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【World Wide Love 】― 魔王殺しと呼ばないでー  作者: KK
【第2部】第3章ーはじまりの街編ー

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キンサシャという女ー

Keilflammeの施設内は、普通の冒険者ギルドそのものだった。


受付では職員達が忙しなく動き。


依頼掲示板の前では冒険者達が騒ぎ。


酒場スペースからは昼間だというのに笑い声まで聞こえてくる。


ベルは帽子を押さえながら、小さく周囲を見回した。


「……普通だね」


「だから厄介なんだろ」


バルザックがぼそりと返す。


二人はそのまま自然を装いながら内部を見て回る。


入口。


酒場。


掲示板。


階段位置。


逃走経路。


バルザックはさりげなく周囲を観察していた。


その横で、ベルもなんとなく受付カウンターへ視線を向ける。


そして。


「ん…んん?」


ベルが足を止めた。


受付の奥。


書類を整理している若い女。


黒髪に褐色の肌。


制服姿の受付嬢。


柔らかい笑顔で冒険者達の相手をしている。


どこにでもいそうな、普通の受付係だった。


ベルはじっとその顔を見る。


なんだろう。


見覚えがある。


でも雰囲気が違いすぎる。


占い師みたいな格好もしていない。


ヴェールもない。


宝石もない。


あまりにも普通すぎた。


だからこそ、気づくのが遅れた。


「……え?」


ベルの動きが止まる。


受付嬢が、こちらへ視線を向けた。


その瞬間。


「あっ」


ベルの口から間抜けな声が漏れる。


キンサシャだった。


受付嬢姿のキンサシャだった。


向こうもベルに気づいたらしい。


だが驚いた様子はまるでない。


「ああ……おまえさん達かい」


まるで常連客に話しかけるみたいな調子だった。


ベルの思考が止まる。


いや。


なんで。


なんで普通に受付してるの?


横でバルザックの目が細くなる。


だがキンサシャは何事もない顔で書類をまとめながら続けた。


「あたしゃ仕事中でねぇ。騒がれると困るんだが」


周囲の冒険者達は誰も気にしていない。


完全に“普通の受付嬢”として溶け込んでいた。


それが逆に恐ろしかった。


ベルだけが混乱している。


「えっ……いや……えぇ……?」


「な…何してるの?」


ベルが困惑したまま聞く。


その言葉に、キンサシャが不思議そうに首を傾げた。


「何って…普通に仕事だよ?」


「だから、なんで普通に仕事してるの…?」


ベルの声には本気の混乱が滲んでいた。


目の前にいるのは、怪人を操っていた女だ。


それが今は。


きっちり制服を着て、受付カウンターに座り、書類整理をしている。


あまりにも自然すぎた。


キンサシャは小さくため息を吐く。


「人の職場に押し掛けといて『なんで仕事してるの?』と聞かれて、なんと答えりゃいいのさ?」


「そ…それはそうだけど、そうじゃなくって!」


ベルが慌てて身振り手振りを混ぜながら言う。


だがキンサシャは落ち着いたものだった。


「声が大きいねぇ。おまえさんこそ、何しに来たんだい?」


「え…えっと…」


ベルが言い淀む。


すると横から、バルザックが自然に前へ出た。


「なんかサクっとこなせて即金になる。そんな依頼ないか?」


完全に普通の冒険者みたいな口調だった。


キンサシャも特に追及せず、ふむ、と頷く。


「仕事探しね。いいよ。これなんてどうだい?」


カウンター横の書類束から、いくつか依頼書を抜き出して並べる。


討伐。


護衛。


素材採集。


どれも普通の依頼だった。


ベルが呆然と呟く。


「…普通に仕事してる…」


キンサシャが依頼書を整えながら答える。


「普通に仕事してるよ。あたしゃギルド受付業務が本業だからね」


「本業なんだ!?」


キンサシャが依頼書を並べながら、さらりと言う。


「そうさ…あたしゃ、ちょっと特殊な呪術が使えてね。そこに目をつけた幹部達に脅されて…無理矢理副業を手伝わされてるだけさね」


ベルの胸が、ずきりと痛んだ。


「そ…そうだったんだ…」


帽子のつばを掴む手に力が入る。


そんな事情があったなんて。


キンサシャは普段と変わらない顔で書類を揃えている。


その姿が逆に痛々しく見えてしまう。


すると。


「嘘だけどね」


「は?」


ベルの思考が止まる。


キンサシャは平然としていた。


「…本当は病気の弟がいてね…」


「…え?」


「弟の治療代を稼ぐために…このギルドで働いて、無茶な指令にも嫌々従ってるのさ…」


ベルが思わず口元を押さえる。


目が潤む。


「そんな…ごめん、知らなくて…」


「仕方ないさ。嘘だもの」


「…え?ちょっと…」


ベルが混乱し始める。


キンサシャは小さく肩を揺らした。


「ごめんごめん。本当のことを言うよ」


小さく咳払いする。


「私は元殺し屋でね。このギルド幹部全員の呪殺の依頼を受けたんだけど、見事に返り討ちにあってねー」


「…」


ベルが無言になる。


「それ以来、やつらの作った薬を定期的に摂取しないと死んじまう身体にされちまったのさ。言わば奴隷さね」


キンサシャが書類を整える手を止める。


「あたしゃもう、心も身体もあいつらの所有物でしかないのさ」


静かな声だった。


冗談みたいに話しているのに。


妙に生々しい。


ベルは恐る恐る聞き返す。


「それも…嘘なんでしょ?」


キンサシャがゆっくりベルを見る。


その目は、何を考えているのか全く読めない。


そして。


「そうさ、全部嘘さね。占い師の言うことに真実なんてありゃしないのさ」


ベルは完全に混乱していた。


どこまでが嘘で。


どこからが本当なのか。


もう何一つわからない。


バルザックが依頼書をぱらぱら眺める。


「お、これなんていいかもな」


キンサシャが書類を覗き込み、小さく頷いた。


「魔獣討伐だね? でもこれ遠いよ? 今から出ても着くのは夜になっちまう。やるなら早朝には立たないとね」


「そうかー」


バルザックが頭を掻く。


「今日は夜から予定があるしなぁ。悪い、また今度にするわ」


そう言って、ひらひらと片手を上げる。


キンサシャも軽く手を振り返した。


「毎度あり」


バルザックはそのまま踵を返す。


ベルも慌てて後を追った。


だが。


なんとなく気まずい。


さっきまで普通に会話していたのに、相手は怪人を操る女なのだ。


しかも今は受付嬢の笑顔で仕事をしている。


頭が混乱する。


ベルは帽子を押さえながら、小さく会釈した。


「そ、それじゃ……」


キンサシャは営業用の柔らかな微笑みを浮かべたまま、二人を見送る。


そのまま別の冒険者へ向き直り、何事もなかったように受付業務へ戻っていく。


そして。


誰にも聞こえないくらい小さな声で。


「それじゃ..また今夜」


口元が、にやりと笑った。


ギルドを出た二人は、揃って振り返った。


巨大な建物が、昼の陽射しの中にそびえ立っている。


冒険者達が出入りし。


笑い声が響き。


どう見ても、普通の冒険者ギルドだった。


バルザックが腕を組む。


「やっぱ…普通だったな」


ベルも帽子を押さえながら頷く。


「そうね…キンサシャがいるとは思わなかったけど」


「あの女、何者だ?」


バルザックがちらりとベルを見る。


ベルは少し考えるように視線を泳がせた。


「ゼニエダって幹部といつも一緒に現れるんだけど、怪人を操るのは、あの人なのよ」


「…それが、なんで受付嬢やってんだ?」


「だから!驚いてるんじゃない」


ベルが思わず声を荒げる。


バルザックは「なるほどなー…」と適当に頷いた。


ベルはもう一度、ギルドの建物を見上げる。


昼間のKeilflammeは、本当に普通だった。


怪しい秘密組織というより。


ただの巨大ギルド。


それが逆に不気味だった。


「なんにしても…」


ベルがぽつりと呟く。


バルザックも同じタイミングで口を開いた。


「変わった組織だな」


二人は顔を見合わせ。


そして同時に頷いた。


「じゃ、私は着替えて帰るから」


ベルが帽子を押さえながら歩き出す。


ローブの裾がふわりと揺れた。


その背中へ。


「着替え? 手伝ってやろうか?」


バルザックがにやりと笑う。


「いらないわよっ!」


ベルが真っ赤な顔で振り返る。


バルザックは楽しそうに肩を揺らした。


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