キンサシャの罠ー
「…あんた、このベル達にちょくちょくちょっかいかけてる奴の1人だろ?」
バルザックが目を細める。
キンサシャがにんまりと笑った。
「だから〜?」
バルザックも口元を吊り上げる。
「あんたらのやってること、バラされてもいいのかよ?」
キンサシャは肩を竦めた。
「証拠はあるのかい? あたしゃここで受付嬢として仕事してんだよ」
「…証拠は…」
バルザックがベルを見る。
ベルは無言で両手のバツ印を作った。
「くっ…」
その時だった。
おもむろにキンサシャが、自分の制服のスカートの裾をびりっと破いた。
「なんだ!?」
ウルフが目を丸くする。
さらに。
キンサシャが自分のシャツの胸元を無理やり引き開いた。
ボタンが勢いよく弾け飛ぶ。
ラインが完全に困惑した顔になる。
「..一体、何を…?」
キンサシャが四人へ指を突きつけた。
「不法侵入、警備員への暴行、そして――婦女暴行ときたもんだ」
沈黙。
数秒。
バルザックが顔を引き攣らせる。
「うわぁ…最悪だコイツ…」
「いやぁ、褒めるんじゃないよ」
キンサシャが楽しそうに笑う。
ラインは青ざめていた。
「……これは、本当にまずいね」
「だから言ったろ!?」
「不法侵入や暴行は、あるいはうまく誤魔化せるやもしれないねぇ。だけど…婦女暴行はどうかねぇ…?」
キンサシャが、すっとラインを指差す。
「見たところ騎士様だろ? 婦女子の守り手たる騎士様のそんな噂、さぞ話題になるだろうねぇ…何処の国か、知らないけれど」
「…ぬぅっ…」
ラインが低く唸る。
明らかに効いていた。
バルザックが額を押さえる。
「終わった…騎士団長の社会的生命が終わった…」
「私は何もしていないのだが…!」
「そういう問題じゃねぇんだよこういうのは!」
キンサシャがくつくつ笑う。
「いやぁ、世の中ってのは怖いねぇ。事実より噂の方が広がるのが早いんだから」
ラインの顔がどんどん険しくなっていく。
一方。
ベルだけはきょとんとしていた。
「でも実際してねぇじゃん」
「ベルくん…世の中にはね…」
ラインが遠い目になる。
「事実ではなく、印象だけで人は死ぬこともあるんだ…」
「めんどくせぇ世界だなぁ」
「まったくだ」
ウルフが深く頷いた。
ベルが前に出る。
「それじゃあ」
ズカズカとキンサシャに近寄って行く。
キンサシャが動揺する。
「お、おい…何近付いて来てんのさ…人…人を呼ぶよ!?」
ベルが右手を上げる。
「俺なら、おまえが声を出す前に止められるぜ?」
ニヤリと笑う。
キンサシャが怯える。
「ひぃっ…」
ウルフもふと顔を上げた。
「なるほど…名案だ」
ウルフもキンサシャに向けて歩き出す。
ラインが青ざめる。
「ちょ…2人とも…それは…」
「いや、確かにそうだな」
バルザックもニタリと笑い、歩き出す。
「どうせ婦女暴行とか濡れ衣着せられるなら、やることやっちまうか」
キンサシャが腰を抜かした様にへたり込む。
「ちょ…ま…そんな…待って」
ベルが笑った。
「いいや、待てないな」
そのまま。
三人がじりじりと距離を詰める。
キンサシャが後ずさる。
「お、おい…冗談だろ…?」
「どうだろうな?」
バルザックが獰猛に笑う。
「いや、待ちなって…!」
キンサシャの声が本気で震え始める。
キンサシャの目が見開かれる。
ベルが眉をひそめた。
「おいおい、それはちょっと」
「そうだぜ。俺たちは――」
ウルフも口を開く。
だが。
バルザックが二人を目で制した。
その視線に。
何かしらの意図を察した二人が黙る。
バルザックがゆっくりキンサシャへ近付く。
靴音だけが静かに響いた。
キンサシャがじり、と後ずさる。
「な、なんだい…?」
「いやぁ?」
バルザックがしゃがみ込む。
視線の高さを合わせ。
ニタニタ笑った。
「せっかくだからよぉ」
「“婦女暴行”ってやつ、どういうもんなのか教えてもらおうかと思ってな」
「……っ」
キンサシャの肩がびくりと震える。
バルザックが破れたスカートを指差した。
「これ、おまえが自分で破ったんだよなぁ?」
今度は胸元を見る。
「ここも」
キンサシャの呼吸が浅くなる。
「おいおい」
バルザックが笑う。
「そんな格好で男四人囲んで脅してんだ」
「勘違いされても仕方ねぇよなぁ?」
「ち、違――」
「違う?」
バルザックがわざと聞き返す。
その後ろで。
ベルとウルフが黙ったまま立っている。
ラインは完全に顔を覆っていた。
キンサシャの喉がひくりと鳴る。
さっきまでの余裕は、もうどこにもなかった。
バルザックがキンサシャの破れたスカートをひらりと持ち上げる。
「ひぃっ…」
キンサシャが悲鳴を漏らした。
さらにバルザックが、開いた胸元へ視線を落とす。
「へぇ…」
ニヤリと笑う。
「いい身体してんじゃん」
その言葉に。
キンサシャが這うように逃げ出した。
そのままラインの背中へ縋り付くように回り込む。
「ちょ…あんたからもなんとか言ってくれよ! 婦女子の守り手なんだろう!?」
ラインが困った顔で頬をかいた。
「いやぁ…私も事が公に出ると国にも迷惑をかけますので…」
「そ…そんなぁっ!?」
ベルとウルフも呆れ顔で見ている中。
バルザックが楽しそうに笑う。
「よし! そいつ捕まえとけ!」
「人に言う気なら、人に言えない事しときゃ万事解決だろ!?」
「ひぃっ!?」
キンサシャが涙目でラインのマントの裾を掴む。
縋るような目を向ける。
ラインは両手を合わせ、小さく「ごめん」と伝えた。
その瞬間。
キンサシャの震えが限界に達する。
「や、やだ…ちょ、待っ――」
へなり。
今度こそ完全に腰が抜けた。
足に力が入らず、その場から動けなくなる。
ベルが止めに入る。
「おい…そろそろやめて…」
だが。
バルザックは完全に楽しくなっていた。
「順番はどうするよ!? じゃんけんで決めるか!?」
「おい」
ベルが本気で引き始める。
ウルフも呆れ顔だった。
「悪ノリし過ぎだろおまえ…」
そこへ。
「では、私からいこうかなぁ」
不意に。
通路の奥から声が響いた。
同時に。
右手を挙げたままの人影が、ゆっくりと姿を現す。
「!?」
バルザックの表情が変わる。
キンサシャが涙目のまま、安堵したようにそちらを見る。
ラインは即座に剣の柄へ手をかけた。
ウルフも両拳を構える。
ベルだけが、やれやれと言いたげに息を吐く。
「…ま、キンサシャがいるなら、あんたもいるよなぁ」
人影は右手を挙げたまま歩いて来る。
そして。
キンサシャの前へ立った。
キンサシャが涙目のまま見上げる。
「…お、遅いじゃないかっ!」
「いやぁ」
ゼニエダが優雅に微笑む。
「最初から見てたんだけど、あんまり面白いから最後まで見てようかなって」
「ふ、ふざけんじゃないよ!」
キンサシャが半泣きで叫ぶ。
「こっちは貞操の危機だったんだからね!」
ウルフがゼニエダから目を離さず呟く。
「ベルよ…コイツか?」
「あぁ、こいつが組織の幹部だ」
ベルが低く答える。
バルザックが眉をひそめた。
「おまえ…どっかで会ったことあるな…?」
「さぁ〜?」
ゼニエダが肩を竦める。
「私は男の顔は覚えられないんだよねぇ」
そう言いながら。
ゼニエダがキンサシャの腕を掴み、軽く立たせる。
そして顎で指示を出した。
キンサシャが涙を両袖で乱暴に拭う。
そのまま胸元へ手を入れた。
取り出されたのは、水晶玉。
それを見た瞬間。
ベルの表情が変わる。
「おい、全員、俺の後ろに来い」
その声に。
三人が即座にベルの後方へ回った。
ラインが剣へ手を添えたまま尋ねる。
「何があるんだい?」
ベルが前を見据えたまま答える。
「…あいつらお得意の――」
キンサシャが水晶玉を両手で包み込む。
そして。
その表面へ、ゆっくりと舌を這わせた。
ぺろり。
ぞわり、と。
空気が変わる。
次の瞬間。
通路の奥から、異様な存在感が溢れ出した。




