魔王核の真実ー
アカリが、すぅ、と息を整える。
そして。
もう一度、アハトベインへ向き直った。
「では、改めましてー」
半透明の人差し指を、まっすぐ怪人へ向ける。
「ー切り裂け」
瞬間。
アハトベインの周囲を、いくつもの光が走った。
線。
いや。
光の斬撃。
それが縦横無尽に空間を走り抜ける。
ゼニエダの目が見開かれた。
「おぉ!?」
キンサシャも困惑する。
「…な、なんだい?」
言葉が終わるより早く。
アハトベインの身体が、ずるり、と崩れた。
複眼。
上半身。
蜘蛛脚。
腹部。
その全てが、小さなブロック状に断ち切られていた。
ばらばら、と。
肉片が床へ散らばる。
バルザックが思わず叫ぶ。
「なんだと!? なんだそりゃ!?」
ウルフが目を輝かせる。
「こいつぁ…HOTじゃねぇか!」
ラインも感心したように息を漏らした。
「この姫神? は初めて見たけれど…さすが」
アカリ本人は、まだ半泣きだった。
「ひぃぃ…気持ち悪いですぅ…」
だが、その瞬間だった。
床へ散らばった肉片が、一斉に蠢く。
どくん。
どくどくどくどくっ!!
赤い魔力が爆発的に脈動する。
ラインの顔色が変わった。
「まだ動くのか!?」
次の瞬間。
全ての肉片が、無理矢理引き寄せられるように飛び始めた。
蜘蛛脚。
肉。
牙。
複眼。
縫合痕。
全てが高速で結合していく。
ぐちゃり。
べちゃり。
肉が繋がる。
そして。
一瞬。
本当に一瞬で。
アハトベインが完全再生した。
「ギィィィィッッ!!」
絶叫。
同時に。
蜘蛛脚で壁を蹴り、一直線にアカリへ飛びかかる。
アカリが涙目で悲鳴を上げた。
「ひぃっ!?!?」
だが。
右手だけは冷静だった。
「や、やめてくださいぃ!」
しゃっ。
しゃっ。
軽く指を振る。
その瞬間。
アハトベインの身体へ、幾筋もの光が走った。
遅れて。
ずるり。
首が落ちる。
続いて。
胴体。
蜘蛛脚。
腹部。
全身が、再び細かなブロック状へ断ち切られた。
ばらばら、と肉塊が床へ崩れ落ちる。
ウルフが感心したように口笛を吹く。
「…再生する方もすごいが、瞬時にバラすのもすごいねぇー。最高にCOOLじゃないの」
バルザックも呆れ顔だった。
「相性最悪ってレベルじゃねぇぞ…」
ラインが静かに頷く。
「高速機動も再生も、全く意味を成していないね…」
アカリ本人だけが、涙目のままだった。
「こ、怖いですぅ…」
アカリがさらに手を向ける。
「ー隔壁展開」
空中へ、幾重もの光が走った。
そして。
「ー分断ー、隔離」
細切れとなったアハトベインの欠片。
その一つ一つを、半透明の光の障壁が包み込む。
肉片が蠢く。
蜘蛛脚が痙攣する。
だが。
光の箱の中から、一切出られない。
ベルが感心したように笑った。
「なるほどな! これで」
アカリが笑顔で頷く。
「ハイ! これでもう復活できません」
バルザックが目を丸くする。
「こいつぁ…」
ウルフもニヤリと笑った。
「COOLだねぇ」
ラインが静かに剣を下ろす。
「怪人は解決か」
その横で。
キンサシャが狂ったように水晶玉を舐め回していた。
「ちくしょう…」
ぺろり。
「ちくしょう…」
ぬらり、と唾液が水晶玉を覆う。
「こんなはずじゃ…!」
だが。
反応はない。
アハトベインの欠片は、ただ光の中で蠢くだけだった。
ゼニエダだけが、笑っている。
心底楽しそうに。
「…素晴らしいっ…」
肩を震わせながら拍手する。
「素晴らしいよ。姫神とは」
その目が、ぎらり、とアカリを見る。
「ここまで完成されているのか…!」
やがて。
無数に浮かぶ隔壁の中から、一際大きなものが現れる。
それは、ゆっくりとアカリの手元へ運ばれてきた。
ラインが目を細める。
「……あれは」
半透明の障壁の中。
赤く脈動する結晶。
どくん。
どくん。
生きているように脈打つそれは、異様な存在感を放っていた。
バルザックが低く呟く。
「魔王核…」
キンサシャの顔が青ざめる。
「ま、待ちな…!」
アカリは気にした様子もなく、その隔壁をベルの足元へ運ぶ。
そして。
ぽとり、と落とした。
瞬間。
ベルの影が、ゆらり、と揺れる。
魔王核を包んだ隔壁が、そのまま影へ沈み始めた。
ずぶり。
まるで底なし沼へ飲まれるように。
ゆっくりと。
完全に。
影の中へ消えていく。
キンサシャが悲鳴を上げた。
「あぁぁっ!!」
ゼニエダの笑みが、初めて僅かに止まる。
「……ほぉ?」
ベルがアカリの後ろへ回り、その頭をわしゃわしゃと撫でる。
「よし! よくやった! えらいぞっ」
アカリが「わっ」と小さく声を漏らす。
だが。
ようやく安心したように、ほっと微笑んだ。
「えへへ…」
半透明の髪が、淡く揺れる。
「ありがとうございます、ご主人様」
そして、おずおずと尋ねた。
「あとは…どうしましょう?」
ベルが「そうだなぁー」と気の抜けた声を漏らす。
その視線が。
ゆっくりと、ゼニエダとキンサシャを捉えた。
ゼニエダは、笑っていた。
心底楽しそうに。
まるで傑作の舞台でも見せられたかのように。
対して。
キンサシャは完全に腰が抜けていた。
水晶玉を抱えたまま、震えている。
「ひ…」
「ひぃっ…」
ベルが、その二人を見ながら首を傾げる。
「さて」
「どうすっかな、おまえら」
ゼニエダが、愉快そうに口を開く。
「ベル・ジット」
「今夜で何体目の魔王核を手に入れたのかねぇ?」
ベルが「んー」と唸る。
指を折って数え始めた。
「334体だな!」
その瞬間。
足元の影が、ゆらり、と揺れる。
気だるげな女の声が響いた。
『336体です』
「336体だ!」
ベルが即座に訂正する。
ライン。
ウルフ。
バルザック。
キンサシャ。
四人が呆気に取られる。
バルザックがゆっくりベルの足元を見る。
「……今、喋ったか?」
アカリだけは普通に頷いていた。
「ミカゲさんですねぇ」
ベルは気にした様子もなく笑っている。
ゼニエダもまた、楽しそうに目を細めた。
「336/1000体」
「素晴らしい」
「凄まじいペースだねぇ」
ゼニエダが顎へ手を当てる。
「でもー…そんなにハイペースで大丈夫なのかねぇ?」
ベルが眉をひそめた。
「どういう意味だよ?」
ゼニエダが肩を竦める。
「そのままの意味なんだよねぇ」
ゆっくりと、ベルの足元の影を見る。
「そもそも君たちは、魔王核が何か知ってるのかなぁ?」
ベルが腕を組む。
「…正直よく知らんけど」
ラインが静かに続けた。
「伝承も口伝のみ、詳細までは伝わってないからね」
「1000体の魔王を封じた石としか」
「1000体の魔王…ねぇ」
ゼニエダが、くつくつと笑う。
ウルフが眉をひそめた。
「何が言いたいんだ?」
ゼニエダが両手を広げる。
「ふっ…」
「これでも我々は、この世界で唯一」
「科学的に魔王核を研究している機関なのでねぇ」
バルザックが怪訝そうな顔をする。
「科学…?」
「そう」
ゼニエダの目が、怪しく細められる。
「口伝や伝承や伝説」
「そんなあやふやなものではなく――」
「魔王核そのものを、分析、解析しようとしている」
ベルが首を傾げる。
「科学で何がわかるんだ?」
ゼニエダが人差し指を立てた。
「いろいろだねぇ」
そして。
意味ありげに笑う。
「例えばー」
「魔王核が、だんだんと強くなってきた頃じゃないかねぇ?」
その言葉に。
アカリが小さく反応した。
「それは…確かに」
ラインも眉をひそめる。
「魔王にも格があり、強さもまばらと聞いているけれど…」
ゼニエダが何度も頷く。
「うんうんうん、うんうんうんうん」
「そう言われているねぇ」
そして。
笑みを深くした。
「でもー」
ベルが眉をひそめる。
「違うのかよ?」
ゼニエダが肩を竦めた。
「誰か確認したのかな?」
ラインが言葉に詰まる。
「…それは」
ゼニエダが続ける。
「伝承や口伝は曖昧で、中には意図して真実をねじ曲げることもある」
「英雄は自分に都合よく語る」
「王は民衆を安心させるために語る」
「宗教は教義に合わせて語る」
「そして数百年も経てば、事実なんて簡単に変質する」
ウルフが腕を組む。
「何が言いたいんだ?」
ゼニエダの笑みが深くなる。
「我々は数十年かけて、数十個の魔王核を調べてきた」
「出力を調べ」
「反応を調べ」
「構造を調べ」
「怪人化実験にも利用した」
バルザックが眉をひそめる。
「だから何だ?」
ゼニエダが人差し指を立てる。
「その結果だよ」
「魔王核に強弱は存在する」
ラインが頷く。
「やはり」
「だが」
ゼニエダが笑う。
「その強弱は、個体差だけでは説明がつかないんだよねぇ」
ベルが首を傾げる。
「どういうことだ?」
ゼニエダが肩を竦めた。
「簡単な話さ」
「我々が保有していた後期の魔王核ほど、出力が高かった」
通路が静まり返る。
「つまり」
「魔王核は最初から強さが決まっていたのではなく」
「何らかの理由で、後になるほど強くなっている可能性がある」
アカリが不安そうにベルを見る。
「ご主人様…」
ベルは黙ってゼニエダを見ていた。
ゼニエダが楽しそうに口角を吊り上げる。
「だから気になるんだよねぇ」
「336体も集めた君が」
「1000体に到達した時、何が起きるのか」




