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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第13章ーミリィの旅立ちー
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これからのクレター

「クレタは…この先どうするの?」


その言葉に、クレタは一瞬だけ動きを止めた。


それから、ゆっくりとベッドから降りる。


何気ない動作のはずなのに、空気がわずかに変わった。


窓際へと歩き、差し込む光の中に立つ。


そしてそっと両手を組み合わせた。


祈るような形。


その瞬間だった。


部屋の空気が、明確に変質する。


「私の願いはー、神殿の復旧ーそして、その先にあるのはー常に同じ願い」


声の質が違う。


いつもの荒っぽさが消え、静かで、整った響きだけが残る。


振り返る横顔もまた、別人のように見えた。


「世界をあるべき姿にー。それこそが私と、そして私たちの願いー…」


私は思わず言葉を失う。


さっきまでソファに寝転がっていた人物と同じとは思えない。


ただ、妙に納得もしてしまう。


この人は、こういう顔も持っているのだと。


そしてクレタは、何事もなかったようにゆっくりと首を垂れた。


静かな沈黙。


祈りの余韻だけが、ほんのわずかに残る。


だが次の瞬間には、その空気ごと切り替えるように顔を上げた。


「つーわけだからよぉ、うちはいつか、神殿を復活させんのさぁ!」


いつもの荒っぽい調子に戻っている。


私は少しだけ目を瞬かせる。


「でも…もう神殿の使徒はいないんじゃ…」


クレタは一瞬だけきょとんとしたあと、鼻で笑った。


「信仰は数じゃねぇ!」


言い切る声は妙に強い。


「それにたった1人でも、信仰を続けてりゃあよ。それが正しければ人は自然と集まる!」


私は思わず息を呑む。


「なんか…すごい…神官様みたい!」


その言葉に、クレタの眉がわずかに寄った。


「神殿騎士師団長ってのは…神官でもあっからな」


ぶっきらぼうに言いながらも、その言葉には迷いがない。


窓の外の光が、少しだけ強く揺れた。


「だから…神殿から回収された道具たちが必要なんだね…」


クレタは軽く肩をすくめる。


「まぁ…それもあんだけどよ。ま、それはいいや」


言い切ったあと、窓の外へ視線を投げた。


私はその横顔を見ながら、少しだけ考える。


さっきまでの騒がしさとは違う、別の重さがそこにはあった。


……やっていること自体は、正直、賛成できるものばかりではない。


それでも。


こうして目の前にいるクレタを見ていると、ただの乱暴な人というだけでは片付けられない気がした。


私は小さく息を吐く。


「……クレタって、ちゃんと師団長なんだね」


ぽつりと出た言葉だった。


クレタは一瞬だけこちらを見て、それから鼻で笑う。


「今さらかよ」


その返しはいつも通り乱暴で、でもどこか、軽くはなかった。


クレタは視線をまっすぐにこちらへ向けたまま、軽く顎を上げる。


「それに、ミリィ」


「……なに?」


「てめぇは面白ぇ」


「え…私?」


思わず聞き返すと、クレタは迷いなく頷いた。


「おうよ! うちもてめぇの家じゃなきゃあ、こんな条件呑みはしなかったってもんさ! そのうち脱獄して奪還して戦争してたろーな!」


「や…やめてよ…そんな物騒な…」


「マジだぜ?」


あまりにも当然のように言うので、言葉が詰まる。


私は小さく首を傾げた。


「わ、私のなにが面白いの…?」


クレタは一瞬だけ間を置き、それから肩をすくめる。


「そいつぁ、よくわかんねぇ!」


「ええー…?」


「だけどよぉ!」


そこで声の調子が少しだけ変わる。


軽い冗談の色が抜けて、妙に真っ直ぐになる。


「うちの第6感がビビッと来たのさぁ!」


「こいつぁ…ぜってぇ何者かになるってなぁ!」


私は小さく息を吐く。


「そ…そんなことない、と思うよ」


すぐに否定する。


けれどクレタは、即座に首を振った。


「いいや、あるね!」


クレタがゆっくりと人差し指を伸ばす。


今度は、叩くでも押すでもない。


ただ、そっと額に触れるだけだった。


その感触は不思議と静かで、さっきまでの騒がしさが少しだけ遠のく。


「この月光騎士団師団長クレッタルス・ハイランダー。少しだけ先の未来を読める、うちがなぁ!」


軽い冗談のような口調。


けれど、その奥には妙な確信が混じっている。


クレタはまっすぐ私を見る。


「ミリィ、てめぇの未来、うちが見届けさせてもらう」


私は一瞬だけ言葉を失う。


額に触れた指は、もう力を持っていないのに、なぜか離れにくい感覚が残っていた。


「……大げさだよ」


ようやくそう返す。


クレタは鼻で笑った。


「大げさでいいんだよ。うちはそういう役目だ」


私は視線を落としたまま、小さく呟く。


「だって…私なんて、何にもできないのに…」


クレタがわずかに眉を寄せる。


「今回の帰省だって、急に帰るって言ったのに…引き留めたりもされないし…いつ帰るかも聞かれなくて…」


言葉が途切れる。


胸の奥が少しだけ重くなる。


「私なんて別に…いてもいなくても同じなのかなって…」


視界が揺れて滲む。


泣きたいわけじゃないのに、勝手にそうなるのが嫌だった。


黙っていたクレタが、低い声で言う。


「てめぇ…なにわがまま言ってんだ?」


思わず顔を上げる。


「わ…わがままなんて…私はいっつも…がまんして…」


「それがわがままだってんだろ」


一瞬、言っている意味が分からなかった。


私はなにも、していない。


ただ、黙っていただけだ。


「いいか? 自分は何もしなくて、何も言わなくて、それなのに、あーして欲しかった? こーして欲しかった? んなもんわかりっこねぇだろうが!?」


クレタの声が少し荒くなる。


「いいか? して欲しい事は言うんだよ。あーして欲しい、こーして欲しいってなぁ」


「で…でも、そんなわがまま…」


「てめぇの気持ちも言わずにわかってもらおうってほうが、どんだけわがままなんだって話だろうがっ!」


「わっ、私はっ!」


「うっせぇクソガキッ!」


ぴしゃりと切り捨てられて、言葉が止まる。


……なんか、怒られた。


息を呑んだまま固まっていると、クレタは腕を組み直し、少しだけ視線を逸らした。


「それによー、引き留めたり、いつ帰るか聞かないってことは…信頼されてっからなんじゃねぇのかよ?」


その言葉が、静かに落ちてくる。


胸の奥に、すとんと入った。


信頼。


そうなのかな。


確かに昔は、少し離れるだけでも過剰なくらい心配されていた。


でも今は、そうではない。


必要なときにはちゃんと気にしてくれるけれど、普段は静かだ。


「信頼…なのかな?」


私の声は少し小さい。


クレタは肩をすくめた。


「うちはそーじゃねぇかと思うけどなぁー、ま、知らんけど」


「クレタ、いい人なんだね」


その言葉に、クレタは一瞬も照れない。


むしろ当然のように、真顔で言い切る。


「うちほどの善人はいねぇだろ」


あまりに迷いがないので、私は一瞬だけ言葉を失う。


「そ…そっか…」


納得というより、押し切られた形だった。


クレタは腕を組み直し、視線を少しだけ細める。


「だけど油断すんなよ?」


空気がわずかに変わる。


「うちはてめぇらの仲間になったつもりはねぇ」


その目の光が、さっきまでの軽さを消していた。


「うちが大人しくしてんのはー、いつかまた、てめぇらの前に敵として立つ、その時までの話だ」


その言葉は冗談には聞こえなかった。


けれど同時に、敵意だけでもない。


ただ、そういう在り方を選んでいる人間の声だった。


クレタはふっと息を吐き、いつものように笑う。


だがその笑い方は、先ほどまでの軽口とは少し違う。


そこには、神殿騎士団師団長としての輪郭がはっきりとあった。


その時、背後で扉が静かに開く音がした。


空気が一瞬で変わる。


目の前のクレタが、ほんのわずかに肩を跳ねさせた。


さっきまでの強気な気配が、目に見えて硬くなる。


私は振り向く。


そこに立っていたのはパティだった。


「パティ、どうしたの?」


私は自然にそう聞いた。


パティは一度だけ目を伏せ、それから淡々と口を開く。


「いえ、メイドの1人が言いつけた仕事を放り出して姿をくらませたので…探していたところですが」


感情の起伏を抑えた声。


だけど分かる。


これは、かなり怒っている。


あ、と私は思う。


クレタのほうを見ると――


もう視線を合わせていなかった。


そっと、窓のほうへ身体をずらし始めている。


逃げる気だ。


その瞬間だった。


音がしなかった。


本当に、気配すらなかった。


次に目を瞬かせた時には、パティがクレタの背後にいた。


「え……」


慌てて振り返る。


当然、そこには誰もいない。


「え…ええ…いつのまに…」


その言葉が出たと同時に、クレタの動きが止まる。


パティは無言でクレタの腕を取り、そのまま羽交い締めにした。


そして、何事もなかったかのように口元を押さえ、静かに引きずっていく。


「ちょ、待てっ――」


声は最後まで出ない。


廊下へと消えていく直前、パティはドアの前で一度だけこちらを向いた。


いつもの無表情に近い、整った礼。


「夕食は昔と変わらず、いつもの時間に。それでは」


そのまま、何もなかったように扉が閉じられた。


部屋に残ったのは、静けさだけだった。


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