刺客の影ー
マークスは殺を見下ろしたまま、ゆっくりと腰のホルスターへ手を伸ばす。
拳銃が抜かれる音は、やけに静かだった。
そのまま、銃口が殺の額に押し付けられる。
空気が一気に張り詰める。
「マークス!ダメ!」
ベルの声が鋭く飛ぶ。
だがマークスは視線を外さない。
「こいつは…マリーナ警部の両手足を折って、散々痛めつけた上で、、、公園の木から吊るしたんだっ!魔王殺しを誘い出すためだけにっ!」
声が震えている。
怒りと、抑え込みきれない感情の揺れ。
左の拳が強く握られ、血が滲む。
「両手にナイフを突き刺してな!」
ベルの表情が一瞬だけ固まる。
「..、そんな…だからあんな状態に…」
マークスは息を詰めるように目を閉じかけ、それでも踏みとどまる。
「俺が警察でなければ…なければっ…」
拳銃を握る手が一瞬だけ震える。
そして、ゆっくりと銃口が下ろされる。
大きく息を吐く。
「話は後で…きっちり聞かせてもらうからな」
殺に向けられた視線は、まだ冷え切ったままだった。
殺は、息を振り絞るように口を開いた。
「ま…待ってください!…確かに両手足は折りました…折りましたが…それ以上は、何もしていません」
絞り出すような声。
痛みと疲弊の中、それでも事実だけを並べるような言葉だった。
マークスの表情が歪む。
「嘘をつくなぁっ!」
一歩、踏み出そうとした瞬間。
ベルが間に割り込むように立ち塞がる。
両手を広げ、真正面から受け止める構え。
「待って!」
声は強い。
だが必死さも混じっている。
マークスの視線がベルへ向く。
怒りのまま押し潰しそうな気配。
それでもベルは一歩も引かないまま、真っ直ぐに見返していた。
殺は息を整えながら、途切れ途切れに続ける。
「もしかすると…マリーナ様を倒した後、私はあの病院を見張れる場所を探すため、KAGEにマリーナ様の通報や応急処置を任せたので…」
ベルが眉をひそめる。
「KAGE…?」
殺は静かに頷く。
「我が国の…諜報活動や暗部の仕事をする者達の総称です。そう言えばしばらく姿を見ていませんが…もしや」
その言葉に、マークスの視線が再び鋭くなる。
「それじゃ…警部をあれだけの目に遭われせたのは…お前じゃない?」
殺は一瞬だけ言葉を選び、それから正直に答える。
「とは言え…魔王殺しを焚き付けるためとは言え、手足を折ったのは私ですので…」
空気がさらに重くなる。
マークスの拳が再び強く握られかけた、その瞬間――
ベルが間に入る。
「待って!今はそれよりも、刺客の対処が先でしょう?」
その声で、張り詰めた空気がわずかに揺れた。
マークスは短く息を吐き、視線を病院の方角へ向けた。
「わかった。その辺りの話は後で聞かせてもらう」
ベルがすぐに切り返す。
「現状は?」
マークスは頷く。
「既に病院内の職員や患者は避難済みで、本部隊員が配置に着いてる」
ベルは小さく息を吸う。
「ならあとは…」
マークスが言葉を引き取る。
「待ち構えるだけだ」
その場に一瞬、静寂が落ちる。
殺はゆっくりと身体を起こそうとする。
「…やはり私も…戦います」
即座にマークスが首を振る。
「ダメだ!お前は重要参考人だ。何かあったら俺が警部に…怒られるだろ」
最後の一言は、少しだけ声が詰まった。
ベルは視線を殺へ向ける。
「…私も戦うわ。ミリィは?」
マークスは少しだけ表情を緩める。
「あの子は…ずっと警部の側についてくれてるよ」
その答えに、ベルは小さく目を伏せる。
「そっか…大好きだったもんね。マリーナさんのこと」
マークスは病室の扉を開け放ち、少し間を置いてから戻ってくる。
両手には手錠をかけられた黒ずくめの男。
覆面姿のまま、明らかに抵抗した形跡がある。
マークスはそれを軽く引きずるようにして前へ出す。
「こいつらみたいなやつってこと?」
殺の視線が、その男に向いた瞬間。
わずかに固まる。
「…あ」
次の言葉がすぐに続く。
「はい。そうです…それですが…どうして?」
ベルも思わず男を見て目を細める。
マークスは肩をすくめる。
マークスは肩をすくめながら、黒ずくめの男を軽く押さえ直す。
「いやなんか、お前の連れてるでかい犬ー」
殺がすぐに反応する。
「白狛?」
「白狛って言うのか?あいつを病院の裏口に縛っておいたら、なんか鳴きわめいてるから行ってみたら…こいつを押さえ込んでたから、とりあえず捕まえてみた」
ベルが思わず感心したように息を漏らす。
「…やるじゃん。白狛」
殺は小さく目を伏せる。
「…あの子…嫌いなんですよね。KAGEのこと」
ベルが静かに呟く。
「…忠実なのね」
その言葉と同時に、殺の視線が黒ずくめの男へ向く。
空気が少しだけ変わる。
「答えなさい。何人来ています?」
しかし男は沈黙を貫く。
呼吸の気配だけが、わずかに揺れる。
マークスが軽く舌打ちする。
「ダメだよ。こいつ口割らないんだ」
殺はすぐに視線を戻し、淡々と答える。
「…それもそうですね。彼らがそれを話すわけがない」
殺は黒ずくめの男をまっすぐ見たまま、静かに問いを落とす。
「私への伝言は?」
KAGEは数秒だけ沈黙し、それから淡々と口を開く。
「…御刀、殺。勅命の失敗により、自害せよ」
殺は一度だけ目を閉じる。
そして、短く息を吐いた。
「…なるほど…わかりました」
その反応に、ベルの声が即座に跳ねる。
「ちょっと!?」
だが殺は動じない。
「いいのです。確かにそれが1番早い」
視線をKAGEへ戻す。
「私が自害すれば、引くのですね?」
KAGEは感情を見せずに答える。
「妖刀と白狛、そして御刀の遺体を持ち帰れるなら、すぐにでも」
その言葉に、殺は小さく頷く。
そして、マークスとベルへ視線を向ける。
「そういうわけですので…すぐに退散させます。私の刀はどこですか?」
ベルの表情が一気に崩れる。
「ちょっと…ちょっと待ちなさいよ!」
殺はその場で動きを止める。
ベルの声が、部屋の空気を切り裂いた。
「何勝手なこと言ってるの?自害なんてさせないわ」
マークスも一歩前に出る。
「そうだ。大陸警察のいる前でそんなことさせられるか」
殺は視線を落としたまま、静かに言う。
「しかし…そうしないと」
その言葉を最後まで言わせなかった。
ベルの声が一段と強くなる。
「もうあったまきた!あなたもあなた達も、自分勝手すぎるのよ!」
指が、殺とKAGEへ向けられる。
「さんざん人のこと振り回しておいて…自害します?ふざけんじゃないわよっ!」
その言葉に、部屋の空気が一瞬止まる。
殺はゆっくりと顔を上げる。
マークスは言葉を探しながら、ベルと殺の間を見ていた。
ベルは勢いのまま言い切る。
「いーわよ、やってやろうじゃない。マークスさん!」
マークスも即座に頷く。
「あぁ」
ベルは拳を握り直し、視線を前へ向ける。
「ここまで辿り着いてる以上、待ってなんていられないわ!打って出ましょう!」
マークスは短く息を吐き、すぐに判断を下す。
「よしきた!病院の警備は残して、俺とベル、それから…白狛で行こう」
ベルが力強く頷く。
そのやり取りを見ていた殺は、少しだけ目を伏せる。
そして静かに言葉を落とす。
「本当に悪いと思ってるなら、ここで寝てなさい。いいわね?」
その声には、拒否を許さない確かさがあった。




