マークスの戦いー
マークス――赤毛の狼男が、大きく両手を広げる。
胸を張り、喉の奥から咆哮を解き放つ。
それはただの声ではない。
空気を震わせ、大地を揺らすような、圧そのもの。
周囲の空気がびりつき、砂がわずかに跳ねる。
その場にいる全てへ叩きつけるような威圧。
そして――踏み出す。
次の瞬間には、もういない。
地面を蹴った衝撃だけが遅れて伝わる。
一気に距離を詰め、閉ざされた門を軽々と越える。
鉄格子の上を、影のように飛び越え――
そのまま、敵の懐へと踏み込んだ。
門を越えた勢いを殺さず、マークスがそのまま黒い男へと襲いかかる。
両腕を大きく振りかぶり――
叩きつけるように振り下ろす。
空気が裂ける音。
だが黒い男は一歩も引かない。
両手の刀を交差させ、その一撃を真正面から受け止める。
激突。
鈍い衝撃音が響き、足元の地面がひび割れる。
衝突した位置を中心に、空気が弾けた。
衝突の余波が消えるよりも早く――
マークスの脚が閃く。
間髪入れず放たれた蹴りが、横薙ぎに黒い男を捉える。
重い衝撃音。
男の身体が、そのまま弾き飛ばされる。
「ぐぬぅっ…」
地面を抉りながら滑り、体勢を崩す。
その一撃だけで、明らかに均衡が崩れた。
黒い男が弾き飛ばされた、その隙を逃さない。
白い装束の女が、地を蹴って跳びかかる。
空中で指が走る。
呪符が数枚、放たれる。
同時に印を結ぶ。
札が炎へと変わる。
螺旋を描きながら、渦を巻いてマークスへと襲いかかる。
だが――
マークスは止まらない。
片手を振るう。
迫る炎を、力任せに薙ぎ払う。
火の軌跡が弾け、散る。
次の瞬間。
もう片方の腕が、女を捉える。
逃げる間もない。
拳が叩き込まれ、そのまま弾き飛ばされる。
空中で軌道を乱し、地面へと叩きつけられた。
白い装束の女の身体が地面に叩きつけられる。
受け身も間に合わない。
衝撃がそのまま全身に走る。
「ああっ…」
短く、苦悶の声が漏れる。
だが止まらない。
マークスはすでに次へと動いていた。
赤い甲冑の男が、双槍を唸らせるように回転させる。
構え。
そして次の瞬間――
突きの連打。
空気を裂く速度で繰り出される無数の刺突が、マークスへと降り注ぐ。
マークスは動かない。
両腕を交差させ、そのまま受ける。
肉を裂く音。
腕が次々と貫かれ、穴だらけになる。
だが――
次の瞬間には、傷が塞がっていく。
肉が蠢き、再生する。
赤い男の目が見開かれる。
「再生だと!?」
その一瞬の隙。
マークスの拳が振り上げられる。
真上から――叩きつける。
赤い男は反射的に槍を交差させ、受け止める。
だが衝撃は止まらない。
そのまま押し潰されるように、両足が地面へ沈む。
膝まで、深く。
三人を立て続けに叩き伏せたマークスが、その場で大きく胸を張る。
そして――
再び咆哮を放つ。
空気が震える。
鼓膜を叩くような重い響きが、周囲へと広がる。
地面の砂が跳ね、木々の葉がざわめく。
勝利を誇示するような、圧倒的な声。
だがその咆哮には、まだ収まらない“何か”が混じっていた。
暴力の余熱が、消えていない。
叩き伏せられたはずの三人が、ゆっくりと立ち上がる。
土を払うように、何事もなかったかのように。
黒い男が刀を握り直す。
白い女の周囲に、再び札が浮かび上がる。
赤い男も、沈んだ足を引き抜き、双槍を構え直す。
それぞれが、まだ戦意を失っていない。
それを見た瞬間――
マークスが再び両手を振り上げる。
叩き潰すための構え。
迷いも、加減もない。
白い装束の女が、間髪入れずに呪符を放つ。
空間を埋め尽くすように展開された札が、次々と術へ変わりマークスへ襲いかかる。
だが――
マークスは止まらない。
踏み込みながら、脚を振るう。
蹴りでまとめて薙ぎ払い、呪符を弾き散らす。
焼けた紙片が宙に舞う。
その隙を縫うように、黒い男が踏み込む。
二刀が閃く。
斬撃が、マークスの身体を裂く。
だが構わない。
斬られながら、そのまま拳を叩き返す。
鈍い音と共に、黒い男の体勢が揺れる。
さらに――
横から、赤い男の槍が突き込まれる。
深く抉るように食い込む。
肉が裂け、血が散る。
それでも。
マークスは脚を振り抜く。
そのまま、蹴り返す。
衝撃が走り、赤い男の身体が大きく弾かれる。
止まらない。
受けても、斬られても、貫かれても。
ただ前へ。
暴力そのもののように、マークスは攻め続ける。
少し離れた位置から、その戦いを見据えるベル。
「マークスさん…強いじゃない」
思わず漏れた声。
白狛も低く、小さく唸る。
ベルは視線を前に向けたまま言う。
「白狛、私を守っててね」
白狛がわずかに身を低くする。
ベルは右手を前へ。
指先をまっすぐ伸ばし、左手を添える。
息を整える。
「行くよ。アカリ」
その指先に、光が集まる。
細く、鋭く収束していく。
そして――
次の瞬間。
光の線が、一直線に放たれた。
音もなく撃ち出された光線が、一直線に白い女を貫く。
肩を正確に射抜く一撃。
「あぐっ…」
短い苦鳴。
右肩を穿たれた女の身体が揺らぎ、その場に膝をつく。
展開していた呪符が力を失い、ぱらぱらと地に落ちた。
白い女が地面に叩きつけられる。
次の瞬間、マークスの足が振り下ろされる。
容赦なく、踏みつける。
「ぐっ…ぁあっ…!」
押し潰されるような声が漏れる。
地面が鈍く沈み、女の身体がさらにめり込んだ。
踏みつけられた白い女へ、視線が走る。
赤い男の顔が歪む。
「ナギ!」
怒号が響く。
次の瞬間、双槍を握る手に力が込もる。
空気が一気に張り詰めた。
駆け出そうとした赤い男の身体が、不自然に止まる。
足が動かない。
視線を落とした瞬間――
足元から、糸のように細い影が無数に伸びていた。
それが絡みつくように、脚を、胴を、拘束している。
「なっなんだこれは!?」
足元に気を取られる、その一瞬。
頭上に影が差す。
マークスの拳が、再び振り下ろされる。
赤い男が反応する間もなく――
拳が直撃する。
鈍い衝撃音。
そのまま、叩き潰されるように地面へ沈む。
踏ん張る余地すらない。
衝撃が逃げ場を失い、真下へと抜ける。
地面がひび割れ、赤い甲冑ごと深く埋め込まれた。
だが、その直後。
マークスの口から血が溢れる。
「ガッ……!」
腹部から突き出ているのは、赤い男の槍。
沈みながらも放たれた一撃が、確かに貫いていた。
血が滴り落ちる。
だがマークスは止まらない。
そのまま、自ら槍を掴む。
力任せに――引き抜く。
肉が裂け、鮮血が一気に溢れ出す。
傷口が大きく開く。
それでも、マークスは顔を上げた。
まだ、戦意は消えていない。
マークスの身体が、ゆっくりと再生していく。
だが――遅い。
肉の繋がりが鈍い。
血の流れが止まらない。
ベルの目が見開かれる。
「…再生が…遅くなってる?限界が近いってこと…?」
頬を、一筋の汗が伝う。
その瞬間――
白狛が地面を蹴った。
一直線に駆け出す。
「あっ…ちょっと、待って!」
ベルもすぐに後を追う。
だが、間に合わない。
赤い男を殴りつけた体勢のまま、動かず再生を続けるマークス。
その背後に――
黒い男が迫る。
音もなく踏み込み、二刀を交差させる。
一気に振り抜く。
「スメラギ流剣術ー210(NI-TEN」
同時に振り下ろされた二刀。
その軌跡が交差し、十字の斬撃となって飛ぶ。
一直線に――マークスの背へ。
深く、抉るように切り裂く。
「ガァァッ……!」
たまらず、咆哮に近い声が漏れる。
血が弾け、身体が前へ揺れる。
だが終わらない。
その背後から、黒い男がさらに踏み込む。
二刀を左右へ振り上げる。
跳躍。
一気に間合いを詰める。
左右から挟み込むように振り下ろされる刃。
狙いは――首。
逃げ場はない。
その瞬間――
黒い男の背後から、白い影が跳びかかる。
白狛。
迷いなく、その首筋へと喰らいつく。
「な…なにぃっ!?」
体勢が大きく崩れる。
踏ん張りきれない。
その隙を――逃さない。
次の瞬間、光が走る。
一直線の光線が、男の右足を貫いた。
貫通。
膝から力が抜け、そのまま崩れ落ちる。
離れた場所。
ベルは指先を向けたまま、息を荒げていた。
その顔を、一筋の鼻血が伝う。
「…使い、過ぎたかも…」
力が抜ける。
ふらりと身体が揺れ、そのまま地面に両手をつく。
視界がわずかに揺れる。
その間にも――
黒い男は白狛に押さえ込まれ、地面へと伏せられていた。




