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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第13章ーミリィの旅立ちー
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ありえないはずの記憶ー

そうして二週間目に入る頃には、私はクレタだけでなく、トレントとパティからも稽古を受けるようになっていた。


トレントは騎士としての剣。


構え、間合い、足運び。


一つ一つを崩さず、順序立てて教えてくる。


「まず重心です。振る前に崩れていては意味がありません」


淡々とした口調で、けれど確実に核心を突いてくる。


私は何度も同じ動きを繰り返させられた。


地味で、単調で、でも確実に身体に残る。


パティは格闘術。


「力で押すのではありません。相手の力を利用してください」


手を取られ、姿勢を崩され、そのまま軽く地面に転がされる。


けれど痛くはない。


どう崩されたのか、ちゃんと分かる。


「今のは、ここが空いていました」


そう言って、自分の動きをなぞるように見せてくれる。


無駄に傷つけられることもなく、理屈が通っている。


私はその場で理解し、すぐに試すことができた。


クレタの稽古とは、まるで違う。


あちらは実戦そのもの。


容赦がなく、気づけば地面に転がっている。


でも――


私は剣を握り直す。


トレントの型。


パティの崩し。


それを思い出しながら、一歩踏み込む。


少しだけ、身体が言うことを聞くようになっていた。


「……いけるかも」


小さく呟く。


まだ弱い。


でも、何もできなかった頃とは、確実に違っていた。


トレントが理論を、パティが実戦的な技術を、そしてクレタが実戦そのものを叩き込んでくる。


三週間が過ぎる頃には、私はようやく「打ち合い」と呼べる動きができるようになっていた。


まだ遠い。


三人には、まるで届かない。


それでも、ただ震えて何もできなかった頃とは違う。


剣を握って、前に出られる。


それだけでも、大きな変化だった。


(今は――)


その瞬間。


「いたっ」


頭に鈍い衝撃が落ちる。


クレタの拳だった。


「余計なことばっか考えてんじゃねぇ!集中しやがれ!」


私は頭を押さえながら、恨めしく見上げる。


(……ちゃんとやってるのに)


それでも、すぐに気持ちを切り替える。


剣を両手で握り、構え直す。


呼吸を整える。


そのときだった。


クレタが、ふと口を開く。


「ミリィ……ちっとよぉ、想像してみろや」


その声音が、少しだけ低くなる。


「魔王殺しでも、黒髪のベルでもいい。どっちかが、殺されるところをよぉ」


――心臓が、跳ねた。


その言葉は、深く刺さる。


否定しようとする。


そんなこと、あるはずがない。


あるはずがないのに。


(……ある)


頭の奥で、何かが引っかかる。


視界が揺れる。


胸の奥に、冷たいものが落ちる。


次の瞬間――


鮮明な光景が浮かぶ。


剣が、胸を貫く。


血が、広がる。


倒れる身体。


――彼の姿。


それは想像じゃない。


否定しようとしても、消えない。


記憶として、そこにある。


(……なんで)


息が詰まる。


手が震える。


視界の端が歪む。


それでも、目を逸らせない。


その瞬間。


――内側で、何かが弾けた。


そこから先のことは、自分でもはっきりとは覚えていない。


ただ、涙だけが止まらなかった。


視界が滲んで、何も見えていないはずなのに。


それでも、身体は勝手に動いていた。


私は駆け出していた。


剣を振る。


考えも、型も、何もかも抜け落ちている。


ただ、前へ。


ただ、届かせるみたいに。


夢中で。


本当に、無我夢中で。


耳鳴りの中で、何か声が聞こえた気がする。


でも、言葉としては残っていない。


ただ、クレタの顔だけが断片的に残っている。


見たことのない顔だった。


焦った顔。


驚いた顔。


それから――


楽しそうに、凶悪に笑う顔。


全部が混ざって、ぐちゃぐちゃになっている。


どれくらい動いたのかも分からない。


どこで終わったのかも分からない。


気がついたとき。


私はまた、地面に転がっていた。


背中に伝わる土の冷たさ。


視界いっぱいに広がる空。


「……はぁ……」


息だけが、荒く漏れる。


身体は重い。


指一本動かすのも、少し億劫だった。


それでも――


(……さっきの……)


胸の奥に、まだ何かが残っている。


消えない熱のようなものが、じわりと広がっていた。


気がつくと、クレタがすぐ隣に立っていた。


見下ろしてくるその顔に、私は息を止める。


右目が大きく腫れ上がり、うっすらと血が滲んでいた。


さっきまでの記憶が、途切れ途切れに繋がる。


(……私が……?)


声が出ない。


ただ、見上げることしかできなかった。


クレタはそんな私を見て、ふっと笑う。


いつもの軽い笑いじゃない。


どこか、少しだけ満足そうな笑い方だった。


「やるじゃねぇか……驚いたぜ」


そう言って、右手を差し出してくる。


私は少しだけ迷ってから、その手を掴んだ。


ぐっと力がかかる。


次の瞬間、身体が軽く引き上げられていた。


「……あ」


思わず声が漏れる。


自分の足で立っている感覚が、少しだけ遠い。


クレタはそのまま手を離して、肩を回す。


「つい、本気になっちまった」


何気ない一言。


でも、その意味はすぐには分からなかった。


私は自分の手を見る。


震えは、もう止まっていた。


胸の奥に残っている熱だけが、現実を教えてくる。


(……あぁ)


うまく言葉にはできない。


でも、確かに感じる。


さっきまでとは違う、自分。


ほんの少しだけ――


前に進めた気がした。


クレタが肩を回し、そのままぐっと距離を詰めてくる。


「ミリィ、おめぇは泣きながら戦った方が強ぇんじゃねぇか?」


その言葉に、私は眉を寄せて顔を向けた。


「えー……やだよ、そんなの、カッコ悪ー……」


言い終わるかどうかのところで、クレタの動きが一瞬だけ鋭くなる。


視界が揺れた。


「んんー!んんんんんー!」


クレタの舌が私の唇の中に入ってくる。


「ん……っ」


その生々しい感覚に、私の脳は一瞬でフリーズした。


抵抗するとか、受け入れるとか、そんな余裕なんてこれっぽっちもない。


されるがままになった私の頭の中は、ただ真っ白に染まっていく。


目の前の光景も、さっきまでの会話も、全部どこかに吹き飛んでしまった。


数秒。


本当に、ほんの数秒。


クレタが離れる。


私は一歩後ろに下がり、口元を押さえたまま固まる。


「……い.,.1度ならず2度までも……」


何を言えばいいのか分からない。


頭が追いつかない。


クレタはそんな私を見て、ケラッと笑う。


「ごっそさん!」


まるでいつもの軽口みたいに言う。


私はしばらく何も言えずに、その場に立ち尽くしていた。


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