本番、潜入作戦開始ー
食事を終えたウルフが、空になったジョッキを机へ置く。
「じゃ、そろそろ行くわ」
その言葉に、ベルとミリィも立ち上がった。
さっきまでの賑やかな空気が、少しだけ静まる。
いよいよ今夜だ。
ベルは小さく息を呑む。
ミリィも不安そうに唇を結んでいた。
ウルフはそんな二人を見て、いつもの調子で笑う。
「そんな顔すんなって」
軽く手を振る。
それから背を向け、人混みの中へ消えていった。
ベルとミリィも、それぞれの部屋へ戻るため階段を上がる。
宿の廊下は静かだった。
窓から差し込む夕陽が、床を赤く染めている。
ベルはその光をぼんやり見つめた。
目に刺さるような、赤。
昼が終わる。
もうすぐ夜になる。
銀髪の少年となったベルが、大きく背伸びをする。
骨が鳴る。
昼間とは違う身体。
視線の高さも。
筋肉の付き方も。
呼吸の感覚さえ違った。
ミリィはそんなベルを見上げながら、小さく息を吐く。
今夜は留守番だ。
万が一を考え、寝巻きには着替えず、動きやすい服のままで過ごすらしい。
ベッドの脇には荷物もまとめてある。
逃げる準備まで済ませていた。
「気をつけて…くださいね」
少し不安そうな声。
ベルは軽く笑った。
「街が騒がしくなったら、バレたと思って備えろよ」
ミリィが困ったように苦笑する。
「…縁起でもないこと言わないでくださいね」
「ははっ」
ベルが短く笑う。
だが。
実際、あり得ない話じゃない。
Keilflamme相手に何も起きない保証なんてないのだから。
ベルは扉へ向かいながら、軽く手を振った。
「じゃ、俺も行ってくる」
ミリィは小さく頷く。
その表情には、昼間よりずっと安心した色が戻っていた。
ブラハのギルドの中は、昼間と違って静まり返っていた。
当然だ。
もう営業時間外。
誰もいるはずがない。
――こんなことでもなければ。
最奥の部屋。
ベルがドアを開けると、すでに三人は揃っていた。
壁へ寄りかかっているバルザック。
椅子へ座るライン。
腕を組むウルフ。
室内の空気は張り詰めているのに、不思議と重苦しくはない。
ベルが入ると、三人の視線が向く。
軽く挨拶を交わす四人。
そして。
「今夜の主役が登場したところで、行くか」
バルザックが口元を吊り上げる。
三人が頷いた。
四人はそのまま部屋を出る。
だが。
ドアを潜る直前で、ベルがふと思い出したように足を止めた。
「そうだ」
ラインへ振り返る。
「これが終わったら、あいつと1日付き合ってやってくんないかな?」
突然の申し出。
ラインが一瞬だけ虚を突かれた顔になる。
だが次の瞬間には、柔らかな笑みを浮かべていた。
「よろこんで」
謹んで受ける。
ベルが小さく笑った。
「そっか、よかった」
その様子を見ていたバルザックが、露骨に嫌そうな顔をする。
「おいおいおい、作戦前のそういう会話はやめとけよ! フラグ立てる気か!?」
ベルとラインが顔を見合わせ、苦笑した。
ウルフが肩を竦める。
「大丈夫だろ? 今夜は何が出て来ても平気さぁ」
ラインも静かに頷く。
「そうだね。だって今夜はー」
その言葉を。
ベルが笑って引き継いだ。
「ー俺がいる」
鐘の音が鳴り響いていた。
けたたましく。
何度も。
施設内へ警戒を告げるように。
「侵入者だ!」
「地下区画へ向かったぞ!」
「西通路を封鎖しろ!!」
怒号が飛び交う。
そんな中。
四人は薄暗い倉庫の陰へ身を潜めていた。
「だから言ったろうがッ!!」
バルザックが小声でブチ切れている。
「作戦前の会話が完全にフラグだったんだよ!!」
「いやぁーまさか、ここまで即バレするとはなぁ」
ウルフが頭を掻く。
まるで反省していない。
ラインは申し訳なさそうに咳払いした。
「すまない…見張りが来たので気絶させたのだが」
「その気絶した奴が壁ぶち抜いて吹っ飛んだんだよ!!」
「加減はしたんだが…」
「できてねぇんだよ!」
ベルがくつくつ笑う。
「ははっ、派手だなぁ」
「おまえも原因の一人だからな!?」
ベルは悪びれもせず肩を竦めた。
その時だった。
遠くの通路から、ばたばたと足音が響いてくる。
複数。
かなり近い。
バルザックが舌打ちした。
「チッ、巡回が来る」
四人が物陰へ身を寄せる。
だが。
そこで。
ガコン。
ベルの足元で、木箱がひっくり返った。
沈黙。
全員の視線がベルへ集まる。
ベルが目を逸らした。
「……」
「おまえ何やってんの!?」
次の瞬間。
「いたぞォォォ!!」
通路の向こうで警備員が叫ぶ。
「侵入者だァァァ!!」
ベルが笑いながら立ち上がる。
「もう隠れる必要なくね?」
「あるんだよ!!」
「もう倒しちまった方が早いだろ」
ベルがあっさり言いながら立ち上がる。
ウルフもすぐに乗った。
「いいね! ノったぜ!」
「いやいやいや!」
バルザックが慌てて二人を止める。
「今見つかると俺たちは単なる不法侵入なんだよ!」
ラインも真面目な顔で頷いた。
「確固たる証拠がなければ、私達は冒険者ギルドに夜中に侵入した犯罪者でしかないので」
「なんかまずいのか?」
ベルが本気で不思議そうな顔をする。
バルザックが頭を抱えた。
「マズイだろうがよ! おまえとウルフと違って、俺やラインはちゃんとした立場もあるんだよ!」
ラインは困ったように苦笑する。
「…不法行為となると、大変まずいことになるね」
「だろ!?」
その時だった。
「いたぞッ!!」
通路の向こうから武装した警備員達が雪崩れ込んでくる。
魔導灯の明かりが鎧へ反射した。
バルザックが顔を引き攣らせる。
「ほら来たァ!!」
ベルがにやりと笑う。
「じゃ、証拠探しながら倒せば問題ないな」
「あるんだよ色々!!」
「なんかめんどくせぇなー」
ベルが心底だるそうに呟く。
ウルフも深く頷いた。
「まったくだ」
「おいおい、誰かコイツらに常識教えてやってくれよ!」
バルザックが頭を抱える。
ラインはそんな二人を見て、少し困ったように微笑んだ。
「…彼らは規格外だから…それは難しいかと」
「諦めんなよそこは!」
その瞬間。
「侵入者を取り囲め!!」
警備員達が一斉に武器を構える。
通路を埋め尽くすほどの人数。
だが。
ベルとウルフはむしろ嬉しそうだった。
「どうする?」
「軽く散らすか?」
二人が完全に戦闘モードへ入る。
バルザックが額を押さえた。
「終わった…色んな意味で終わった…」
「要は身元がばれなければ良いわけだからー」
ラインが静かに前へ出る。
次の瞬間。
通路から現れた警備員の懐へ、一瞬で踏み込んだ。
「がっ!?」
首筋。
鳩尾。
顎。
正確無比な当身が次々と叩き込まれる。
警備員達は悲鳴を上げる暇すらなく崩れ落ちた。
その動きは荒々しさとは無縁だった。
静かで。
速く。
異様に洗練されている。
最後の一人が倒れる頃には、ラインはもう振り返っていた。
「見られる前に気絶させれば、とりあえずは」
「おぉ! やるじゃん!」
ベルが感心したように声を上げる。
ラインが少し照れたように微笑む。
「ありがとう」
「いや待て待て待て」
バルザックが頭を抱える。
「なんで騎士団長が一番ノリノリで犯罪適応してんだよ」
「必要な判断だと思ったのだけど」
「判断が早ぇんだよ!」
ウルフがげらげら笑った。
「いいじゃねぇか。これで方針決まったな」
「決まってねぇよ!!」
その時だった。
「――おやおや」
聞き覚えのある女の声。
四人が振り返る。
通路の奥。
魔導灯の淡い光の中から、キンサシャがふらりと姿を現した。
昼間と同じ受付嬢の制服姿。
倒れている警備員達を見下ろし、小さく息を吐く。
「あたしゃ、見ての通り、ただの受付嬢なんだがねぇ…職員に暴力とは、穏やかじゃないねぇ」
バルザックとラインの表情が固まった。
キンサシャはそんな二人を見て、口元だけで笑う。
「今ここで大声出して、他の職員や警備員を呼んでもいいんだけどねぇ?」




