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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第12章ー南大陸の強者ー
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事の顛末ー

病院の裏口、その芝生の上に白狛が静かに伏せていた。


戦闘の気配はもうない。ただ風と、遠くの鳥の声だけが残っている。


ときおり小さな物音がすると、耳だけがぴくりと反応する。


そしてまた静寂。


だが次の瞬間、白狛の両耳がピクリと動き、顔を上げた。


裏口の扉が開く。


そこから現れた人影に、白狛の尻尾がゆっくりと揺れた。


立ち上がり、近づく。


「ごめん……やっと歩けるようになったの」


患者服のままの殺だった。


全身に包帯が巻かれ、動くたびにわずかな違和感が見える。それでも歩いている。


いつもの、静かな気配のまま。


白狛の脇に膝をつくと、そのまま首元へ顔を埋めた。


「安心して。回復魔術で治療してもらったから、見た目ほど大した怪我は残ってないの」


白狛が小さく鳴く。


その声は、確認と安堵の中間のようだった。


殺は少しだけ沈黙したあと、ぽつりと呟く。


「……これから……どうしましょう」


白狛が反応するより先に、空気が変わった。


同時に気配がもう一つ。


裏口のドアが再び開く。


そこに立っていたのは、銀髪の少年。


バツの悪そうな顔で、少しだけ視線を逸らしている。


「この気配は……魔王殺し?」


殺の声は静かだった。


ベルは一歩だけ前に出る。


「……話聞いたよ。マリーナをあそこまでやったのは……あんたじゃないんだってな」


言葉は慎重で、どこか申し訳なさが混じっている。


視線が、閉じたままの殺の目元へ向かう。


殺は小さく首を振る。


「気にしないでください。手足を折ったのは間違いなく私……そもそも貴方達を巻き込む形になったのも……私のせいなのですから」


淡々とした声だった。


責めるでもなく、言い訳でもない。ただ事実を並べているだけの声音。


白狛が、その間に静かに一歩だけ前へ出る。


場の空気は、戦闘後とは別の種類の静けさに変わっていった。


殺は少しだけ間を置いてから、静かに問いかけた。


「それを言いに、わざわざ?」


ベルは一度息を吐き、まっすぐ答える。


「謝りたくてさ。怒りに身を任せちまった……リューナの言った通りだ。なっさけねぇ……」


一拍。


「殺、あんたにも申し訳ない事をした。本当にごめん!」


ベルは深く頭を下げた。


芝生の上に落ちる影が、静かに揺れる。


その気配を受けて、殺はわずかに首を傾けるような仕草を見せた。


閉じたままの目の奥で、何かを確かめるように沈黙する。


やがて、小さく息を吐いた。


「魔王殺しとは……もっととんでもない者かと」


わずかに間。


「案外素直なのですね」


その言葉には、皮肉というより、事実を観察しただけの静かな驚きが混じっている。


ベルは顔を上げる。


「俺は俺だよ。このまんまだ」


短い返答。


飾りのない声だった。


殺はその言葉を受けたまま、ゆっくりと沈黙する。


白狛だけが、二人の間で空気の変化を感じ取るように、静かに尾を揺らしていた。


ベルは芝生の上に立ったまま、少しだけ視線を上げた。


「あんたら、これからどうすんだ?」


白狛の横で、殺がわずかに眉を寄せる。


「どうしたら……良いかと、白狛にも聞いていたところです」


間。


「もう……国には戻れませんし……行く当てもなく……」


淡々とした言葉の中に、ほんの少しだけ“空白”が混じっていた。


ベルは短く息を吐く。


「そっか……ま、本当にどうにもならなそうなら言ってくれ。お詫びと言っちゃなんだが……なんとかしてやるから」


その言葉に、殺は小さく笑った。


目は閉じたまま、それでも確かに柔らかい気配が乗る。


「……お優しいんですね」


ベルは肩をすくめる。


「そうだろ?知らなかったのか?」


軽く笑う。


空気がほんの少しだけ軽くなる。


ベルは裏口のドアへ手をかけた。


「そんじゃ、俺はマリーナのとこに行くから……」


その一言で、殺の表情がわずかに静まり、うつむく。


ドアをくぐようとしたベルが、ふと足を止める。


「そういや、殺ってのは役職名なんだろ?」


殺の顔が、わずかに上がる。


「本当の名前、教えてくれよ」


沈黙。


白狛が小さく耳を動かす。


殺はゆっくりと息を吸い、そして微笑んだ。


「私の本当の名は――」


その瞬間、ベルの目が少しだけ見開かれる。


「……マジかよ?」


殺は静かに、確かめるように頷いた。



夜の病院内は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。


廊下のベンチには、ミリィが小さくうつむいたまま座っている。ランプの灯りがその横顔だけを淡く照らしていた。


そこへ、足音が一つ近づく。


マークスだった。


「……嬢ちゃん」


低い声に、ミリィがゆっくり顔を上げる。


「マークスさん……お疲れ様でした」


一度だけ頷くマークス。その視線はすぐに本題へと移る。


「……ベルちゃんは?」


ミリィは少しだけ間を置いてから、静かに目を伏せた。


「……マリーナさんのところです……二人きりにしてあげたくて」


その言葉で、マークスはすべてを察したように視線を廊下の窓へと向ける。


窓の外には、澄んだ夜空が広がっていた。


雲ひとつない、静かな月夜。


「今夜は……こんなに綺麗な月夜だと言うのに……」


ぽつりと漏れた声は、どこか遠い。


ミリィも同じ空を見上げ、小さく息を吐く。


「はい……二人にも見せてあげたかった……ですね」


月光だけが、静かに病院の廊下を満たしていた。



病室の中は静かだった。機械の規則的な呼吸音だけが、時間の流れを淡く刻んでいる。


ベッドに腰掛けたベルの膝の上には、マリーナが横向きに身を預けるようにして寝ていた。力の抜けた身体は軽く、まるで最初からそこに収まる場所が決まっていたかのように自然に落ち着いている。


両手足にはまだギプスが残っているが、それ以外の包帯はすでに外されていた。戦いの痕跡を覆っていた布は消え、代わりに残っているのは、ほとんど修復された皮膚だけだ。


顔にあった細かな傷も、ほとんど分からないほどに薄れている。


警察本部が手配した特別医療班による再生魔術。その介入によって、損傷は急速に修復され、肉体は戦闘前に近い状態まで戻されていた。


ベルはその頬にそっと手を伸ばす。


指先が触れた瞬間、マリーナの冷たい肌に、わずかにベルの熱が伝わる。


「よかったな……顔の傷、ほとんど消えたみたいで」


静かな声だった。


撫でる手つきは慎重で、壊れ物を扱うような優しさを含んでいる。


ベルはマリーナの頬を撫でたまま、視線を落とすように俯いた。


指先がそっと、まつ毛の影に触れるか触れないかの距離で止まる。


「睫毛も、こんなに長かったんだな。こんなにゆっくり近くで見たことなかったから……今まで気付かなかったぜ」


声は静かだったが、わずかに震えている。


顔は俯いたまま、目元は見えない。言葉だけが、やけに丁寧に落ちていく。


病室の静けさの中で、その震えだけが小さく浮いていた。


ベルはマリーナの頬に触れていた手を、少しだけゆっくりと動かす。


視線は依然として俯いたまま、顔は見えない。言葉だけが、慎重に選ばれていく。


「唇も柔らかそうで何よりだ……鼻筋もまっすぐで……なんと言うか、こう……彫刻、みたいに綺麗だ」


一つ一つ確かめるように言葉を落とすたびに、声は少しずつ途切れがちになる。


辿々しく、けれど誤魔化さずに。


震えは隠しきれないまま、そのまま病室の静けさに溶けていった。


ベルはさらに言葉を探すように視線を泳がせる。


「それに、やっぱマリーナと言えば胸だよな。俺ってさ、おっぱい好きだろ?マリーナのは……なんかもう、最強というか……初めて見た時、とにかくすげぇなって思ったんだよな」


ベルはマリーナの頬に触れていた手を止めたまま、しばらく沈黙した。


病室の機械音だけが規則正しく続く中、その静けさに耐えるように、ゆっくりと唇を噛みしめる。


「マリーナ……許してくれ……俺は……俺はもう、限界だ」


絞り出すような声だった。


俯いたままの顔には表情が見えない。ただ、握った手の力だけがわずかに強くなり、その指先が小さく震えていた。


病室の静けさを破るように、声が落ちた。


「駄目だ。もっと褒め称えろ」


ベルの動きが一瞬止まる。


俯いたまま、視線だけがわずかに上がる。



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