結婚するって、ほんとですか?ー
ミリィが目を覚ますと、見知らぬベッドの上だった。カーテンの隙間から陽が差している。どうやら夜の記憶は途中で途切れ、そのまま朝を迎えていたらしい。
身体を起こそうとすると、軽い眩暈がした。
「……ここは」
声が掠れる。
その問いに答えるように、扉が静かに開いた。
ベルが入ってくる。黒髪の少女は朝の光の中で、その表情はどこか落ち着かず、年相応の揺らぎを含んでいる。
「よかった。気が付いたのね」
安堵を含んだ声だった。柔らかく、少しだけほっとした感情が混じっている。
彼女はベッドのそばまで来ると、ミリィの様子を確認し、小さく息を吐いた。
「気が付いたらベッドで寝てるから、びっくりしたんだよ」
言葉は軽いが、心配が隠しきれていない。
ベルは一瞬だけ視線を落とし、言葉を選ぶように間を置いた。
空気がわずかに変わる。
「それで?なんで気絶してたの?」
「それが…私にもよくわからなくて…」
ミリィは揺れる頭を抑えながら、必死に記憶を手繰り寄せていた。
昨日、駅に着いて、ベルと一緒に並んで歩いて帰った。夜の道、何気ない会話、その続き。
そして――その先へと意識が伸びかけたところで、思考が途切れる。
断片的な映像だけが浮かび上がり、輪郭を結ぼうとするたびに、どこかで引っかかる感覚があった。
何気ない会話の中で、ベルがふと立ち止まった瞬間があった。
そこから先の記憶が、妙に重く沈んでいる。
言葉そのものは思い出せないのに、胸の奥だけが妙にざわついていた。理由のない圧迫感のようなものが、今になっても残っている。
ミリィは顔をしかめたまま、思考をさらに深く潜らせようとする。
ミリィは途中まで思い出しかけたところで、急に頭を押さえてその場にうずくまった。
呼吸が浅くなり、顔色が明らかに悪くなる。
その様子を見て、ベルはすぐに距離を詰めると肩に手を置いた。
「ミリィ?大丈夫?」
その言葉に、ミリィはゆっくりと顔を上げる。
血の気が引いたままの表情でベルを見つめ、数秒間言葉を失う。
やがて喉を震わせながら、絞り出すように問いを落とした。
「結婚するって…本当ですか?」
ベルは一瞬きょとんとした表情を浮かべる。
「結婚…?てなんの?」
言いかけてから、何かを思い出したように目線が少し上がる。
「あ!アルティシアさんとの話?」
その瞬間、ミリィの表情が強張る。頭の奥を直接殴られたような衝撃が走り、息が詰まる。言葉の意味が遅れて追いつき、理解したくない現実だけが輪郭を持ってしまう。
ミリィは震える息のまま、絞り出すように言った。
「ほ…本当の話、なんですね…」
ベルはにこやかなまま続ける。
「そーそー、こないだアイザックさんが来て、その話、私が受けたの」
軽い口調だった。その内容がどれほど重いものかを理解している様子は薄い。
その言葉が落ちた瞬間、ミリィの中で何かが強く軋む。
理解ではなく、衝撃だけが先に全身へ広がり、膝の力が抜けた。ベッドに前のめりに崩れ落ちるようにして、そのまま布団へ顔を押し付ける。
声がくぐもったまま漏れた。
「なんで…なんで…そんな話…受けたんで、すか」
その問いは震えていた。
ベルはようやく異変の強さに気づいたように、表情から軽さが消える。
「え?ちょっと…ミリィ?どうしたの?」
ミリィは勢いよく身体を起こし、ベルに掴みかかりそうな剣幕で迫る。その瞳からは大粒の涙が溢れていた。
「なんで…!?なんでそんな話…受けちゃったんですかーっ!?」
その様子にベルは戸惑い、眉を寄せる。
「え…ちょっと、どうしたのよミリィ?」
ミリィは答えにならないまま、前のめりにベルへと崩れ込み、そのまましがみつくように抱きついた。服を握りしめる指先が震えている。
「なんで…なんでぇ…」
言葉は途切れ、呼吸だけが乱れる。泣き声だけが、やけに近く響いていた。
ベルは少し困ったように視線を泳がせながら、状況を整理するように言葉を選ぶ。
「だって…すごいいい話だと思って…え?ダメ、だった?」
軽い疑問のまま落とされたその言葉に、ミリィは反応できない。ただベルの薄い胸元に顔を押し付けたまま、肩を震わせて泣き続ける。
嗚咽の合間に、かすかな呼吸音だけが重なる。
ベルはそこで初めて、本当にまずい空気であることを理解したように息を詰める。
「ミリィ…」
ベルは焦っていた。軽口のように整える余裕はなく、言葉を選び損ねながら、どうにか誤解をほどこうとしている。
「ちなみに..結婚じゃなくて、婚約だよ?」
ミリィの表情が強く揺れた瞬間、ベルの呼吸が一瞬浅くなる。説明の順序を誤ったことを、すぐに理解していた。
「そんなの…同じことじゃないですかっ!」
鋭い声が返ると、ベルは言い返す間を失い、わずかに視線を落とす。焦りがそのまま沈黙の間に滲んでいた。
「うーん、まぁそうかもだけど…とりあえず形だけって言うか、嘘みたいなもんだからー」
言いながらも自分の説明が雑になっている自覚があり、言葉が途中で引っかかる。誤魔化すための軽さではなく、整理できていないまま押し出してしまった不安定さがあった。
その言葉に、ミリィがぴたりと動きを止める。
空気が固まる。
「う…そ?」
ベルの喉が一度だけ動く。否定の意図ではないのに、そう受け取られていることに気づき、焦りがさらに強まる。
「うん。嘘って言うと言い方悪いけど…要するに」
承知しました。以後、セリフは一切変更しません。
以下、修正して小説化します。
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ベルは一度視線を落とし、言葉を整理するように続けた。
「魔王殺しの討伐数が250体を越えて、いよいよこれから、各国や各組織とか…今まで静観していた人達が、これから介入してくると、アルティシアは予測してるの」
ミリィは少し間を置き、事実を確かめるように息を吐いた。
「…それは、確かに…」
ベルは小さく頷き、話を続ける。
「でしょ?それにアルティシアさんの方でも前々からいろいろ考えていたみたいで、それも合わせて、一気にまとめて解決しちゃおう!てことらしくて」
ミリィの表情に疑問が浮かぶ。
「それが…どうして婚約に?」
ベルはその問いに対し、少しだけ言葉を選ぶ間を作ってから説明した。
「ルグレシア王女と魔王殺しの婚約を公表することで、アルティシアの発言力が強まること、各国各組織が介入できなくなること、アルティシアのこれからやることに対する反対勢力への抑制…あと1番は」
そこでベルはミリィを指差した。
指先には迷いはなく、必要な事実だけを示す動きだった。
「魔王殺し本人と、その関係者を守ること」
少しだけ間を置き、淡々と付け足す。
「もちろんミリィのこともね」
ミリィの声は少し震えていた。
「そのために…婚約を?」
ベルはすぐに首を振り、言葉を補うように続ける。
「もちろん、本当に結婚するわけじゃないよ?」
一度言葉を区切ってから、説明を重ねた。
「今は婚約したって公表しておいて、その間に対応策を固めたり、いろいろ対策を練る時間を作ろう!で話なんだって」
ミリィは唇を噛み、視線を落としたまま問いかける。
「…それで、彼…夜のベルさんは納得したんですか?」
その質問に、ベルは少し困ったように眉を寄せる。
「んー…すごい嫌がってたんだけど…みんなで説得して、最終的にミリィや周りの人に迷惑かけたくないからって、なんとか」
言い終えたところで、空気が少し沈む。
ミリィは袖口で目元を強くこすり、涙を拭うようにしてから顔を上げた。真っ赤になった目が、まっすぐベルを捉える。
「私…やっぱりなんだか納得できません」
ベルは一瞬だけ言葉を失い、それから静かに息を吐いた。
「…そっか、そうだよね…でも」
ベルは一度だけ視線を落とし、静かに言葉を整えた。
「私は、今はそれが最善だと思ってる」
ミリィはその言葉に、ぐっと唇を噛む。反論したい気持ちと、理解してしまう現実の間で揺れているのが表情に出ていた。
ミリィにもわかっていた。それは方法としては最善だと。
ただ、その合理性とは別に、胸の奥に残る違和感だけが消えない。
ベルはそれ以上踏み込まず、落ち着いた声で続ける。
「詳細はまたアルティシアから話があるから、直接聞いて、判断して」
ミリィは小さく息を吐き、ゆっくりと頷いた。
コクリ、と静かな動作だった。




