報酬は約束通り頼むぜ」
ウルフが両腕を上げる。
「くぅーっ!」
満面の笑みだった。
「これでやっとベルの嬢ちゃんへの借金が返せる!」
ベルも笑う。
「俺としても面倒ごとが一つ減って助かったよ」
そう言った直後。
ふらりと身体が揺れる。
そしてその場へ座り込んだ。
「とりあえず、誰か宿まで連れてってくんないか?」
全身傷だらけ。
毒もまだ完全には抜けていない。
そんな姿に。
三人が顔を見合わせる。
そして。
同時に笑った。
夜空へ笑い声が響く。
こうして。
東大陸ギルドKeilflammeブラハ・ラグ支部は壊滅した。




