怪人3号ー
ライン、ウルフ、バルザックが同時に戦慄する。
「これは…なんという…」
ラインが息を呑む。
ウルフが顔を引き攣らせた。
「こいつぁ…HEARDじゃねぇか」
「..やべ、逃げたくなって来た」
珍しくバルザックまで本音を漏らす。
ゼニエダはそんな反応を心底楽しそうに眺めていた。
オーケストラの指揮者のように両手を振るい、上機嫌に鼻歌を歌う。
その隣では。
キンサシャが、先程までの涙目とは打って変わって、恨みのこもった目で四人を睨みながら、水晶玉へ舌を這わせている。
「今回の怪人はすごいんだよねぇ」
ゼニエダがうっとりした顔になる。
「これまでの最高傑作さ!」
通路の奥。
ゆっくりと現れたのは。
いつもと同じ。
頭からつま先まで、黒いマントで覆われた人影。
だが今回は――。
「…今回のは、やけに小さいな?」
ベルが目を細める。
その黒いマント姿は、ベルとさほど変わらない程度の身長しかなかった。
ゼニエダが嬉しそうに指を立てる。
「そう! わかるかい?」
「今回はねぇ…建物の中でも戦えるよう、小柄な個体をベースにしたんだよねぇ」
通路の奥。
黒マントの人影が、ゆっくりと歩いて来る。
足音は小さい。
だが。
近付くほどに、妙な圧迫感だけが強くなっていく。
「……」
ラインが静かに目を細めた。
ウルフも笑みを消している。
バルザックが小さく眉をひそめる。
「なんだコイツ…」
「デカくねぇのに、妙に威圧感あるな」
ベルは黙ったまま、その人影を見据えていた。
黒マントは全身を覆っている。
顔も。
身体も。
何一つ見えない。
ただ。
異様に長い両腕だけが、布の上からでもわかった。
ゆらり。
人影が止まる。
その瞬間。
通路の空気が、ぴたりと静まった。
ゼニエダが満足そうに笑う。
「いいだろう?」
「静かで、小回りが効いて、それでいて強い」
「実に実戦向きだ」
キンサシャが水晶玉を撫でる。
黒マントの人影は動かない。
ただ。
そこに立っているだけだった。
黒マントの人影が、ぴたりと止まる。
静寂。
その中で。
ゆっくりと。
人影が両手を持ち上げた。
ぼろり。
黒マントが床へ落ちる。
「……っ」
ラインの目が見開かれる。
現れたのは。
痩せ細った、人型の怪物だった。
身長はベルと同程度。
だが。
手足だけが異様に長い。
特に腕は膝下まで垂れ下がっている。
全身の肌は、死人のように白い。
血の気がまるでない。
髪は一本も生えていなかった。
眉も。
睫毛すら。
上半身は裸。
そして。
全身の至る所に、無数の縫合痕。
まるで。
バラバラにした死体を無理やり繋ぎ合わせたかのような、不気味な縫い目だった。
下半身には黒い膝丈のスパッツだけ。
裸足の足先が、ぺたり、と床へ張り付いている。
そして何より異様なのは。
顔。
両目も。
口も。
針金のようなもので、縫い閉じられていた。
「……なんだよ、それ」
バルザックが思わず呟く。
怪物は答えない。
縫い閉じられた顔のまま。
首だけが、ぎり、と不自然な角度で傾いた。
ゼニエダが満足そうに笑う。
ゼニエダが満足そうに両手を広げる。
「紹介しよう! 怪人3号アハトベイン!」
口元を吊り上げた。
「敏捷性と隠密性、そしてより実践的に調整した個体なんだよねぇ!」
そして。
うっとりした顔で両手を前へ差し出す。
「さぁ、勿体ぶることはない――その真髄を!」
言われたキンサシャが、水晶玉へ舌を這わせる。
ぺろり。
ゆっくり。
丹念に。
何度も何度も。
まるで愛撫するように。
キンサシャの表情が、ぞっとするほど煌々としていく。
その横で。
アハトベインが、ぴくり、と動いた。
アハトベインの身体が、びくり、と痙攣する。
次の瞬間。
全身の縫合痕が、一斉に裂けた。
ぶち、ぶちぶち、と。
肉が内側から押し広げられるような、不快な音が通路へ響く。
「うわぁ…」
ウルフが露骨に顔をしかめた。
まず。
縫い閉じられていた両目。
針金が弾け飛ぶ。
その奥から現れたのは。
巨大な赤い複眼。
顔の上半分を覆い尽くすほどの異様な眼球が、ぎらり、と光を反射する。
無数の小さな眼が、一斉にベル達を映していた。
続いて。
口元。
針金が引き千切れ、裂けるように口が開く。
べき、べき、と顎が不自然に広がった。
その奥から、鋭い牙が何本も覗く。
人間の歯ではない。
肉を裂くためだけに存在しているような、獣じみた牙だった。
さらに。
下半身の縫合痕が弾ける。
ぶわり、と黒い毛が噴き出した。
「っ!?」
ラインの目が見開かれる。
人間の下半身が裂け、その内側から巨大な蜘蛛の腹部が膨張する。
八本の蜘蛛脚が、肉を突き破るように飛び出した。
がぎん。
細長い脚が石床へ突き刺さる。
人型の上半身。
そして。
巨大蜘蛛の下半身。
赤い複眼が、ぎょろり、と動く。
アハトベインがゆっくりと口を開いた。
その奥から。
粘ついた糸が、だらりと垂れ落ちる。
ラインが無言で剣を抜き構える。
ウルフも腰から下げたナックルダスターを両手につけながら、
「こいつぁ…BADだぜ」
バルザックが顔を引き攣らせた。
「…なんだこりゃ…」
ベルだけが、どこか呆れたように眉をひそめる。
「今度はクモかよ」
ゼニエダが両手を大きく広げる。
「そう! クモ!」
「死体+魔王核+蜘蛛!」
「これが屋内戦闘における最・適・解!」
その横で。
アハトベインの複眼が、ぎらり、と赤く光る。
通路の壁。
天井。
床。
いつの間にか、細い糸が無数に張り巡らされていた。
「……っ」
ラインが即座に一歩下がる。
「まずい。この糸――」
次の瞬間。
アハトベインの姿が消えた。
「は?」
バルザックが目を見開く。
直後。
天井。
黒い影が、逆さに張り付いていた。
「上だ!!」
ウルフが叫ぶ。
同時に。
アハトベインが口を大きく開く。
ぶしゅっ!!
粘ついた白い糸が、散弾のように降り注いだ。
4人は糸をなんとか避けたものの、大きく距離を取ることになる。
ラインが剣を構えたまま眉をひそめる。
「…これは近付けない」
ウルフが肩を竦めた。
「俺は近接しかないんだけどなぁ」
バルザックはアハトベインから目を離さないまま、ゼニエダを睨む。
「それより、さっき魔王核っつったよな!?」
ゼニエダが不思議そうに首を傾げた。
「怪人は魔王核が動力なんだよねぇ。それが何か?」
「何かって…魔王核だぞ!?」
ゼニエダはますます不思議そうな顔になる。
「だから、そう言ってるんだけどねぇ…話が通じないのかな?」
バルザックが額を押さえた。
「駄目だ…埒があかねぇ」
ベルが呆れたように肩を竦める。
「そーゆーやつなんだよ」
キンサシャが水晶玉を舐めまわす。
ぺろり。
ぬらり、と光る唾液が水晶玉を覆っていく。
「私を散々ビビらせてくれたねぇ…」
キンサシャが、にたりと笑った。
「今度はあんたたちの番だよ!」
その瞬間。
アハトベインの複眼が、ばちり、と赤く発光する。
次の瞬間には。
もう、消えていた。
「速――」
ラインが言い終える前に。
横壁。
天井。
床。
黒い巨体が、糸を伝って高速で駆け回る。
「うぉっ!?」
ウルフが咄嗟に身を引く。
直後。
さっきまでウルフの首があった位置を、細い糸が通過した。
背後の石壁が、音もなく斜めに裂ける。
バルザックの顔から笑みが消えた。
「切断!?くっつくだけじゃねぇのかよ!」
ウルフが右手を振りかぶって叫ぶ。
「バズ!」
バルザックが即座に応えた。
「あいよぉ!」
右手で印を結ぶ。
「転移」
瞬間。
打ち出されたウルフの右ストレート、その肘から先が消える。
ゼニエダの目が見開かれた。
「何!?」
次の瞬間。
天井を駆けていたアハトベインの右頬へ、突如としてウルフの右ストレートが突き刺さる。
「ギィッ――!!」
怪物の頭部が大きく弾け飛ぶ。
壁へ叩き付けられたアハトベインが、蜘蛛脚を暴れさせながら落下した。
ラインが目を見開く。
「転移魔術にこんな使い方が..」
ウルフがニヤリと笑う。
「届けば殴れるってことよ!」
だが。
直後。
落下したアハトベインが、蜘蛛脚で壁へ突き刺さるように静止する。
複眼が、ぎょろり、と4人を見た。
そして。
潰れたはずの右頬が、ぐちゅり、と蠢く。
「……は?」
ウルフの笑みが止まる。
肉が盛り上がる。
裂けた皮膚が繋がる。
縫合痕が、生き物のように蠢きながら傷口を閉じていく。
数秒後には。
右頬は、完全に元通りになっていた。
「素晴らしい攻撃! 怪人には効果がないとはいえ、参考になったよ! ありがとう!」




