表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第13章ーミリィの旅立ちー
436/447

大人の階段を登りがちー

みんなに見送られて、私は駅を出発した。


折り返しの電車に揺られながら、窓の外をぼんやりと眺める。


見慣れたはずの景色が、少しずつ遠ざかっていく。


一ヶ月。


長かったようで、あっという間だった。


…少しは、成長したのかな。


自分の手を見る。


前よりも、ほんの少しだけしっかりしている気がする。


気のせいかもしれない。


でも――そう思いたかった。


首元に触れる。


クレタにもらったペンダント。


不思議な意匠で、何を意味しているのかは分からない。


ただ、「役に立つから」と、半ば強引に首にかけられた。


ほんとに、何なんだろう…


小さく苦笑する。


あの人は、よく分からない。


乱暴で、勝手で、危なっかしくて。


でも、なんだかんだで面倒を見てくれる。


優しいのかどうかも、よく分からない。


ただ――


…嫌いじゃない


そう思う自分がいる。


窓の外の景色が流れていく。


馬車なら二週間かかる道のりも、電車なら一日。


あっという間に、またあの場所へ戻る。


また、帰ろう。


そう思える場所がある。


それだけで、少しだけ心が軽くなる。


これからも、時々帰ろう。


その時は――


どこにいるか次第だけれど。


私は小さく息を吐いて、背もたれに身体を預けた。


電車の揺れに身を任せているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。


目を覚ましたとき、窓の外はすっかり暗くなっていた。


夕闇の名残が、わずかに空に残っている。


「……あ」


小さく声が漏れる。


到着のアナウンスが、少し遅れて耳に入る。


私は慌てて荷物をまとめて、電車を降りた。


ホームに降り立つと、ひんやりとした空気が頬に触れる。


昼間とは違う、静かな空気。


人の流れに乗りながら、改札を抜ける。


駅の外へ出ると、街の灯りがぽつぽつと灯っていた。


見慣れた景色。


でも、どこか少しだけ新鮮に見える。


(……帰ってきたんだ)


そう実感する。


私は荷物を持ち直して、そのまままっすぐ歩き出した。



その時、背後から声がかかる。


「よぉ」


その一言を聞いた瞬間、胸の奥が跳ねた。


気づけば、顔が勝手に緩んでいる。


自分でも驚くくらいに。


私は振り返る。


駅の入り口脇、壁に背を預けて立つ姿。


銀髪がランプの灯りを受けて、淡く光っていた。


「……お迎え、来てくれたんですか……?」


思わずそう聞いてしまう。


ベルさんは、少しだけ面倒くさそうに顔をしかめる。


「帰ってくる日は聞いてたけど、時間は聞いてなかったからな」


頭をかきながら、ぼそりと続ける。


「朝から待っちまったぜ」


その言葉に、私は一瞬だけ言葉を失う。


(……朝から?)


胸の奥が、じんわりと温かくなる。


でも同時に、少しだけ申し訳なさも湧いてくる。


「ご、ごめんなさい……!」


慌てて頭を下げる。


ベルさんは軽く手を振った。


「いいって。勝手に待ってただけだ」


そう言いながらも、その場から動こうとしない。


私は顔を上げて、もう一度その姿を見る。


(……ほんとに、ずっと……)


言葉にはしないけれど、ちゃんと伝わってくる。


私は小さく息を吸う。


そして――


一歩、近づいた。


「ほら、帰るぞ。腹減っちまった」


そう言って、ベルさんが手を伸ばす。


いつものように、頭にぽんと乗せる――はずだった手が、途中で止まる。


一瞬の間。


そのまま、私の肩に置かれた。


「……なんか、お前でかくなった?」


その言葉に、私は少しだけ目を瞬かせる。


(……あ)


たしかに、前より視線の高さが近い。


この一ヶ月で、ほんの少しだけ伸びたのかもしれない。


それとも――


前は縮こまっていただけかもしれない。


私は小さく笑った。


「ちょっとは、成長しましたから」


そう答えると、ベルさんはふっと鼻で笑う。


「へぇ」


短い返事。


でも、そのまま肩に置かれた手は、どこか確かめるみたいに軽く力がこもっていた。


私はそのまま並んで歩き出す。


さっきまで感じていた距離が、少しだけ縮まった気がした。


夜道を、二人で並んで歩く。


街灯の灯りがぽつぽつと道を照らしている。


ベルさんの手は、まだ私の肩に乗ったまま。


その重みが、なぜか心地いい。


(……なんだろう)


少しだけ、認められたような。


少しだけ、大人になれたような。


そんな気がした。


自然と背筋が伸びる。


足取りも、どこか軽い。


気づけば、口元が緩んでいた。


「なんで笑ってんだ?」


ベルさんが横目で見る。


私は慌てずに、首を振る。


「なんでもないですよー」


少しだけ余裕ぶって答えてみる。


自分でも、ちょっとだけ“大人っぽい”返しだと思った。


ベルさんは一瞬だけ黙る。


それから、小さく鼻で笑った。


「なんか変なもんでも食ったのか?」


その一言に、思わずむっとする。


「ひどいです!」


反射的に言い返すと、ベルさんは肩に乗せた手で軽く揺らした。


「いつも通りでいろよ」


その言葉は、ぶっきらぼうだった。


でも――


どこか優しかった。


私は少しだけ頬を膨らませながら、前を向く。


今なら少しくらい大人になった私は、手なんて繋いじゃったりしてもいいかもしれない。


そう考えた瞬間、胸がどくんと鳴った。


(……あれ?)


理由はよくわからない。


でも、さっきから少しだけ心臓がうるさい。


落ち着かないのに、嫌じゃない。


むしろ、少しだけ浮き足立つような感覚。


私はその違和感をごまかすように、小さく息を吐いた。


――その時だった。


不意に、ベルさんの足が止まる。


私は一歩先に出てから振り返った。


「どうしたんですか……?」


ベルさんは、こちらをまっすぐ見ていた。


いつもの気の抜けた顔じゃない。


少しだけ、真剣な顔。


「俺さ、ミリィに話があるんだ」


その言葉を聞いた瞬間、胸が大きく跳ねた。


(……え)


さっきよりも、はっきりと。


心臓がうるさい。


理由なんてわからないのに。


でも――


(……もしかして)


一瞬だけ、頭の中に浮かぶ。


すぐに打ち消そうとするのに、消えてくれない。


(……そんなわけ、ないよね)


自分で否定しながらも、落ち着かない。


期待しているみたいで、少しだけ居心地が悪い。


それでも目は逸らせなかった。


ベルさんが口を開く。


「俺、結婚することになったから」


その言葉は、あまりにもあっさりとしていた。


一瞬、何を言われたのかわからなかった。


(……え?)


さっきまでの鼓動が、そのまま置き去りにされたみたいに、頭が追いつかない。


夜の空気だけが、やけに冷たく感じた。


頭の中で、何かが崩れる音が響いた。


乾いた音でも、重たい音でもない。


ただ、支えていたものが一気に消えたような感覚。


(……あれ?)


視界が揺れる。


足元の感覚が、急に遠くなる。


さっきまで立っていたはずなのに、どこかふわふわしている。


息の仕方も、うまくわからない。


(……なんで)


理由は、もうわかっているはずなのに。


考えようとすると、うまくまとまらない。


視界の端に、夜空が映る。


次の瞬間、地面が近づいてきた。


(……あ)


もう、どうなっているのか分からない。


遠くで、声がする。


「――おい、ミリィ!」


ベルさんの声。


それだけは、はっきりと分かった。


でも、それもすぐに遠ざかっていく。


意識が、ゆっくりと沈んでいく。


暗くて、静かで、何もない場所へ。


...今日は、もう、何も考えたくない...


そんなことを思った気がした。


今夜は、このまま。


おやすみなさい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ