アルティシアの構想ー
ベルはわずかに視線を落とし、静かに言葉をこぼした。
「あいつのために…世界を変えるってすごいね」
その声音には、驚きと、どこか距離を測るような響きが混じっていた。
アルティシアはすぐに首を横へ振る。
「結果的にそうなりましたが、世界連盟についてはベル様と出会う前より考えておりましたので」
淡々とした返答だった。
だがその言葉は、決して軽いものではない。
ベルの存在がきっかけではあっても、すべてではない。
アルティシアという人間が、もともとそこに立っていたのだと示すように。
アルティシアは淡々と結論をまとめるように、静かに言葉を落とした。
「お話は以上です。あとは実際に公表してみて、想定の範囲内に収まればまずよし…それを越えてくるなら、それへの対処。全ては蓋を開けてみて、となりますね」
すべてを段取りとして整理し終えた声だった。
ベルはその冷静さに目を細める。
「…アルティシア、本当に15歳?」
率直な疑問だった。
ミリィも小さく頷く。
「すごい…大人みたいです」
その言葉に、アルティシアは一瞬だけ間を置く。
そして、ほんの少しだけ目を伏せた。
「私は早く、大人になりたいんです」
静かだが、確かな願いとして落とされた言葉だった。
ミリィはふと思い出したように、小さく首を傾げた。
「3日後の婚約発表の時…時間帯はどうなるんですか?」
その問いに、アルティシアは自然に微笑む。
「もちろん、夜になります。魔王殺しのベル様には、その場にいていただかなくては」
あまりにも当然のような返答だった。
ベルは「あー」と納得したように頷く。
「そっか、じゃ私は同席しなくていいんだ。ちょっと気持ちが楽になったかも」
自分が大勢の前に立たずに済むと分かり、肩の力が少し抜けたようだった。
一方で、ミリィはどこか遠慮がちに視線を向ける。
「私は…同席してもいいのでしょうか?」
アルティシアは即座に頷いた。
「もちろんです。ぜひに」
その返答には歓迎の色がはっきり滲んでいた。
ベルはふと思い出したように顔を上げた。
「他に誰か知ってる人来る?」
アルティシアは静かに首を横へ振る。
「今回は公表だけなので、来賓などはありませんよ。それはまたの機会に改めて」
あくまで今回は“発表”。
祝いの席というより、政治的な意味合いの方が強いのだろう。
ベルは少しだけ口を尖らせる。
「…そっか、ちょっと残念だけど」
その反応に、アルティシアが小さく目を細めた。
アルティシアは、少しだけ呆れたように微笑んだ。
「あなたは…自分がどういう立場か、理解されていますか?」
突然の問いに、ベルはきょとんと目を瞬かせる。
「…え?私?私はそんな…なんでもなくて…せいぜい魔王殺しの一味、的な?」
どこか本気でそう思っている口ぶりだった。
アルティシアは静かに首を横へ振る。
「あなたはそのような存在ではございません」
声音が少しだけ真面目になる。
「あなたはきっかけこそ魔王殺しのベル様だったとは言え、こうして私や、西大陸、北大陸、大陸警察に中央教会、そしてギルド。各方面に顔と名の知れた存在となっています」
ベルは目を丸くしたまま、慌てるように手を振る。
「え…?いやいやいや、そんなこと…」
だが、アルティシアははっきりと言い切った。
「あるんです。あなたは自分を魔王殺しの関係者としか捉えていないようですが…貴女の存在も、決して世界は無視出来ません」
真っ直ぐ向けられる視線に、ベルは少したじろぐ。
そして困ったように笑った。
「そんな…大袈裟な」
アルティシアは小さく息を吐く。
「そこが貴女と世間の温度差です。気をつけて」
静かな忠告だった。
ベルは肩をすぼめ、小さく頷く。
「は…はい…」
アルティシアは何かを思案するように目を細め――ふと、口を開いた。
「その辺りはやはり、シスター・アリスとの関係も踏まえ…」
その瞬間だった。
「お嬢様っ!」
鋭く制止するような声が飛ぶ。
アイザックだった。
アルティシアはハッとしたように目を見開き、すぐに口元を押さえる。
ベルは一瞬遅れて反応した。
「…え?シスター・アリス?どうしてここで…アリスの名前が、出るの?」
空気が変わる。
先ほどまでの軽い雰囲気が、一気に張り詰めた。
アルティシアはわずかに視線を逸らし、静かに告げる。
「失言でした。忘れてください」
だが、ベルは即座に身を乗り出した。
「何よそれ...アリスとなんの関係があるの?」
アルティシアはぎゅっと目を閉じたまま、しばらく言葉を探すように沈黙していた。
だが、やがて小さく首を振る。
「ごめんなさい。今はお話出来ません」
ベルの表情から、すっと熱が消える。
「何よ…それ」
低く落ちた声だった。
ベルはゆっくりとアイザックへ視線を向ける。
「アイザックさんも、何か知ってるのね?」
アイザックは表情を変えぬまま、丁寧に頭を下げた。
「はい。けれど、私はその話をする権限を持ち合わせておりません」
その返答が、逆に事実を肯定していた。
ベルの指先が、わずかに震える。
「何を…知ってるの?」
問いかける声は、先ほどよりずっと小さい。
アルティシアは再び瞳を閉じる。
「ごめんなさい…今は何も」
その瞬間、ベルは大きく息を吐いた。
感情を押し殺すように。
そして、隣にいたミリィへ向き直る。
「ミリィ、行こ」
有無を言わせず、その手を掴んで立ち上がった。
「え..え...ええぇ!?」
ミリィが引っ張り上げられるように立たされ、
アルティシアも思わず立ち上がる。
「お待ちください。どちらへ?」
ベルは振り返る。
その瞳には、はっきりと怒りが浮かんでいた。
「そんなあからさまな隠し事をする人と、友好的な関係なんて結べませんから!今回の話、白紙に戻させてもらいます!」
「そんな…待って…」
引き止める声を無視し、ベルはミリィの手を引いたまま部屋を出ていく。
扉が閉まる音だけが、重く響いた。
静まり返った部屋に残されたのは、アルティシアとアイザックだけだった。
「…お嬢様…」
アイザックが静かに声をかける。
アルティシアは力なく椅子へ腰を下ろし、額へ手を当てた。
「ごめんなさい…思わず口が…」
珍しく、明確な動揺が滲んでいた。
アイザックは小さく息を吐く。
「過ぎたことは仕方ありません。ただこれから…」
アルティシアはゆっくり顔を上げる。
その瞳には、すでに迷いよりも決意が戻っていた。
「…今回の話は、必ず締結しなければなりません。3日、いえ.2日以内に、なんとかします」
アイザックは険しい表情のまま問い返した。
「どのように…」
アルティシアはしばらく考え込み、それから何かを決意したように顔を上げる。
「…ラインを呼んでください」
「騎士隊長を?」
「ラインにベル様の説得をお願いします。そして保険として…魔王殺しには私が…作戦名はー」
そこまで言って、アルティシアの目が妙に輝いた。
「Wハニートラップ大作戦!!」
勢いよく宣言された作戦名が、静まり返った部屋に響く。
アイザックは即座に叫んだ。
「いけません!!」




