病院での防衛戦ー
裏口へ回り込むと、昼の光が強く差し込んでいた。
そこには、また一人。
黒ずくめのKAGEが、地面に押さえつけられている。
その上に、白狛。
低く唸りながら、完全に動きを封じていた。
ベルがその光景を見て、小さく息を吐く。
「これは私の感想なんだけど..」
マークスが苦笑まじりに言葉を継ぐ。
「白狛でどうにかなる相手なら、心配する必要ないって言うんだろ?」
ベルが頷く。
「でも人数にもよるよね」
マークスは周囲へ視線を巡らせる。
「あと組織的な連携を取られた時にどうなるか」
その時だった。
白狛が、押さえ込んでいたKAGEの頭に噛みつく。
鈍い音。
そして遅れて上がる悲鳴。
ベルが思わず顔をしかめる。
「なんか…なんとでもなりそうじゃない?」
マークスも肩の力を抜く。
「なんかな。気合い入れて来た割にな」
昼の裏口に、少しだけ気の抜けた空気が流れた。
マークスが短く合図を送ると、待機していた部下たちがすぐに動いた。
黒ずくめのKAGEは手際よく拘束され、そのまま連れて行かれる。
その様子を見届けてから、ベルはゆっくりとしゃがみ込んだ。
白狛の頭に、そっと手を置く。
その身体にはいくつもの包帯が巻かれ、応急処置の跡が痛々しく残っていた。
ベルは少しだけ目を細める。
「あなたのご主人様を守りたいの。手伝ってくれる?」
白狛は一瞬だけベルを見つめる。
そして、静かに目を細めると――
その手のひらを、舐めた。
ベルの肩から力が抜ける。
「…ありがと」
マークスが後ろから声をかける。
「それじゃ、行こう」
ベルは立ち上がり、頷く。
白狛もすぐに身を翻し、2人の横に並ぶ。
そして――
2人と1匹は、そのまま動き出した。
そこからの動きは迅速だった。
白狛が匂いを辿り、潜んでいる気配を見つけ出す。
ベルが即座に位置を読み取り、短く指示を飛ばす。
マークスが迷いなく踏み込み、確実に制圧する。
そして待機していた部下たちが現れ、手際よく拘束し、連行していく。
その一連の流れが、まるで決まった手順のように繰り返されていった。
無駄がない。
迷いもない。
ただ、淡々と数だけが増えていく。
――一時間後。
確保されたKAGEは、実に五人。
いずれも、病院の敷地内に潜んでいた者たちだった。
ベルは周囲を見回しながら、小さく呟く。
「なんか…順調すぎて怖いんだけど」
マークスは視線を落とし、少しだけ考えるように間を置いた。
「あの殺って強いんだろ?それを始末するための刺客が、こんなにお手軽なはずがない」
ベルの表情がわずかに引き締まる。
「それじゃ…」
マークスが短く頷く。
「あぁ、きっと本命は別にいる」
その一言で、空気が変わる。
さっきまでの軽さが消え、張り詰めた緊張だけが残った。
やがて、病院の裏門近くで白狛がぴたりと足を止めた。
低く唸り、地面を踏みしめる。
ベルとマークスも同時に足を止める。
「何?急にどうしたの?」
ベルが声を落とす。
マークスは視線を細め、前方を見据えた。
「見なよ。…どうやら本命のご登場だ」
その言葉に、ベルも視線を辿る。
閉ざされた裏門。
鉄格子の向こう側に――人影。
一人。
いや、三人。
先頭に立つのは、殺とよく似た着物姿の男。
その背後に、同じような装束の男と女が並ぶ。
静かに立っているだけなのに、空気が重く沈む。
白狛の唸りが、わずかに強くなった。
マークスは迷いなく右手に警棒を抜き、左手に銃を構える。
その動きに、ベルが思わず声を上げる。
「え?いきなり?」
マークスは視線を外さず、低く言い切る。
「…どう見ても敵だよ。初っ端から全力で行こう」
ベルは一瞬だけ戸惑う。
「ちょ、いつもと違いすぎない?」
その言葉に、マークスがふっと笑う。
「ベルちゃん。俺だってさー怒る時は怒るんだよ!」
次の瞬間――
怒号と共に、地面を蹴る。
一直線に距離を詰めるマークス。
白狛も低く唸りながら、その後を追う。
ベルも両手の指輪を確かめ、すぐに踏み込む。
「先手必勝だ!」
その声が、開戦の合図になった。
マークスは駆けながら、迷いなく銃を構えた。
引き金を引く。
放たれた弾丸は、鉄格子の隙間を抜け、一直線に先頭の男へと向かう。
だが――
男の手がわずかに動く。
腰の刀が抜かれ、一閃。
弾丸が弾かれる。
マークスの舌打ちが短く響く。
止まらない。
そのままさらに五発。
連続して撃ち込む。
弾丸は全て、同じ男へと収束する。
だが――
すべて、弾かれる。
刃が閃くたびに、弾丸は軌道を失い、弾き飛ばされる。
一歩も動かずに、それをやってのける。
マークスの表情が引き締まる。
「ベルちゃん!白いの!気をつけろ!強いぞ!」
鉄格子の向こう。
三人は、動かない。
弾丸を弾いた男が、ゆっくりと刀を収める。
黒い着流し。二刀。
静かに口を開く。
「……騒がしいな」
その声に応えるように、後ろの二人も一歩前へ出る。
白い忍び装束の女。
風もないのに、札がわずかに揺れる。
そしてもう一人――赤い甲冑の男。
両手に構えた双槍が、地面に触れたまま重く鳴る。
マークスが足を止める。
視線が三人を捉える。
「なるほど...さすが刺客と言うだけあって、雑魚とは違うって感じだな」
低く、確信するように呟く。
「そうね...あの黒ずくめ達とは違う」
ベルもすぐ隣に並び、指輪に触れる。
白狛は低く唸り、牙を剥く。
黒の男が、わずかに目を細めた。
「御刀の匂いがすると思えば……随分と手荒い歓迎だ」
白の女が静かに視線を巡らせる。
「……標的は中にいるのでしょう?」
赤の男は言葉を発さない。
ただ一歩、踏み出す。
その一歩で、空気が重く沈む。
5人と1匹が、門を挟んで対峙する。
両者の間に、明確な“殺意”が立ち上がった。
マークスは一歩前に出る。
昼の光の中、まっすぐに三人を見据え、声を張る。
「大陸警察地方特別捜査官警部補マクスウェル・ディン・ルイスだ!お前たち3人を拘束する!」
その宣言に、黒い着流しの男がわずかに口元を歪める。
「大陸警察…あの女と同じ、か」
その一言に、マークスの視線が鋭くなる。
「それは…マリーナ警部のことか…?」
白い装束の女が、淡々と応じる。
「えぇ、そんな名前でしたね。たしか」
続いて、赤い甲冑の男が低く笑う。
「あの、何をしても反応のない女のことか、あれはーつまらなかったぜ」
空気が凍る。
マークスはゆっくりと息を吐く。
「…どうやら当たりみたいだ」
その声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。
マークスは一瞬だけ視線を落とし、ゆっくりと銃と警棒をホルスターに収めた。
そしてそのまま、ベルトごと外す。
重たい音を立てて地面に落ちた。
ベルが戸惑いを隠せず声をかける。
「マークスさん…?」
マークスは前を見たまま、静かに言う。
「ベルちゃん、白いの。わがまま言ってもいいかな?」
ベルと白狛が、その横顔を見る。
いつもの軽さはない。
ただ、真っ直ぐな覚悟だけがあった。
マークスは一歩前に出る。
「ここは俺にやらせて欲しいんだ」
ベルは一瞬だけ考え、それからすぐに口を開く。
「いいけど…フォローはさせてくれる?」
マークスは迷いなく頷く。
「もちろん。それはお願いしたいくらいだ」
その返答に、ベルは小さく笑う。
「なら…いいよ!任せる!」
マークスも短く応じる。
「おう!」
そのやり取りを合図に、空気が一段引き締まる。
マークスはゆっくりと手を上げ、自らの首元に触れる。
黒い首輪。
鋭くはない鋲が並んだそれに、指をかける。
「ベルちゃん、白いの。俺には近付くな。この先は見境がなくなるからっ!」
その声は、これまでにないほど強く、低かった。
ベルが息を呑む。
白狛も唸りを強める。
だがマークスは振り返らない。
そのまま――力任せに引きちぎる。
革が裂ける音。
拘束が外れる。
次の瞬間。
マークスの身体が大きく震えた。
骨が軋み、筋肉が膨れ上がる。
呼吸が荒くなり、喉の奥から獣のような低い唸りが漏れる。
赤い髪が逆立つように伸び、全身を覆うように毛へと変わっていく。
腕は長く、鋭く。
指先は裂けるように伸び、硬質な爪へと変わる。
背がさらに高くなり、シルエットが人のものから逸脱していく。
喉の奥から漏れるのは、言葉ではなく――低く唸る獣の声。
顔が前へと突き出し、牙が覗く。
瞳が細く、鋭く収束する。
赤毛の人狼。
その姿が、そこに立っていた。
足元の地面がわずかに沈む。
呼吸のたびに、熱い息が白く揺れる。
もはやそこにいるのは、先ほどまでの“マークス”ではない。
ただ、抑えを失った獣だけが、敵を見据えていた。




