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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第14章ー婚約物語ー
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ルグレシアへー

ルグレシア王国行きの電車に乗ったベルは、窓の外へと流れていく景色に目を見開いていた。揺れる車両の中でも視線だけは固定できず、次々と過ぎる風景を追いかけている。


「ねぇ!ミリィ!すごっ、すごいよ!景色が流れてく!」


窓枠から身を乗り出す勢いのベルを、ミリィが慌てて後ろから押さえ込む。小さな手ではあるが、必死さがこもっていた。


「べ、ベルさん…危ないです!そして…恥ずかしいです」


ミリィは周囲の視線を気にしながら、顔を真っ赤にして言葉を絞り出す。車内の空気に馴染もうとしつつも、明らかに落ち着かない様子だった。


ベルは駅弁の包みを開くなり、迷いなく箸を入れた。


「うまっ!駅弁うまーいっ!」


思わず声が弾み、目を輝かせながら次々と口へ運んでいく。抑えが効いていないというより、抑えるという発想自体が抜け落ちているような勢いだった。


ミリィはその様子を、半ば呆れと半ば心配を混ぜた表情で見つめる。


「ベルさん…落ち着いてください」


しかしベルは聞いているのかいないのか、即座に返す。


「むりむり!こんなのはしゃぐなって方がむりっしょ!」


その後も移動の間、ベルは終始落ち着きがなかった。駅に着いてから電車に乗るまでの間も、乗車してからも、視線は常に周囲へと飛び回り、見つけたもの全てに反応していた。


駅員を見つければすぐに声をかけ、車掌を見れば自然に話しかける。質問は途切れず、返ってくる説明にも素直に感嘆していた。


ベルが話しかけるたび、相手の男性たちはどこか緩んだ表情で答え、必要以上に丁寧になる者も少なくなかった。笑顔で鼻の下を伸ばしながら応じる様子を、ベルは特に気にする素振りも見せない。


ただ、そのたびに距離が近くなりすぎることもあり、肩に手を回されることも一度や二度ではなかった。


その瞬間ごとに、ミリィが素早くその手を叩き落とす。小さな手ながら、明確な意思だけは鋭かった。


ミリィは小さく肩を落とし、周囲に気を配り続けたまま、そっと息を吐いた。


「ぜんぜん気が抜けない…」


視線の先では、変わらず落ち着きのないベルの姿がある。


「せっかくの電車旅だし、もっと楽しもうよ!」


あっけらかんとした声に、ミリィはじっとりとした視線を向けた。対照的な温度差が、そのまま空気に滲む。


やがてミリィは視線を少しだけ逸らし、話題を変えるように問いかける。


「ベルさん、今回のこと、他の人たちも知ってるんですか?」


ベルは特に迷う様子もなく答えた。


「当たり前じゃない。今回の話には大陸警察や教会、それにギルドにも話は通してあるらしいわよ」


一度言葉を切り、続ける。


「もっとも、偽装婚約ってことまでは一部の人にしか話してないけど」


ミリィは少しだけ間を置き、慎重に言葉を選ぶ。


「…マリーナさん、何も言ってなかったですか?」


その問いに、ベルはわずかに視線を外した。


ミリィの視線が細くなる。


「ベルさん…?」


ベルはほんの少し言い淀み、それから小さく答える。


「マークスさんには話したけど…マリーナさんには、まだ…」


ミリィの表情が一瞬で険しくなる。先ほどまでの困惑とは違う、はっきりとした危機感が浮かんでいた。


「え…絶対まずいじゃないですか」


その指摘に、ベルは苦いものを飲み込むようにわずかに視線を逸らす。


「そうなんだけど…言うタイミングを測ってたら…言えないまま今日まで来ちゃって」


どこか言い訳めいた響きが残り、言葉の終わりが少しだけ弱くなる。


ミリィはその様子をじっと見つめ、何かを言いかけて、しかしすぐには続けなかった。空気の中に、避けて通れない問題が静かに横たわっていた。


ミリィはしばらく黙り込んだあと、重く息を吐いた。


「…大問題が残ってましたね…」


その言葉に、ベルも力なく頷く。


「うん…あれから、マリーナさんより激しくなっちゃってて…今言ったら、きっと殺されるかも」


半分冗談のようでいて、否定しきれない響きがあった。


ミリィの表情がさらに曇る。


「でも言わないままに…婚約発表のニュース聞いたら…」


言い切る前に、顔色が目に見えて青くなる。


ベルも同じ想像に至ったのか、わずかに視線を泳がせる。


「そー…そうなんだよねぇ…」


軽く言おうとして、結局軽くなりきらない声だった。


ミリィは小さく息を吸い、はっきりと言い切る。


「絶対先に言わないと」


その断言に対して、ベルは少しだけ間を置いた。


「…んー…それはもうアルティシアに任せたいなぁ」


どこか責任を預けるような言い方だったが、完全に割り切れているわけでもない空気が残っていた。


そんなやり取りを繰り返すうちに、列車はやがてルグレシアへと到着した。


もともと大国であるルグレシアは、大陸横断列車の開通によってさらに発展を遂げていた。駅構内に降り立った瞬間から、その変化ははっきりと感じ取れる。


行き交う人の数は明らかに増え、装いも多様になっている。旅装の者、商人風の者、そして観光客と思しき人々の姿が目立った。


風光明媚な観光都市としての評価も高まり、今や多くの人々が訪れる場所となっているらしい。


以前と比べれば、街全体の空気はどこか華やいでいた。落ち着きのある雰囲気はそのままに、そこへ賑わいが重なり、別の活気を生んでいる。


静かな大国だった面影は残しつつも、確かに“変わった”と感じさせる光景だった。


駅に降り立った二人は、人の流れを抜けるようにして、近くに見えたカフェへと足を向けた。


アルティシアには到着の日時を伝えていない。特別な理由があったわけではないが、結果として仰々しい出迎えを避ける形になっていた。


店内に入ると、外の賑わいとは少し切り離されたような落ち着いた空気が広がっている。二人は席に着き、それぞれメニューを手に取った。


注文を済ませ、やがてテーブルにドリンクが並ぶ頃には、先ほどまでの慌ただしさが嘘のように、ゆったりとした時間が流れ始めていた。


テーブルに置かれたカップから、ゆるやかに湯気が立ち上る。外の喧騒とは切り離された空間の中で、二人はようやく一息ついていた。


ベルは窓の外へと視線を向けたまま、感心したように呟く。


「列車ってすごいね。ルグレシアに1日で来れるなんて」


ミリィも静かに頷き、現実的な距離感を添える。


「馬車なら数日かかりますからね」


ベルは小さく息を吐き、納得するように続けた。


「これは…確かに発展するわ」


その言葉に、ミリィも少しだけ視線を上げる。


「アルティシアさんの世界連盟構想?それにも大陸横断列車の影響は大きいですよね」


アルティシアはベルと出会う以前から、各国が協力し合う枠組みを模索していた。理想として掲げるだけでなく、現実的な形に落とし込むための準備も進めていたらしい。


そこへ、世界中の注目を集める存在となった魔王殺しの出現。さらに、大陸横断列車によって各地を結ぶ交通網が整備されたことで、物理的な距離の壁も大きく薄れた。


点でしかなかった要素が線として繋がり、構想は徐々に現実味を帯び始めている。


今回の婚約の件も、その流れの中に位置づけられるものだった。


カップの縁に指をかけたまま、ベルは少しだけ遠くを見るような目をした。


「やっぱりアルティシアってすごいよね。世界連盟なんて…」


ミリィは静かに頷き、言葉を選びながら続ける。


「私が生まれてからはずっと大きな戦争や争い事は起きてませんが…この先もそうだとは言い切れませんし、素晴らしいと思います」


ベルはその言葉に軽く頷き、視線を戻した。


「中央大陸だけでなく、他の大陸ともそうなりたいんだって」


ミリィはカップを持ち上げながら、小さく息をつく。


「そうですね。今や小競り合いを除けば、大陸同士の争いは避けたいところですからね」


穏やかな口調ではあったが、その内側には現実を見据えた重みがあった。


北や西に比べれば、東や南の情勢は依然として不安定で、気を抜ける状況ではない。


平穏が続いているからこそ、それがいつまで続くのか分からないという認識が、静かに共有されていた。


ミリィはカップを両手で包み込みながら、少し視線を落とした。


「西大陸だって、カダブランカ以外の国がどう考えてどう動くか…わからないですもんね」


その言葉に、ベルは軽く肩をすくめる。


「あいつのことにもね」


ミリィはわずかに眉を寄せ、露骨ではないが嫌悪の色をにじませた。


「アダラさんやアルミナさんみたいな人も…どんどん沸いてきそうですしね」


ベルはその様子に、少しだけ苦笑を浮かべる。


「結婚しろ!子供作ろう!てね」


冗談めかした言い方ではあったが、その裏にある現実は決して軽いものではなかった。


ミリィは少しだけ視線を揺らし、カップの中を覗くようにしてから口を開いた。


「とは言え…婚約なんてしちゃって本当に大丈夫なんでしょうか?」


ベルは問いの意図を確かめるように、わずかに首を傾ける。


「あいつのこと?」


ミリィは小さく首を振る。


「…それもですけど…アルティシアさん側も」


ベルは「ああ」と小さく声を漏らし、少しだけ考えるような間を置いた。


「あーだってあの人は…あいつのこと大好きだもの。もしかしたらー…」


ミリィはストローに口を付けたまま、じっとベルの顔を見つめる。


ベルはわずかに口元を緩めた。


「本当に結婚する気なんじゃない?」


次の瞬間、ミリィが盛大に吹き出した。


テーブルに置かれたカップがわずかに揺れる。


「うわっ、大丈夫?」


ベルが身を乗り出すようにして様子を窺う。


ミリィはむせ込みながら、おしぼりで口元を押さえ、何とか呼吸を整えようとする。


「そ…それでもいいんですか?ベルさんは?」


ようやく絞り出した問いに、ベルは特に迷う様子もなく答えた。


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