ラインの本当の気持ちー
そして、ラインがふいに目を閉じた。
何かを堪えるように。
あるいは、自分の中を整理するように。
そのまま数回、小さく頭を振る。
突然のことに、ベルが戸惑ったように瞬きをした。
「ど…どうしたんですか?」
ラインは口元を手で覆い、小さく息を吐く。
それから静かに目を開いた。
「…ベル様…どうやら私は大きな勘違いをしていたようです」
「え…ええ…!?」
突然の告白に、今度はベルの方がぐらりと揺れた。
頭の中が真っ白になる。
ラインはどこか困ったように苦笑している。
「どうやら私は…自分で自分の気持ちがわかっていなかったらしいのです」
その言葉は、ベルにとって完全に予想外だった。
まるで頭をハンマーで殴られたような衝撃。
胸が冷たくなる。
「そ…そんな…でも、私、私は…本当は」
言葉が上手く出てこない。
焦り。
不安。
恐怖。
全部がぐちゃぐちゃになって溢れ出しそうになる。
だがラインは、そっと手を上げてベルの言葉を制した。
「ベル様…一度しか言いませんので、落ち着いてきいてください」
その声音は静かで、真剣だった。
ベルの心臓が、ひゅっと縮む。
世界の終わりみたいな気分だった。
やっぱり。
私じゃダメなんだ。
私みたいな変な子。
昼と夜で変わってしまうような、おかしな存在。
ラインさんには釣り合わない。
ベルが絶望で俯きかけた、その時。
ラインが小さく目を伏せる。
「どうやら…私は嫉妬深い人間の様です」
「……え?」
ベルの思考が止まる。
数秒遅れて、ようやく顔を上げた。
「…はい?」
ラインは困ったように苦笑した。
「そんな顔になりますよね…以前はあなたの周りは女性ばかりなので、気にしたこともありませんでしたが…最近、あなたの周りには男性が増えて..,仲良くしているのを見ると…こう、胸の奥が…」
そう言いながら、自分の胸元を押さえる。
その表情は本当に苦しそうだった。
ベルは呆然とラインを見る。
「…私を、嫌いになったんじゃ…なく?」
その言葉に、今度はラインの方がきょとんとした顔になった。
「私が?ベル様を?なぜですか?」
本気で意味がわからない、という顔だった。
ベルは視線を落とし、小さく胸元を押さえる。
「え…だって…私…こんなんだし、胸はないし…」
その瞬間。
ラインがふっと優しく微笑んだ。
「私はあなたの全てが愛おしいのです」
ベルの呼吸が止まる。
ラインはまっすぐベルを見つめたまま続ける。
「そのまま、今のままのあなたが良いと思っているのに..」
突然の告白に、今度こそベルの心臓が弾けそうになる。
耳まで熱い。
頭が真っ白になる。
ラインの言葉が、ぐるぐると頭の中を回っていた。
――私はあなたの全てが愛おしいのです。
そんなこと。
真正面から言われるなんて思っていなかった。
「え…ええ..,そんな、いきなり」
ベルがしどろもどろになりながら視線を泳がせる。
胸の奥がうるさい。
苦しいくらい鼓動している。
ラインはそんなベルを見て、小さく首を傾げた。
「私の気持ちはお伝えしたはずですよ」
「そ、それは……!」
確かに聞いた。
婚約の時にも。
何度も。
真剣な顔で。
でも。
でもこんなふうに改めて言われると、全然違う。
ベルは帽子のつばをぎゅっと掴みながら俯いた。
顔が熱すぎる。
まともにラインの顔が見れない。
そんなベルを見て、ラインが優しく目を細める。
「私は、あなたがどんな方でも好きですよ」
「っ……」
「優しくて。真面目で。誰かのために傷つける人で」
ラインは静かな声で続ける。
「そんなベル様だから、私は惹かれたのです」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
飾りも。
打算も。
何もない。
だからこそ。
ベルの胸に深く刺さる。
ベルは何か言おうとして。
けれど上手く言葉にならず。
結局、帽子を深く被って顔を隠すことしかできなかった。
その横で。
バルザックが、ものすごく面倒くさそうな顔をしていた。
ラインが小さく咳払いをする。
それから、すっと視線を外した。
「それはそれとしてー」
どこか気まずそうに苦笑する。
ベルはまだ顔を真っ赤にしたまま、帽子のつばを掴んでいた。
ラインはそんなベルをちらりと見て。
少しだけ目を逸らす。
「とりいそぎ、胸元を隠していただけませんか?」
「……へ?」
間の抜けた声が漏れる。
次の瞬間。
ラインが困ったように微笑んだ。
「私には目の毒です」
「っ!!?」
ベルの顔が再び爆発したみたいに赤くなる。
反射的に胸元を押さえた。
「な、なななな……っ」
声にならない。
頭が真っ白になる。
ラインは本気で困っている顔だった。
悪気は一切ない。
それが余計にタチが悪い。
横で聞いていたバルザックが、とうとう耐えきれず吹き出した。
「ぶはははっ!!」
「笑うなぁ!!」
ベルが半泣きで叫ぶ。
だがその勢いでまた胸元がずるっと緩み。
「ひゃっ!?」
慌てて押さえ直す。
ラインがすっと視線を逸らした。
「……っ」
耳が少し赤い。
どうやら本当に困っているらしい。
その反応を見て。
ベルの羞恥はさらに限界を突破した。
「も、もう帰るぅぅぅっ!!」
帽子を深く被ったまま、ベルが逃げ出そうとする。
だが。
ぐいっ、と後ろ襟を掴まれた。
「おい待て」
「離してぇ!!」
ベルがじたばた暴れる。
ローブの裾がばさばさ揺れ、鍔広帽子までずり落ちかけた。
そんなベルを、バルザックは呆れた顔で見下ろす。
「下見はしなきゃだろ。これも仕事のうちだぞ」
「うっ……」
正論だった。
ベルの動きがぴたりと止まる。
確かに。
元々ここへ来た理由はそれだ。
羞恥で全部吹き飛んでいたけれど。
ベルは帽子を押さえたまま、ぐぬぬ……と唸る。
バルザックが鼻で笑った。
「ほら行くぞ」
「……うぅ」
完全に勢いを失ったベルが、しょんぼり肩を落とす。
ラインはそんなベルを見つめ、どこか困ったように微笑んだ。
ラインがすっと表情を引き締める。
先ほどまでの柔らかな空気が消えた。
ベルも空気の変化を感じ取り、小さく姿勢を正す。
ラインはそのまま、バルザックへ顔を寄せた。
「中に入った雰囲気は普通のギルドという感じで、特段違和感はなかったよ」
低い声だった。
先ほどまでとは違う、完全に仕事の声。
バルザックが小さく頷く。
「ま、そりゃうまくやってるか」
口元をわずかに上げる。
ラインも静かに目を細めた。
「少なくとも、表に出ている人員に不自然さはありませんでした。受付、酒場、依頼管理……どれも一般的な冒険者ギルドと変わりません」
「逆に言やぁ、だからこそ厄介ってことだな」
バルザックが肩を鳴らす。
ベルは二人の会話を聞きながら、改めて施設へ視線を向けた。
確かに普通だ。
普通すぎる。
だからこそ不気味だった。
昼間の賑わいの裏に、別の顔が隠れている。
そんな感覚だけが、妙に胸に残っていた。
「じゃ、俺たちも行くぞ」
バルザックがそう言って、犬でも呼ぶみたいに指をくいくい動かす。
ベルの眉がぴくりと跳ねた。
「その呼び方やめてくれる!?」
「ほらほら」
「むぅ……」
ベルが不満そうに頬を膨らませる。
だが結局、そのままバルザックの後を追いかけようとして。
ふと、立ち止まった。
「あ、待って!」
ベルがくるりと振り返る。
陽の光の中で、金髪が揺れるラインが静かにこちらを見ていた。
ベルは帽子を押さえながら、小さく笑う。
「それじゃラインさん、またね!」
ラインも穏やかに微笑み返した。
「それではまた」
短いやり取り。
それだけなのに。
ベルの胸はまた少しだけうるさくなる。
慌てて誤魔化すように前を向き、そのままバルザックの後を追いかけた。
背後では、ラインが静かに二人を見送っていた。




