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【World Wide Love 】― 魔王殺しと呼ばないでー  作者: KK
【第2部】第3章ーはじまりの街編ー

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蝶よ、蠍よー

ゼニエダの目が輝く。


「まだまだあるんだよねぇ?」


押し合ったまま笑う。


「こんなものじゃないんだろう?」


ベルも笑った。


「あたり前だ!」


全身へさらに力を込める。


「カレンの力をなめんなよ!」


瞬間。


ベルの身体の奥からさらなる力の奔流が溢れ出した。


砕けた床がさらに沈む。


今まで拮抗していた均衡が崩れた。


ベルが押す。


ゼニエダが押される。


一歩。


また一歩。


ゼニエダの靴が床を削った。


ラインが目を見開く。


バルザックも息を呑む。


今度は誰の目にも明らかだった。


押しているのはベル。


押されているのはゼニエダ。


ゼニエダの両手が震え出す。


それでも。


その顔には笑みが浮かんでいた。


「素晴らしい…」


心から感嘆するように。


「本当に素晴らしいよ」


言いながら。


ふと違和感を覚える。


指先の感覚が鈍い。


視線を落とす。


いつの間にか。


自分の両手は白く霜に覆われていた。


指先から。


手首まで。


冷気が深く染み込んでいる。


ゼニエダが目を細める。


「なるほど…」


楽しそうに笑った。


「本命はこっちなんだねぇ」


ベルが口元を吊り上げる。


「気付いたか」


さらに力を込める。


「だがもう遅ぇよ」


ゼニエダが笑う。


「くふふふふっ」


ベルが眉をひそめた。


「何がおかしい?」


押し合ったまま。


ゼニエダは笑い続ける。


心の底から愉快そうに。


「おかしいさ」


震える両腕。


凍りつく指先。


それでも笑みは消えない。


「そして、うれしいよ」


ゼニエダの目が輝く。


歓喜に。


狂気に。


満ちていた。


「この私が、技で負け」


さらにベルに押し込まれる。


床が砕ける。


「力で負け…」


それでも。


ゼニエダは笑う。


「こんなに素晴らしい今日に感謝しなくては」


ベルが嫌な予感を覚えた。


そして。


ゼニエダが大きく目と口を開く。


まるで何かを受け入れるように。


何かを解き放つように。


「見せようじゃないか!」


空気が変わる。


ラインが剣を握り直す。


バルザックが顔をしかめた。


キンサシャは震えながら後退る。


「私の研究の集大成を!」


挿絵(By みてみん)



ゼニエダの身体が脈打つ。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


「究極の怪人を!」


ベルが顔をしかめた。


そして大きくため息を吐く。


「…やっぱ…」


さらに力を込める。


「そうくるよなぁっ!」


その瞬間。


ベルが動いた。


床を踏み砕く。


全身を大きく捻る。


ゼニエダの両腕を掴んだまま。


力任せに。


「うおおおおっ!」


ゼニエダの身体が浮いた。


ラインが目を見開く。


バルザックも息を呑む。


研究者。


剣士。


怪人使い。


そんな肩書きなど関係ない。


今。


ゼニエダはただ投げられていた。


宙へ。


高く。


高く。


ゼニエダの笑い声が響く。


「はははははっ!」


そして。


ベルが両腕を振り下ろした。


「寝てろぉっ!!」


轟音。


ゼニエダの身体が地面へ叩きつけられる。


床が爆ぜた。


石畳が砕け。


衝撃が周囲へ走る。


煙が舞い上がる。


キンサシャが悲鳴を上げて頭を抱えた。


ラインも思わず腕で顔を庇う。


ベルはその場から動かない。


両肘の刃から白い冷気が流れている。


そして。


立ち昇る土煙の中心を睨みつけた。


「変身するならさっさとしろ」


吐き捨てるように言う。


「手加減してやる気はねぇからな」


砂煙が立ち込める。


砕けた石畳が転がり。


視界の先は白く霞んでいた。


ベルは構えを解かない。


冷気を纏った両肘の刃を前へ向けたまま。


ただ静かに見据える。


やがて。


砂煙の奥から笑い声が響いた。


「くふふふふっ」


ラインが目を細める。


バルザックも表情を険しくした。


人影が揺れる。


ゆっくりと。


その影が立ち上がる。


「私は自分を改造するにあたり、これまでの研究とは違ったアプローチを試みたんだよねぇ」


ゼニエダだった。


頬から血を流し。


服は破れ。


それでも歓喜に満ちた笑みを浮かべている。


「まず、ひとつ」


ドクン。


胸の奥から脈打つような音。


首筋の血管が紫色に発光する。


「『生きた人間』」


皮膚の下で何かが蠢く。


肩が膨らむ。


腕が軋む。


骨の鳴る音が響いた。


「これまでの様に死体からではなく、生きた人間を使うことで、意識や知識、技も引き継ぐことに成功した!」


バキリ。


両腕の皮膚が裂ける。


裂けた隙間から黒紫の甲殻が顔を覗かせた。


腕を覆うように。


肩を包むように。


硬質な外殻が生え始める。


ベルの表情が引き締まる。


「ふたつめ」


ゼニエダの背中が大きく盛り上がった。


「『種の混合』」


服が弾け飛ぶ。


背中から何本もの骨が突き出す。


その骨を支柱にするように。


巨大な翅が生まれる。


紫。


黒。


妖しく輝く蝶の翅。


同時に腰の後ろから節の連なった尾が伸び始めた。


石畳を削りながら。


蠍の尾が姿を現す。


「これまでのような単体モチーフではない。私の場合は、アゲハ蝶と蠍!」


翅が広がる。


尾がうねる。


全身の甲殻がさらに増殖していく。


「どうかねぇ?素敵だろう?」


ゼニエダが両腕を広げる。


その指先はすでに人間の形を失い始めていた。


「そして最後に」


ドクン。


ドクン。


ドクン。


脈動と共に。


全身を覆う甲殻が肥大化する。


胸部。


肩。


脚。


首。


次々と外殻が形成されていく。


「『外骨格』」


肩から棘が生える。


腕を覆う甲殻が厚みを増す。


脚部は鎧のような重厚さを帯びていく。


「再生の前に強靭な肉体と力を得た!」


紫の光が爆発した。


砂煙が吹き飛ぶ。


巨大な翅が広がる。


蠍の尾が天井近くまで持ち上がる。


黒紫の甲殻が全身を覆い尽くしていく。


そして。


静寂。


ギルドにいた全員が見上げていた。


そこに立っていたのは。


蝶の翅を持ち。


蠍の尾を持ち。


鋏のような腕を持つ異形。


だが。


顔だけは人間のままだった。


歓喜に満ちた笑みを浮かべるゼニエダの顔だけが。


挿絵(By みてみん)


ベルが目を細める。


「それが…おまえの究極なのか?」


ゼニエダが笑う。


「まさか」


肩を震わせながら。


心底おかしそうに。


「私の理想とする究極とは!」


ギシリ。


異形の身体が軋む。


甲殻の隙間から紫の光が漏れ出す。


翅が震える。


尾がうねる。


「これからだ!」


歓喜の叫びと共に。


ゼニエダの人間の顔に亀裂が走った。


頬が裂ける。


額が割れる。


皮膚の下から黒紫の外殻がせり上がる。


人間の顔が。


怪物の頭部へと侵食され始める。


ゼニエダは笑う。


裂ける顔で。


崩れる人間性で。


それでもなお。


嬉しそうに。


人間の顔が砕ける。


額が割れる。


頬が裂ける。


皮膚の下から現れた黒紫の甲殻が、その全てを飲み込んでいく。


蝶の翅が大きく広がった。


蠍の尾が高く持ち上がる。


鋏はさらに巨大化し。


全身を覆う外骨格は、まるで鎧そのものだった。


紫の燐光がギルド内を照らす。


そして。


脈動が止まった。


静寂。


誰も言葉を発せない。


ラインも。


バルザックも。


キンサシャでさえ。


ただその異形を見上げていた。


そこに。


究極の怪人が立っていた。


全身を黒紫の甲殻で覆われ。


蝶の翅を背負い。


蠍の尾を揺らす。


怪物。


そのものだった。


やがて。


怪人の口元が歪む。


人間だった頃と変わらない。


あの歓喜に満ちた笑み。


「どうだねぇ?」


低く。


重く。


響く声。


「これが私の究極なんだねぇ」


巨大な翅が一度だけ羽ばたく。


燐粉が舞う。


怪人は両腕を広げた。


まるで舞台役者のように。


観客へ披露するように。


「その名もー」


一拍。


そして。


歓喜の咆哮がギルドを揺らした。


「シュタッヘル・ファルター!!!!!」


轟音のような羽音が響く。


床が震える。


柱が軋む。


その姿を見上げながら。


ベルはゆっくりと両肘の刃を構え直した。


挿絵(By みてみん)


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