アカリ顕現すー
バルザックが舌打ちする。
「ちっ、だったら!」
マントの下へ手を差し入れる。
次の瞬間。
複数のナイフが指の間へ現れた。
十本。
それぞれ形状も、大きさも違う。
細身の刺突用。
幅広の解体用。
湾曲した異形の刃。
まるで用途ごとに使い分けているようだった。
「行けよぉ!」
バルザックが腕を振る。
同時に。
十本のナイフが一斉に放たれる。
そして。
右手で印を結んだ。
「転移!」
空中で。
全てのナイフが消える。
次の瞬間。
アハトベインの背中。
肩。
脇腹。
蜘蛛の腹部。
あらゆる急所へ、十本の刃が同時に突き立っていた。
「ギギィッ!!」
アハトベインが大きく身体を反らす。
ゼニエダの笑みが僅かに深まった。
「へぇ〜」
ラインも目を見開く。
「投擲と転移を合わせるのか…」
バルザックがニヤリと笑う。
「これで終わりと思うなよ!」
指を、パチリ、と打ち鳴らした。
瞬間。
アハトベインの背中へ突き刺さっていた十本のナイフが、一斉に爆発する。
轟音。
狭い通路が激しく揺れた。
爆炎と破片が吹き荒れる。
蜘蛛脚が千切れ飛び。
白い肉片が壁へ叩き付けられる。
「ギィイイイイッ!!」
アハトベインが絶叫した。
ウルフが口笛を吹く。
「ひゅー相変わらず派手だねぇ!」
ラインも爆風から顔を庇いながら目を細める。
「爆破術式まで付与していたのか…」
バルザックが肩を竦めた。
「ナイフ投げるだけじゃ芸がねぇだろ?」
だが。
爆煙の中。
ぞり。
何かが動く音。
ベルの目が細くなる。
「……まだ生きてる」
次の瞬間。
爆煙を突き破るように、無数の糸が射出された。
「散れ!!」
ベルが叫ぶ。
4人が一斉に飛び退く。
直後。
背後の壁。
床。
天井。
全てが細切れのように切断された。
爆煙の奥。
アハトベインが、蜘蛛脚を広げたまま張り付いていた。
身体の半分近くが吹き飛んでいる。
だが。
ぐちゅ、ぐちゅ、と。
肉が蠢き、再生していく。
赤い複眼だけが、異様にギラついていた。
ラインが剣を構えたまま問う。
「私の聖剣で吹き飛ばすのは?」
ベルが即答する。
「やめろ。建物ごと吹き飛んじまう」
赤い複眼を睨みながら、口元だけで笑った。
「それに、それでも奴は死なないさ」
ラインが静かに息を吐く。
「そうなると…」
ウルフが拳を鳴らした。
「俺のrock ‘n’ rollでやっちまうか?」
ベルが肩を竦める。
「それも悪くないがー」
両手を広げた。
「こいつ…たぶん俺とは相性最悪だな」
ニヤリ、と笑う。
ゼニエダも、その笑顔に吊られるように笑った。
「いい! いいね!」
「その言葉の真意、見せてほしいねぇ!」
キンサシャが鼻を鳴らす。
「ふ…ふん、そんな強がりすぐに…」
下から、水晶玉を大きく舐め上げた。
ぬらり、と。
水晶玉が赤黒く光る。
その瞬間。
アハトベインが消えた。
「来るぞ」
ベルが言った直後。
天井。
壁。
床。
三方向から同時に、無数の糸が走る。
「っ!!」
ラインが聖剣で糸を斬り払う。
だが。
切れた糸が、空中で更に枝分かれした。
「増えた!?」
バルザックが飛び退く。
その横を、黒い影が高速で通過した。
ウルフが咄嗟に拳を振るう。
だが当たらない。
「チッ、速ぇ!」
アハトベインは止まらない。
蜘蛛脚で壁を蹴り。
天井を走り。
糸を撒き散らしながら、通路全体を蜘蛛の巣へ変えていく。
ベルだけが、その動きを目で追っていた。
そして、小さく笑う。
「なるほどな」
「近付けねぇようにして、毒と糸で削るタイプか」
ベルが両手を広げる。
その指に嵌められた九つの指輪が、薄暗い通路の中で鈍く輝いた。
「ミカゲかイバラキで絡めとるか…」
赤い複眼を追いながら呟く。
「リューナで叩き落とすのもありだし、エンカで焼き尽くすのも悪くない」
ウルフが苦笑した。
「なんか物騒なワード並べてるじゃないか」
ラインも肩を竦める。
「いやはや…あいかわらずだね。ベルくんは」
バルザックだけは笑っていなかった。
ベルの指輪を見ている。
その目が、僅かに険しい。
「…こいつマジか?」
ベルが小さく笑う。
「よし…」
そして。
一本の指輪へ視線を落とした。
「アカリ、出てこれるか?」
瞬間。
指輪が、強く光を放つ。
通路の空気が震えた。
ゼニエダの笑みが深まる。
「おぉ…!」
「それだ、それそれ!」
キンサシャも目を見開く。
「な、なんだい今の光…」
その時。
高速で壁を走っていたアハトベインが、ぴたり、と止まった。
巨大な複眼が。
初めて警戒するように、ベルの右手を見ていた。
指輪の光が、空間へ溢れ出す。
それは炎のようでも。
雷のようでもない。
純粋な“光”だった。
眩い粒子が宙へ舞い。
集まり。
揺れ。
ゆっくりと人の形を取っていく。
ラインが目を細める。
「これは…」
ウルフも感心したように口笛を吹いた。
「へぇ…綺麗なもんだ」
やがて。
光の中から、一人の少女が姿を現した。
十四歳ほど。
腰まで伸びた真っ直ぐな髪。
その髪も。
肌も。
瞳も。
まるで水晶で出来ているかのように半透明だった。
全身が淡く発光している。
だが、不思議と冷たい印象はない。
少女は、ふわり、と床へ降り立つと。
いつものように、にこにこと笑った。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
ベルが親指で後ろを指す。
「見ての通りだ」
アカリが頷き、くるりと振り返る。
その先には。
巨大な赤い複眼。
裂けた口。
蠢く蜘蛛脚。
糸を垂らす異形。
アハトベイン。
「…………」
アカリの笑顔が止まった。
数秒。
硬直。
そして。
「ひっ」
半透明の肩が、びくり、と震える。
「ご、ご主人様ぁ…」
声が震えていた。
「な、なんですかあれぇ…」
ベルが平然と答える。
「敵だ」
「それは見ればわかりますぅ!」
アカリの目に涙が滲む。
じり、と後退った。
「む、無理ですぅ…」
「気持ち悪いですぅ…」
さらに一歩下がる。
そして、そのまま踵を返した。
「で、では私はこれで――」
ベルが即座に腕を掴む。
「待て」
「ひゃあっ!?」
ベルがアカリの腕を掴んだまま、真っ直ぐその顔を見る。
「アカリ、頼むよ」
「お前の力が必要なんだ」
アカリが涙目のまま視線を揺らす。
「で…でもぉ…」
ベルが笑う。
「大丈夫さ!」
「アカリならやれる! 俺がついてる!」
「……」
アカリが、きゅっ、と唇を結ぶ。
そして。
おずおずとベルを見上げた。
「…そこまで言うなら…」
もう一度。
恐る恐るアハトベインへ視線を向ける。
巨大な複眼。
裂けた口。
蠢く蜘蛛脚。
アカリの肩がびくりと震えた。
それでも。
ぎゅっ、と両手を握る。
「…がんばり、ます!」
ベルが満足そうに笑った。
「よし! それでこそだ!」
アカリがこくりと頷く。
そして。
ゆっくりとアハトベインへ向き直った。
目を閉じる。
半透明の身体が、淡く発光し始めた。
「ではー」
静かに右手を上げる。
「いきます」
アカリの右手へ、光が集まっていく。
淡い輝き。
だが。
それは一瞬で密度を増した。
空気が震える。
通路の壁が、びりびりと軋む。
収束された光は、もはや球体ではない。
暴力的な“破壊”そのものだった。
ゼニエダの目が見開かれる。
「おぉ…!」
「それは――」
ベルが、ふと思い出したように口を開く。
「あ、大規模破壊はやめてくれよ?」
「建物は壊すな」
ぴたり。
アカリが止まった。
右手の光も、すぅっ、と消えていく。
静寂。
アカリが、おずおずと振り返った。
「…え?」
ウルフが目を丸くする。
「おいおい、やっちまわないのか?」
バルザックも即座に乗っかる。
「もう建物なんてどうでもいいだろ!?」
「ネタはあがってんだからな!」
ラインも苦笑混じりに頷く。
「ここまで来ると、確かに今更感はあるね…」
だが。
ベルだけは真顔だった。
「駄目だ」
「アカリ、おまえ、街ごと吹き飛ばすつもりだったろ?」
「「「え!?」」」
3人が同時に固まる。
アカリが右手を下ろしながら、小さく安堵した。
「よ、よかったですぅ…」
「私も正直、ちょっと加減できる自信ありませんでしたぁ…」




