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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第13章ーミリィの旅立ちー
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ミリィ、実家に帰るー

朝の食堂は、焼きたてのパンとスープの香りで満たされていた。


窓から差し込む陽光の中、ミリィは背筋を正したまま席に座っている。その表情はいつも通り落ち着いていたが、どこか妙に改まっていた。


そして、静かに口を開く。


「実家に帰らせていただきます」


向かいでパンをちぎっていたベルが、きょとんと目を瞬かせた。


「突然どうしたの?」


ミリィはカップを置き、小さく息を整える。


「以前から定期的に実家に帰るよう言われてたのですが…ここ1年ほど帰ってませんでしたので」


「あー……」


ベルは納得したように頷いた。


「確かに…色々あったもんね」


この一年を思い返せば、移動、戦闘、騒動、その繰り返しだった。


気づけば季節まで変わっている。


ミリィは淡々と続ける。


「魔王討伐数も先日ので200を越えた事ですし、この機会に」


「そうだね。ゆっくり羽を伸ばしておいでよ」


ベルは自然にそう言って、スープを口に運ぶ。


ミリィは一瞬だけ視線を伏せ、それから小さく微笑んだ。


「ありがとうございます」



そんなわけで、私は今、一人で乗合馬車に揺られていた。


目的地は実家。


途中で最近開通した大陸横断列車へ乗り換える予定になっており、それは少しだけ楽しみでもあった。


列車に乗るのは初めてだからだ。


窓の外を流れていく街道の景色を眺めながら、私は小さく息を吐く。


ベルさんたちと旅をしていると、移動手段など気にする暇もない事が多い。


気付けば目的地へ着いている。


そんな移動ばかりだった。


だからこうして、普通に馬車へ乗り、普通に景色を見ながら移動している時間そのものが、少し新鮮だった。


向かいの席では、商人らしき男性が新聞を読んでいる。


斜め前の老婆は、出発して十分ほどで眠り始めた。


平和だ。


実に平和だった。


……魔王も出ない。


馬車も吹き飛ばない。


御者が悲鳴を上げる事もない。


私は窓の外を見ながら、ぼんやりと思う。


「これが普通なんだ...」



そしていつの間にか馬車が終点の街に着いていた。事件にも事故にも巻き込まれることなく、無事に。


山道を抜けた先に見えてきたロリンザは、いかにも「山間の街」といった景色だった。


急斜面に沿って石造りの建物が並び、細い坂道が複雑に入り組んでいる。


ただし、その空気は昔ながらの静かな山村とは明らかに違っていた。


街の中心部。


巨大な鉄骨駅舎。


そこだけが異様に新しい。


黒鉄の梁が組まれた大屋根の下では、蒸気を吐き上げる列車が停車し、大勢の人間が慌ただしく行き交っている。


荷運び人の怒鳴り声。


汽笛。


蒸気音。


商人たちの値段交渉。


駅前広場は、まるで別の街のような騒がしさだった。


大陸横断路線。


それが開通した事で、ロリンザは一気に物流の中継地へ変わったらしい。


元々は鉱山と林業くらいしか産業のない小さな山街だったそうだが、今では各地の商人や旅人が集まる経由地として急速に拡大している。


実際、街を見渡すだけでも変化は分かりやすかった。


古い石造建築の隣に、突貫工事のような木造宿が建っている。


酒場もやたら多い。


「従業員募集」の札を出した店も目立つ。


駅周辺だけ人口密度がおかしい。


そして、その急発展に街そのものが追いついていない。


道幅は狭く、人混みは多く、荷車は詰まり、怒鳴り声も絶えない。


発展途中特有の雑多さが街全体に漂っていた。


私は馬車を降り、駅舎を見上げる。


白い蒸気が空へ吹き上がっていく。


「……大きいな」


思わず、そんな言葉が漏れた。


ロリンザ駅は、人で溢れていた。


蒸気機関の白煙が天井近くへ広がり、汽笛と金属音が絶え間なく響いている。


私はしばらく駅構内で立ち尽くしていた。


まず、何をどうすればいいのか分からない。


切符確認。


荷物預かり。


乗車口。


路線番号。


案内板。


全部情報量が多すぎる。


「……列車、難易度高いな」


思わず小声が漏れる。


すると近くを通った駅員が、困っている私に気付いたらしい。


「お困りですか?」


「あ、はい。ええと……この列車に乗りたいのですが」


切符を見せると、駅員は慣れた様子で説明してくれた。


何番線へ行けばいいのか。


どの車両か。


荷物棚の使い方。


乗車時間。


おかげで私は何とか迷わずホームまで辿り着く事ができた。


巨大な黒鉄の列車が目の前に停車している。


近くで見ると、本当に大きい。


車輪も、蒸気音も、全部が巨大だった。


「これが……列車」


少し感動してしまう。


しかも私は、乗る前に気になっていた物も購入していた。


駅弁。


駅限定販売らしい。


紙箱に綺麗に料理が詰められており、旅用に食べやすく工夫されている。


非常に合理的だ。


私は窓側の席へ腰を下ろし、膝の上の駅弁を見つめる。


妙にテンションが上がる。


なんだろうこれ。


すごく旅っぽい。


少しだけ箱を開けて中を確認し、また閉じる。


まだ食べない。


列車が動き始めてからだ。


そういうものな気がする。


私はそわそわしながら窓の外を眺める。


周囲の乗客は落ち着いた様子だ。


たぶん皆、列車に慣れている。


私だけが完全に初心者だった。


……でも。


これはかなり楽しい。


汽笛が鳴り響き、列車がゆっくりと動き始める。


最初は重々しく。


だが速度はすぐに上がっていった。


窓の外の景色が、信じられない勢いで流れていく。


「速……っ」


思わず声が漏れる。


馬車とは比較にならない。


しかも驚くほど快適だった。


座席は柔らかく、車内も安定している。


何時間も揺られ続ける乗合馬車より遥かに楽だ。


技術ってすごい。


本当に。


私は窓へ張り付くように景色を眺めていた。


山。


川。


橋。


街。


それらを列車は一直線に駆け抜けていく。


だが。


突然、列車が大きく揺れた。


「っ!?」


一瞬、本気で死を覚悟した。


身体が浮き、周囲からも小さな悲鳴が上がる。


だが列車は何事もなかったかのように走り続ける。


……どうやら普通らしい。


私はゆっくり座席へ戻り、小さく息を吐いた。


「びっくりした……」


心臓がすごい勢いで鳴っている。


でも。


それ以上に楽しかった。


駅弁も美味しい。


景色も楽しい。


列車そのものが面白い。


気分が妙に浮ついているのが自分でも分かる。


これはぜひ帰ったらベルさんにも聞かせたい。


絶対好きだと思う。


たぶん昼のベルさんは目を輝かせる。


そして夜のベルさんは――。


「……嫌がりそう」


あの人、狭い場所と集団行動を嫌うし。


そもそも大人しく席に座っていられる気がしない。


想像したら少し笑ってしまった。


駅を降り立つと、見慣れた長身の女性が人混みの向こうに立っていた。


黒髪を太い三つ編みにまとめ、前髪は綺麗に切り揃えられている。


深い紫の瞳。


オーソドックスなメイド服の上からでも分かる長身と抜群の体格。


足には金属プレート付きのブーツ。


両手には同じく金属プレート付きの鉄甲。


首には銀の鎖。


どう見ても普通のメイドではない。


だが、私にとっては昔から見慣れた姿だった。


「パティ! ただいま!」


声を掛けると、パティはこちらへ歩み寄ってくる。


表情は相変わらず薄い。


だが、その紫の瞳だけは明らかに安心していた。


「お帰りなさいまし。お嬢様」


そして次の瞬間。


ぎゅう。


無言で抱きしめられた。


「むぎゅっ」


苦しい。


「ぱ、パティ、強い強い!」


「申し訳ございません」


謝りながら、あまり力は緩まない。


しかも肩が小刻みに震えている。


……泣いてる…


「もう、大袈裟なんだから」


「お嬢様が魔王討伐へ向かわれる度、私は毎回遺書を覚悟しております」


「そこまで危なくないよ」


「先日のお手紙に“山脈が消えました”と書かれておりましたが」


「それはベルさんです」


「なお悪いです」


パティは真顔のまま即答した。


「どうか今後はもう少し安全な旅路を……」


「私もできれば...そうありたいけど..」


パティに抱きしめられたまま、私はふと視線を横へ向ける。


少し離れた場所。


もう一人、メイド服姿の女性が立っていた。


腕を組み、いかにも不機嫌そうな顔。


黒と金に分かれた髪を後ろでポニーテールにまとめている。


「……クレタ?」


クレタだった。


だが、いつもの白銀鎧姿ではない。


ちゃんとしたメイド服だ。


似合ってはいる。


似合ってはいるのだが。


あのクレタがメイド服を着ている光景の違和感がすごい。


私は思わず吹き出した。


「ふふっ……なにそれ」


するとクレタの眉間に皺が寄る。


「笑ってんじゃねーぞ、ミリィ」


「いやだって、クレタがメイド服……っ」


「うっせぇ。てめぇん家の教育方針だろーが」


不満げに吐き捨てながら、クレタは居心地悪そうに襟元を引っ張る。


どうやら本人も慣れていないらしい。


その姿が余計に面白くて、私はしばらく笑いを止められなかった。


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