ミリィの心中お察ししますー
ベルが着替えを終えて宿に帰る頃には、もう午後の日差しが差していた。
廊下を歩きながら、ベルは小さく息を吐く。
なんだか今日は、朝からずっと気疲れしている気がした。
ミリィのこと。
バルザックのこと。
ラインのこと。
Keilflammeのこと。
頭の中がごちゃごちゃだ。
ベルは軽く頬を叩いてから、部屋のドアを開けた。
軋む音と共に扉が開く。
さすがにミリィも、朝みたいにシーツへ包まってはいなかった。
窓際へ置かれた椅子。
そこへ腰掛け、小さな背中で外を眺めている。
金色の髪が、午後の日差しを受けて静かに揺れていた。
けれど。
こちらを見てくれない。
ベルの胸がちくりと痛む。
「…ただいま」
少し遠慮がちな声になる。
ミリィはしばらく黙ったまま。
それから、小さく返した。
「…おかえりなさい」
やっぱり。
まだ怒ってる。
ベルは入口で立ち尽くしたまま、どう声をかければいいのかわからなくなっていた。
「そろそろ…機嫌なおしてくれない?」
ベルが遠慮がちに声をかける。
ミリィは窓の外を見たまま、小さく息を吐いた。
「…ベルさん、どうして私が怒ってるかわかってますか?」
「..それは、私があんなこと言ったから…」
ミリィがゆっくり首を横に振る。
「やっぱりわかってない」
「え?」
ベルが困ったように目を瞬かせた。
ミリィは膝の上で手を握り締める。
小さな肩が、ほんの少しだけ震えていた。
「私…心配してるんです。何かあるのに、教えてくれない…もう1年も一緒に旅してるのに…」
「それは…」
ベルが言葉に詰まる。
ミリィはようやく振り返った。
怒っているというより。
寂しそうな顔だった。
「ベルさん、最近ずっと一人で抱え込んでるじゃないですか」
静かな声。
責めているわけじゃない。
だからこそ苦しい。
「危ないことでも、辛いことでも、“大丈夫”って笑って…私には何も言ってくれない」
ベルは視線を落とす。
何も言えない。
ミリィは、自分を助けてくれた。
ずっと隣にいてくれた。
だからこそ巻き込みたくなくて。
でも、そのせいで距離を作ってしまっている。
「私、役に立てないですか?」
小さな声だった。
ベルの胸がぎゅっと締め付けられる。
「そんなことない!」
反射的にベルが顔を上げる。
「ミリィには、いつも助けられてるし…その…一人じゃないって思えるし…」
言いながら、だんだん声が小さくなる。
ミリィは黙ってベルを見ていた。
ベルは困ったように眉を下げる。
「ただ…心配かけたくなくて…」
その言葉に。
ミリィが小さく目を伏せた。
「…それが、嫌なんです」
「…私、もっとベルさんに頼ってほしい。信頼されたい」
「頼ってるよ! 信頼してる!」
ベルが慌てたように言い返す。
するとミリィが顔を上げた。
「だったら!」
小さな身体からは想像できないくらい、強い声だった。
ベルが思わず息を呑む。
ミリィの瞳が揺れている。
怒っているのに。
泣きそうでもあった。
「もっと…相談してください」
「ミリィ…」
ベルの胸が締め付けられる。
自分は守っているつもりだった。
巻き込まないようにしているつもりだった。
でも。
それは、ミリィを遠ざけていたのかもしれない。
ベルはゆっくりミリィへ近づく。
そして。
そっと抱きしめた。
小さな身体が腕の中へ収まる。
ミリィも少し遅れて、ベルの背へ手を回した。
ぎゅっと。
しがみつくみたいに。
そのまま胸へ顔を埋める。
ベルはミリィの髪を優しく撫でた。
午後の日差しが、静かな部屋へ差し込んでいる。
さっきまで張り詰めていた空気が、少しだけ和らいでいった。
仲直りした二人は、そのままウルフの部屋を訪ねた。
ベルが軽くノックすると、しばらくして扉が開く。
中から現れたウルフは、二人の顔を交互に見た。
そして。
「もういいのかい?」
低い声で聞く。
ベルとミリィは顔を見合わせ、それから小さく頷いた。
次の瞬間には、にやりと笑っていた。
「じゃちょっと早いけど夕飯にしようや」
その言葉に、ベルの肩から少し力が抜ける。
ミリィも小さく笑った。
こういう空気を作るのが、ウルフは妙に上手かった。
というわけで。
三人は揃って宿の一階にある食堂へ向かう。
階段を降りると、夕方前の食堂はまだ空いていた。
木製のテーブル。
漂う焼いた肉の匂い。
厨房から響く鍋の音。
昼間とは違う、ゆったりした空気が流れている。
ウルフは慣れた様子で空いている席へ向かい、椅子へどかりと腰を下ろした。
まだ早い時間とは言え、食堂の席はそれなりに埋まっていた。
冒険者達の笑い声。
食器のぶつかる音。
酒の匂い。
騒がしい空間の中、ウルフはテーブルへ肘をつくと、少しだけ声のトーンを落とした。
「今夜、作戦決行だからよ」
囁くような声。
ベルとミリィも自然と表情を引き締める。
「2人はいい子で留守番しててくんな」
ベルとミリィは揃って頷いた。
「気をつけてね」
「油断大敵ですよ」
ウルフは片手をひらひら上げて応える。
「今回は4人いるし、みんな強いから安心だろう」
ベルはそこで、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば、バルザックと知り合いなんだっけ?」
「ああ」
ウルフが口元を歪める。
「元・パーティメンバー、てやつさ」
「ウルフと? バルザックが?」
ベルは思わず想像する。
なんだか。
とても大変そうだった。
横でミリィがぼそりと呟く。
「…パーティー組める協調性あったんですね」
「くぅーっ! 言うねぇ! ってもー」
ウルフが肩を揺らして笑う。
「今だって、似たようなもんだろ?」
「たしかに」
「…ですね」
二人が納得したように頷く。
するとベルが改めて尋ねた。
「バルザックって、強いの?」
ちょうどそのタイミングで、店員がジョッキを運んでくる。
ウルフは礼代わりに軽く手を上げると、一口飲んだ。
「強いさ。戦闘力だけでギルド副長まで登り詰めた男だからな」
「そう、なんだ」
ベルは昼間のバルザックを思い出す。
適当で。
女好きで。
ふざけてばかりなのに。
ウルフはジョッキを机へ置いた。
「ベルの兄ちゃんは言わずもがな、ラインってのも王国騎士団隊長ってこたぁー」
「うん、強いよ」
ベルが素直に頷く。
ウルフはにやりと笑った。
「だろ?」
ミリィが指を折りながら数える。
「ベルさん、ウルフさん、バルザック…さん、ラインさん」
「どしたの?」
ベルが首を傾げる。
ミリィは少し考えるような顔をした。
「いえ…ラインさんが大変そう、だなと」
ベルも思わず眉をひそめる。
なんとなく。
ものすごくわかる気がした。
「ラインさんに迷惑かけないようにしてね?」
「へいへい」
ウルフが適当に返事をしながら、並べられた料理へ手を伸ばす。
焼いた肉をフォークで突き刺し、そのまま口へ放り込んだ。
「なんだい? ベルはラインにホの字なのかい?」
「ホの字? 何それ?」
ベルがきょとんとする。
ウルフはパンを齧りながら言った。
「惚れてんのかい? って」
「べ、べつに…」
ベルの声がわかりやすく小さくなる。
すると。
横でミリィがすっと親指を立てた。
「ホの字です」
「ミリィ!?」
「ま、だろうな」
ウルフが特に驚いた様子もなく頷く。
「ちょ…」
ベルの顔がみるみる赤くなる。
だがミリィは容赦がなかった。
「ラインさんから告白されてるし、ベルさんも好きなんだから、とっとと付き合えばいいのにって、ミリィは思うのです」
「ミリィぃ!?」
ベルが半泣きみたいな声を出す。
ウルフは面白そうに笑いながらジョッキを揺らした。
「まぁ、人には色々ペースってもんがあるからなぁ」
「ちょっと…2人とも…」
ベルは完全に居たたまれなくなっていた。
耳まで真っ赤だ。
フォークを持ったまま、おろおろ視線を彷徨わせる。
そんなベルを見て、ミリィが少しだけ口元を緩める。
さっきまでの重い空気が、少しずつ和らいでいく。
ウルフはそんな二人を眺めながら、どこか楽しそうに笑っていた。




