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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第13章ーミリィの旅立ちー
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クレタという人はー

お母様の部屋を出て、私はようやく自分の部屋へ向かった。


静かな廊下を歩きながら、少しだけ肩の力が抜ける。


久しぶりの自室だ。


少しだけ、ゆっくりしようと思っていた。


扉の前で立ち止まり、手をかける。


そして、そのまま開けた。


――はずだった。


「クレタ…なに、してるの?」


思わず声が出る。


部屋の中。


私のベッドの上で、まるで自分の部屋のように寝そべっている人物がいた。


クレタだ。


片腕を枕にして、完全にくつろいでいる。


メイド服なのに態度は一切変わっていない。


「よぉ、ミリィじゃねぇか。こんなとこでどうした?」


「こんなとこって…ここ、私の部屋なんだけど…」


クレタは一瞬だけきょとんとした顔をしたあと、軽く視線を巡らせる。


「……あー」


クレタは軽く視線を巡らせてから、あっさりと言った。


「そーいや、ミリィの部屋だっけな。そんなこと言ってた気もすんな」


まるで他人事みたいな言い方だった。


私は少しだけため息をつく。


「…メイドのお仕事は?」


ベッドの上で寝そべったまま、クレタは片手をひらひらと振る。


「休憩中だ、気にすんなって」


まったく気にしていない様子だった。


私は扉を閉めて、部屋の中へ入る。


見慣れた家具。


整えられた机。


変わっていない自分の部屋。


……のはずなのに。


ベッドの上にクレタがいるだけで、妙に違う場所みたいに見える。


「そこ、私のベッドなんだけど」


「なんだ?おめぇも寝たいのか?」


クレタはベッドの上で体を起こし、肘をつきながらこちらを見てくる。


口元には、分かりやすいくらいのニヤニヤした笑み。


「で、最近はどうよ?」


「えっと…なにが?」


クレタは眉をひそめ、呆れたように肩をすくめる。


「なにがって、おめぇ…魔王殺しのことだよ」


「それなら…先日200体魔王を倒し、た?」


言い終わる前に、クレタが手を振って遮る。


「じゃなくって! ちっとはお近付きになれたのかよ?」


「お近付きって?」


本気で分からなくて聞き返すと、クレタのこめかみに青筋が浮いた。


「だ・か・らぁ! ちっとは進展したのかって聞いてんだろーがよ」


……なんとなく、さっきのお母様と同じ流れだと気づく。


私は小さく首を振る。


「…進展もなにも、そんなんじゃないもの」


クレタは大きくため息をついた。


「まぁーだ、んなこと言ってんのか」


クレタは指をビシッと伸ばすと、そのまま私の額を軽く突いた。


「いたっ」


「ミリィよぉ、もっと素直になんないと、他のやつらに取られちまうぞ?」


また、よく分からないことを言い出す。


「…そんなんじゃないもの」


即座に否定する。


クレタは大きくため息をついた。


「んじゃーうちが取ってやったら本気になるかよ?」


その言葉を聞いた瞬間、私はふと思い出す。


「あ、ベルさん、私の両手折ったことで、かなり怒ってるから…顔合わせない方がいいと思う」


クレタの表情が一気に嫌そうなものに変わった。


「じゃーその作戦はなしで」


クレタはベッドの上で寝返りを打ちながら、雑に答えた。


クレタの声が、やや低くなる。


「ところで、おめぇんち、ここは一体なんだ? お前の親父は何者だ?」


その言葉に、胸の奥が一瞬だけ跳ねた。


だが顔には出さない。


私はクッションを抱えたまま、できるだけ落ち着いた声を作る。


「な、ななななな、なんのこととととと…?」


クレタが片眉を上げる。


「わかりやすく動揺してやがんな...この前の約束、覚えてんだろ?」


私は視線を泳がせたまま、なんとか言葉を繋ぐ。


「…北大陸の時のこと?」


クレタが短く頷く。


「神殿から回収された神具、宝具のほとんどを約束通り渡してもらった。条件付きだがな」


「条件?」


クレタはベッドから体を起こし、こちらへ指を突きつけた。


「そぉだ。まず神具や宝具の全てをこの家の金庫で預かること、うちの身柄もミリィの親父が後見人となることで、解放された。こんなに自由にしてる。おっかしいだろ?」


私は少し考えてから首を傾げる。


「でも…お父様が後見人ならそれくらいは…」


その瞬間。


ビシッ。


クレタの指が、今度は軽くではなく、しっかりと私の額に当たった。


「い、いたいってば!」


「それだよ! なんでおめぇの親父にそんな権限があるってんだよ!?」


私は額を押さえながら、思わず視線を逸らす。


クレタはさらに続ける。


「それなりにいい家みてぇだが、言うて普通の貴族に見える。だが権限がでかすぎんだろ!? これは普通じゃねぇ!」


部屋の空気が少しだけ重くなる。


私はクッションをぎゅっと抱き直し、窓の外へ視線を移した。


水路の光が揺れている。


「そ、そんなこと…ないよ」


そう言うしか、今はなかった。


クレタは不機嫌そうに腕を組み直す。


「ミリィの親父もだが、他のやつも大概怪しい」


「私の家族を怪しまないでよ」


即座に返すと、クレタは視線だけを横に流した。


「……あの執事」


「トレント?」


「あとメイド」


「パティがどうかしたの?」


クレタは首を横に振る。


左右に、はっきりと。


「いや、どうかしてんのはあっちだろ」


「ええー?」


「うちがこの家にきてから毎日、模擬戦やってるが……一度も勝てねぇ」


その言葉に、私は一瞬だけ固まる。


「あー……まぁ……あの2人なら」


納得しかけた、その瞬間。


ビシリ。


また額に指が飛んできた。


「い、いたいっ……もう穴が開くよぉっ!」


思わず両手で額を押さえる。


クレタは呆れた顔のまま続ける。


「そこじゃねぇ。普通のメイドと執事が“うち”と模擬戦やって勝ち続ける方がおかしいだろーが」


「でも、あの2人だし……」


「“あの2人だし”で済ませんな」


私は少しだけ言葉に詰まる。


窓の外では、水路に光が揺れていた。


「装備がないとはいえ、うちは神殿騎士団月光師団師団長だぞ!?」


「元ね…」


その瞬間、クレタの手が一気に伸びる。


視界が揺れるほどの速度で距離を詰め、私の唇を左右から強く、指で挟む様に押さえ込んだ。


「ミリィてめぇ、さっきから調子乗ったことばかり言いやがってよぉ」


耳元近くまで声が落ちてくる。


圧が強い。


「そんな余裕、うちが崩してやろうか?」


次の瞬間、腕ごと体勢を崩され、ソファへ押し戻される。


「んな生意気な口らうちが塞いでやろーかっ!」


言いながら、唇を私の口に近づけてくる。


「んー!んんんんんー!」


その様子を見て、クレタが吹き出す。


「ぶはははっ、本気で焦ってやがんな!?」


なんだ、冗談なんだ。そう思って、一気に身体の力を抜いた、その瞬間だった。


クレタの唇が、私の唇を強引に塞いだ。ぬるりと湿った舌が、隙間をこじ開けて侵入してくる。


「んんんー!! んんんんんーっ!!」


塞がれた口から、抗議のつもりの絶叫が、情けない鼻鳴らしになって漏れた。


必死にジタバタと、クレタの肩をポカポカ叩くけれど、彼女はニヤリと、唇を離さぬまま喉を鳴らして笑う。


冗談にしては、あまりにも、本気すぎるディープキス。


酸欠でクラクラする頭の中で、


クレタは組み伏せていた体勢をふっと解き、距離を取った。


「ちったぁ勉強になっただろうがよ」


軽く肩を回しながら、どこか満足そうに笑う。


私はソファの上で姿勢を整え直し、少しだけ息を吐いた。


「……な...ななななにを...」


「特に意味なんかねぇよ」


クレタはそう言いながら、何事もなかったかのようにメイド服の襟を直す。


その仕草だけ見れば、ただの使用人にしか見えないのが余計に質が悪い。


私は額を押さえつつ、小さく呟いた。


「無意味に変なこと...しないでよ」


「ミリィみてぇに警戒心ねぇやつ見ると、汚してやりたくなんだよぁー」


さらりと言い切る声は冗談に聞こえない。

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