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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: KK
第14章ー婚約物語ー
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シスター・アリスという人ー

ベルはミリィの手を掴んだまま、感情に任せるように廊下を進んでいく。


「ベルさん…ま、待って。い、痛いです!」


その声に、ベルはハッとしたように足を止めた。


「ご、ごめん…つい…」


慌てて手を離し、振り返る。


ミリィは引っ張られていた腕を抱えるようにしながら、そっとさすった。


「ベルさん…気持ちはわかりますけど…」


責めるというより、落ち着かせるような声だった。


ベルは視線を落とす。


「うん…ごめん。私も大人気ないって…わかってる」


ちゃんと理解はしている。


それでも感情が追いつかなかった。


ミリィは少しだけ安心したように息を吐く。


「だったら…」


だが、ベルはゆっくりと首を横に振った。


「…でもやっぱり、嫌なんだよ…」


その声は、怒りよりも不安に近かった。


ミリィが静かに名前を呼ぶ。


「ベルさん…」


ベルはぎゅっと拳を握る。


「シスター…アリスのこと、何か知ってるなら…教えて欲しいし」


言葉を選ぶように、ゆっくり続ける。


「もし政治的なことに関わるなら…それこそやめて欲しい」


そして最後だけ、少し幼い響きで呟いた。


「アリスは…そういうことに関わらないで欲しい…」


ミリィはベルの横顔を見ながら、恐る恐る問いかけた。


「シスター・アリスさんって…」


ベルは少しだけ歩調を緩める。


「私たちにとって…アリスは特別だから、育ての母という以上に」


その言葉には、簡単には説明できない感情が滲んでいた。


ミリィはそこで、ふと気付いたように目を瞬かせる。


「…夜のベルさんにとっても?」


ベルは一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さく苦笑した。


「…あいつには言わないで…きっと、私より本気で怒るから…だってあいつにとって…アリスは初恋の人だから」


ミリィの目が丸くなる。


「…え?ベルさんの?」


「うん…あいつは素直に認めないと思うけど…間違いないよ」


断言に近い口調だった。


ミリィはしばらく呆然としていたが、やがて現実的な疑問に辿り着く。


「でも…すごい歳の差なのでは?」


ベルは少し考えるように視線を上げた。


「私が10歳の時…たぶん27.8くらいだったと思うから、そうだね」


あっさりした返答だった。


ベルは少しだけ遠くを見るように目を細めた。


「私の知ってる限り…あいつが泣いたり落ち込んだりしたのって…アリスが死んだ時だけだもの」


その声は静かだった。


ミリィも自然と声を落とす。


「..そうなんですか…」


ベルは小さく頷いた。


「うん、本当に大変だったらしいよ。アリスが死んだ時のあいつ…そのまま世界を壊しちゃうんじゃないかってくらい荒れたらしくて…」


ミリィが思わず目を見開く。


「あのベルさんが…?」


普段の魔王殺し、ベルからは想像しづらかったのだろう。


ベルはゆっくり頷く。


ミリィは恐る恐る続きを尋ねた。


「それで…どうやって宥めたんですか?」


ベルは少しだけ考えるように間を置く。


「…アリスが生前、私たちに手紙を残してくれてたの。孤児院の全員にね」


静かな廊下に、ベルの声だけが響く。


「内容はわからないけど…でも、その手紙を読んで、しばらくは何も言わないし何もしようとしなかったそうなんだけど…ある日突然、いつものあいつに戻ってたんだって」


ミリィはその光景を想像するように、小さく呟いた。


「何が…書かれてたんでしょう?」


ベルは首を横に振る。


「さぁ…なんだろね。でも、きっと大切なことが、描かれてたんだと思うよ」


ミリィはベルの言葉を聞きながら、小さく呟いた。


「とても…大切な人だったんですね」


ベルは少しだけ目を伏せる。


「そうだよ…とてもとても、大切な人だったの…だから」


そこで言葉が止まる。


廊下の窓から差し込む光が、静かに二人を照らしていた。


ベルはぎゅっと自分の腕を抱くようにして、続ける。


「アリスのことはそっとしといて欲しい。誰にも、何ものにも、利用されたりしたくない」


その願いは、怒りというより祈りに近かった。


そして、小さく息を吐いた。


「それがー私たちにとっての『アリスの意思』だと思うから」


当てもなく街を歩き続けるうちに、二人は大きな川へとかかる橋へ辿り着いていた。


夕暮れの光が水面に揺れ、流れる川の音だけが静かに耳へ届く。


ベルは橋の途中で足を止める。


そのまま桟橋へもたれかかり、大きく息を吐いた。


「なんか…どうしたらいいんだろう」


迷子のような声だった。


ミリィは隣へ並び、そっと問いかける。


「シスター・アリスのことですか?」


ベルは頷く。


「そうなんだけど…このまま白紙にするのはさすがに申し訳ないし、私たちも困る…でも」


言葉が続かない。


ミリィはベルの横顔を見ながら、小さく言葉を補った。


「話してくれないのも、もやもやする….と?」


ベルは苦笑するように肩を落とす。


「そーゆーこと…」


その時だった。


背後から、規則正しい足音が静かに響く。


ベルとミリィが同時に振り返った。


夕暮れの橋の向こう。


一人の騎士が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


長身。


金髪碧眼。


豪奢さや華美さはない。


だが、手入れの行き届いた鎧と外套、その隙のない立ち姿だけで、自然と目を引いた。


肩は自然に開き、視線は穏やか。


威圧感はない。


それでも、場の空気が静かに締まる。


“騎士”という言葉を、そのまま形にしたような男だった。


ベルが目を瞬かせる。


「ラインさん…?」


男は橋の中央付近で足を止め、二人へ柔らかく微笑む。


「やぁ、お久しぶりです」


ベルは小さく肩を落としながら苦笑した。


「そっか…ここってルグレシアですもんね」


ラインは穏やかに頷く。


「そういうことです」


無理に取り繕うでもなく、自然な返答だった。


その落ち着いた空気に、ミリィもぺこりと頭を下げる。


「お久しぶりです」


ラインはミリィへ視線を向け、ふっと目を細めた。


「やぁ、久しぶり。…しばらく見ないうちに大きくなったね」


からかいではなく、本当に成長を喜ぶような声音だった。


ベルは少しだけ視線を逸らしながら問いかけた。


「…アルティシアさんに言われて…来たんですか?」


ラインは否定も誤魔化しもしなかった。


「そうです。このタイミングなら察しますよね」


あまりにも真っ直ぐな返答に、ベルは思わず苦笑する。


なんでもない時に来てくれたなら、素直に喜べたのに。


そんな考えが、ふと胸を過った。


ベルは橋の欄干にもたれたまま、小さく問いかけた。


「…私を引き留めに来たんですか?」


ラインは静かに頷く。


「ええ、そうです。でもそれだけではなく、」


そこで一度言葉を切る。


夕陽を受けた碧眼が、まっすぐベルへ向けられた。


「ベル様が来てると聞いて、早く会いたくなり、来てしまいました」


あまりにも自然に言われたその言葉に、ベルが目を瞬かせる。


ミリィは隣で、じとっとした視線をラインへ向けた。


ラインの言葉に、ベルとミリィが同時に頬を染める。


あまりにも真っ直ぐに、自然体で言われたせいだった。


ライン本人には、口説いている自覚など欠片もないのだろう。


だが、その整った顔立ちと落ち着いた声音で言われれば、破壊力は十分すぎた。


ベルがわずかに視線を逸らす。


「そ…そういうこと、さらっと言いますよね…ラインさん」


ミリィも小さく咳払いをしながら顔を背ける。


「ず、ずるいタイプです…」


ラインは少しだけ目を細め、穏やかに笑った。


「本心は隠せません」


その言葉と笑顔が、致命的だった。


ベルとミリィの頬がさらに赤くなる。


天然だった。


しかも本人にその自覚がまったくない。


ミリィが胸元を押さえるようにしながら、震える声で呟く。


「ラ、ライン様…とんでもない人…ですね」


ベルも額を押さえ、ぐったりと欄干へ寄りかかった。


「…もはやラスボスなんじゃないかと…思うくらいに」


ラインが爽やかに笑った。


「私は一度、ベル様に気持ちを伝えて、断られているからね。気持ちの知れた相手に、隠したところで無意味ですから」


さらりと言う。


だが内容は重かった。


ミリィがゆっくりとベルへ視線を向ける。


ベルは気まずそうに頬を掻いた。


「…うん。前に話したじゃない」


ミリィは小さく頷く。


「聞いてはいましたけど…こうして目の前で言われるとやはり…」


破壊力が違った。


ラインはそんな二人の反応を見て、少しだけ嬉しそうに目を細める。


「覚えていてくれたなら、嬉しいな」


ベルは視線を泳がせながら、小さく唸る。


「忘れたくても…忘れられません」


ラインが静かに首を傾げた。


「忘れたかったんですか?」


「い…今のは言葉のあやです…忘れたくは…ないんだけど…」


最後の方はほとんど消え入りそうな声だった。


ミリィは真っ赤な顔のまま、そろそろと後ずさった。


「わ…私、先に行ってますね」


明らかに逃げようとしていた。


だが、その瞬間。


ベルが慌てたようにミリィの手を両手で掴む。


「待って…2人にしないで」


切実だった。


ミリィの肩がびくりと跳ねる。


「え…えええええー…」


完全に板挟みだった。


一方、ラインはどこまでも落ち着いた様子で話を戻す。


「さて、それで殿下からのお話では…」


その空気の切り替えの速さに、ベルもようやく真面目な顔になる。


「…大丈夫です。わかって、ますから…もう少ししたら戻ります」


ラインは静かに頷いた。


「…さすがです。もうご自身の中で決着をつけられたんですね」


ベルは視線を川へ向けたまま、小さく苦笑する。


「まだ…モヤモヤは残ってますけど…言っても仕方ないし」


その返答に、ラインは少しだけ表情を和らげた。


「事情は、そのうち必ず話します。との事でした」


ベルはしばらく黙り込み、それから小さく頷く。


「…わかり、ました」


ラインはそんなベルを見つめ、穏やかな声で続けた。


「無理はしなくていいんですよ。私の前では、素直になってください」


ベルは反射的に首を横へ振る。


「いえ…ラインさんにまでご迷惑おかけするわけには…」


その言葉に、ラインがふっと微笑んだ。


「貴女からの迷惑なら、是非とも」


ベルが赤面したまま視線を逸らす。


「ほんと…ずるい…」


ラインはその反応を見て、静かに一歩だけ距離を詰めた。


威圧感はない。


ただ自然に、ベルの視界へ入る位置へ立つ。


そして、まっすぐその瞳を見つめる。


「何が、ずるいと?」


低く落ち着いた声だった。


ベルの肩がぴくりと揺れる。


「そーゆー..とこです」


ラインは少し困ったように微笑む。


「ご気分を害したなら謝罪しますが」


ベルは慌てて首を振った。


「気分を悪くしたなんて、そんなことは…むしろ…」


そこまで言って、言葉が止まる。


その様子を横で見ていたミリィは、真っ赤な顔のままそっとベルへ顔を寄せた。


そして耳元で囁く。


「ベルさん…もう受け入れちゃいましょうよ」


ベルが勢いよく振り返る。


同じようにミリィの耳元へ口を寄せ、慌てた声で返した。


「な…何言い出すのよ…」


ミリィはじっとベルを見る。


「だって… ベルさん、もうラインさんのこと好きじゃないですか…」


ベルの顔がさらに赤くなる。


「そ、それは...」


――その時だった。


ベルの背筋を、ぞくりとした感覚が駆け抜ける。

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