世界連盟ー
結局、懸念していた通りの展開となった。
王城からの迎えの馬車は、遠目にも分かるほど豪奢で、隠す気配など微塵もない。到着と同時に周囲の視線が一斉に集まり、通行人や野次馬が自然と道を空けていく。
その中心にいる自分たちの立場を、ベルはどこか他人事のように感じていた。
促されるまま馬車に乗り込み、扉が閉じられると、外のざわめきが一気に遠のく。
静寂と揺れの中で、現実だけがはっきりと残った。
やがて王城へと到着し、そのままアルティシアの自室へと通される。重厚でありながら整えられた空間には、すでに一人の男が待っていた。
アイザックだった。
ベルは軽く手を上げるようにして挨拶する。
「お久しぶりです。アイザックさん」
アイザックはすでに姿勢を正して立っていた。二人の姿を認めると、無駄のない動きで一歩下がり、深く腰を折る。
「お久しぶりでございます。ベル様、ミリィ様」
丁寧で隙のない所作だった。
ミリィも慌てて頭を下げる。王城という場に入ってから、自然と振る舞いが引き締まっている。
ベルはそこまで形式張ることもなく、軽く手を振るように応じたが、その視線はすぐにアルティシアへと戻っていた。
先ほどまでの流れを引きずったまま、この場の本題が避けられないことを理解していた。
久しぶりに足を踏み入れたアルティシアの部屋は、以前と変わらぬ佇まいを保っていた。
王族の私室に相応しい豪華さはあるものの、過度に装飾を重ねたような華美さはない。調度品は厳選され、配置にも無駄がなく、全体として洗練された印象を与える。
色彩や素材の統一感も取れており、落ち着きと品位が同居していた。
軽く言葉を交わした後、改めて室内へと視線を巡らせた。
「あいかわらずおしゃれだよねー」
アルティシアは優雅に微笑み、わずかに顎を引く。
「お褒めいただきありがとうございます」
ミリィも遠慮がちに周囲を見渡し、小さく呟いた。
「…素敵」
整えられた空間の中、三人分の紅茶が用意される。アルティシアはカップを持ち上げ、一口だけ口を付けた。
そしてそのまま、視線を二人へと戻す。
「それでは本題に入っても?」
その一言で、場の空気が切り替わる。
ベルとミリィは自然と背筋を伸ばし、向き直った。
アルティシアはカップを静かにソーサーへ戻し、指先を揃えて膝の上に置いた。その仕草ひとつで、場の空気が引き締まる。
アイザックも一歩後ろに控えたまま、無言で視線を落とした。
アルティシアはゆっくりと口を開く。
「まず、今回の婚約についてですが――正式な発表は三日後を予定しております」
淡々とした口調だったが、その内容は重い。
ベルは小さく眉を寄せる。
三日。思っていたよりもずっと早い。
「各国、各組織にはすでに根回しを済ませております。表向きは祝意を示すでしょうが、内心では様々な思惑が動くことになります」
ミリィは無意識に背筋をさらに伸ばした。
「それを抑えるためにも、既成事実を先に作る必要がございます」
アルティシアの視線は変わらずベルに向けられていた。
「同居も、その一環です」
静かに、しかし逃げ道を与えない言い方だった。
ベルはわずかに顔をしかめる。
「やっぱりそこは避けられないんだ」
アルティシアは小さく首を横に振る。
「難しいかと。外部に対して、関係性を明確に示す必要がございます」
ミリィはその言葉に頷きながらも、不安を隠しきれない様子で口を開く。
「ですが…どの程度まで…その…」
言葉を濁す。
アルティシアは一瞬だけ考え、それから淡々と答えた。
「少なくとも、同じ住居で生活を共にしている、という事実は必要になります」
ベルは天井を仰ぐように視線を上げ、小さく息を吐いた。
逃げ場は、あまり残されていないようだった。
ベルは腕を組み、はっきりとした口調で現状を切り出す。
「そうなると…私たちとしては困ることだらけなんだよね」
ミリィも頷きながら、具体的な事情を補足する。
「そ…そうです。旅もあるし、魔王の始末もあるし…」
アルティシアはその言葉を遮らずに聞き終え、静かに返した。
「その際はご自由に動いていただいても構いません。対外的な催事などはそれを理由に私のみで対応いたしますし」
一切の迷いを感じさせない調子だった。
アルティシアは一度だけ姿勢を整え、軽く咳払いをした。
「現在、私が構想しているのは、各国家を単純に束ねるものではございません」
視線を三人に均等に配る。
「軍事同盟でも、宗教的な統一でもなく、利害の調整機構――いわば、国家間の意思決定を円滑にするための枠組みです」
アイザックが静かに一歩進み、補足するように口を開く。
「各国が独立性を維持したまま、衝突を未然に防ぐ仕組み、とお考えいただければ」
アルティシアは頷き、続ける。
「具体的には、定期的な代表者会議、紛争時の仲裁機関、そして経済と交通の共通基盤の整備」
一度、言葉を切る。
「特に大陸横断列車は、その基盤の中核となります。人と物資の流れを統一することで、戦争そのものの必要性を薄めることができます」
ミリィは真剣な表情で聞き入っていた。
アルティシアはさらに踏み込む。
「そしてもう一点。抑止力としての象徴が必要になります」
その視線が、自然とベルへ向けられる。
「魔王殺しの存在です」
静かに言い切った。
アルティシアは静かに言葉を続けた。
「世界連盟樹立は私の兼ねてよりの構想になりますが…」
一度だけベルに視線を向ける。
「それはつまり、魔王殺しこと、ベル様達の保護にも繋がります」
ベルはわずかに眉を寄せる。
「どういうこと?」
アルティシアは迷いなく答える。
「世界連盟として各国と国交を結ぶことで、魔王殺しへの対外的な干渉の全てを抑制できると、私は考えます。いえ、そうします」
その言い切りには、強い意思が込められていた。
部屋の空気がわずかに張り詰める。
ミリィはその言葉の意味を噛み締めるように、ゆっくりと息を吐いた。
ベルはわずかに視線を落とし、短く息を吐いた。
「つまり…あいつのため、と言うことね…」
アルティシアは否定せず、静かに受け止める。
「もちろん、ベル様のお力を盾にしているのは間違いありません。ですので、お互い50:50と言えると思います。お互いのデメリットを無くし、メリットを強める。そういう相互関係を築けるのではないかと…私は考えています」
理路整然とした説明だった。
ミリィはじっとその顔を見つめ、間を置いてから口を開く。
「…本音は?」
一瞬の沈黙。
そして――アルティシアの表情がふっと緩む。
頬に両手を添え、わずかに赤らめながら。
「私とベル様の愛の営みを対外的にも強固なものにするため、まずは外堀ら埋めまくってしまおうかと」
その言葉に、空気が微妙に変わる。
後ろで控えていたアイザックが、タイミングを見計らったように咳払いをした。
「殿下…本音がだだ漏れでございます」
アルティシアはまったく気にした様子もなく、さらりと返す。
「構いません。人に言えないことでもありますまい」
アイザックはわずかに肩を落とし、抑えた声で続けた。
「あまり言わない方がいいですよ」
アルティシアは柔らかな笑みを崩さぬまま、ゆっくりとアイザックへと振り向いた。
「私とベル様の愛が、人に言えないものとでも?」
穏やかな声音でありながら、逃げ道を与えない問いだった。
アイザックは一瞬だけ言葉を詰まらせ、それから大きくため息を吐く。
「だからちげぇって、本当に嫌だもう」
ぼやくような口調に、先ほどまでの張り詰めた空気がわずかに緩んだ。




