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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第12章ー南大陸の強者ー
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最期の誕生日ー

知らせを聞いたベルとミリィが病院に駆けつけると、廊下のベンチには項垂れて座るマークスの姿だけがあった。


石造りの壁に取り付けられた魔導ランプが、淡い光を揺らしながら廊下を照らしている。その光だけが、やけに静かだった。


マークスが二人の足音に気付き、ゆっくりと顔を上げた。その表情を見た瞬間、ベルとミリィの血の気が引く。


「…マリーナさんの容態は..?」


一拍の沈黙。


マークスは言葉を選ぶようにして、ただ小さく首を左右に振った。


それだけだった。


「そんな…っ」


ミリィが両手で口元を押さえる。


ベルが一歩踏み出し、マークスの肩を掴む。力が入りすぎて、指先がわずかに震えていた。


「…嘘、でしょ?」


返答はない。


夕方の薄暗い廊下に、ランプの光が、三人の影をゆっくりと揺らしていた。


「...安心してくれ。。警部はまだ...生きてる」


その言葉に、ベルとミリィの肩から一気に力が抜ける。張り詰めていた呼吸が、ようやくほどけるように落ちた。


「だけど...あんなのは...」


言葉の続きは、うまく形にならない。


ベルとミリィは一瞬だけ視線を交わし、無言で頷く。


そしてそのまま、廊下を駆け出す。


「ま、待て!見ない方が...!」


制止の声が背後から飛ぶが、それより早くベルが扉に手をかける。


重い病室の扉が開く。


中には、医師と思われる初老の男と看護師が二人。慌ただしく魔導処置の残滓を片付けている。


そして、その奥。


白い布の上に横たわるマリーナの姿があった。


医師と看護師が二人を止めようと一歩踏み出すが、ベルとミリィはその制止を振り切るように進む。


ベッドの前にたどり着いた瞬間、二人の足が止まる。


次の瞬間、その場に崩れ落ちた。


ベッドに横たわるマリーナは全身を包帯に巻かれ、あらゆる場所から血が滲んでいた。包帯の隙間から覗く顔は酷く腫れ上がり、原形を留めるのがやっとの状態だった。


「…君、気持ちはわかるが、出て行ってくれないか。ようやく呼吸が落ち着いたとこなんだ」


ベルはその場にへたり込んだまま、視線だけがマリーナから離れない。


「先生…彼女は…」


医師はため息を吐く。


「両手と両足の複雑骨折、他にも全身の骨折、打撲。内臓に大きな損傷はないが…とにかく酷いあり様だよ。おまけに両手の甲も大きく裂けている。体力も消耗しすぎて回復魔術も受け付けない。せめてもう少し体力があれば....」


ミリィが息を呑む。


「そんな…マリーナ、さん」


「…命は、命には問題ないんですよね?」


一瞬の沈黙


「わからない。こうも全身にダメージがあると、ショック死するケースもあるから」


ベルの目に涙が滲む。


「…どうして…こんなことに…」


背後から低い声が落ちる。項垂れていたマークスが顔を上げる。


「奴だよ。あの…殺って女。目撃者がいたんだ…」


空気が止まる。


ベルはゆっくりと振り返った。


「私の…せいだ…」


ベルの瞳から涙があふれ、頬を伝って床へ落ちていく。


ミリィはすでに抑えきれず、肩を震わせながら声を上げて泣いていた。


「違う…そうじゃないよ」


項垂れていたマークスが顔を上げる。声は掠れている。


「違わないっ!わた…私がマリーナさんに相談しなければ…」


言葉が途切れ、感情が崩れる。


ベルはその場に両手を着き、床に縋るようにして泣いた。


その時、ざわりとベルの身体が揺れた。空気が一瞬だけ歪み、感情の圧がそのまま質量を持つように場へ滲み出す。


それを察したミリィが慌てて声を上げる。


「すみません!みなさん…部屋を出てください!」


医師と看護師、それにマークスが驚いたまま動けずにいるのを、ミリィが強引に手を引き、押し、部屋の外へと追い出していく。


最後に後ろ手で扉が閉まった。


静寂。


その中に残ったベルは、両手を床についたまま、しばらく動かなかった。


肩がわずかに震えている。それは悲しみではなく、抑え込まれた怒りの揺れだった。


「夜に…なったんですね」


ゆっくりと顔を上げる。


「あぁ…どうやらそうみてぇだ」


その声は普段の彼に比べても、低く、重い。噛み殺した感情がそのまま声帯を重くしているだけだった。


その音に、ミリィの肩が小さく跳ねる。


ベルがゆっくりと立ち上がり、ベッドに横たわるマリーナを見下ろす。


「なんで…こんなことになったんだ…」


ミリィが言葉を探すように唇を開きかける。


「…そ、それは…」


ベルは小さく首を振る。


「いい。言わなくてもなんとなくわかってる」


その一言で、ミリィは口を閉じた。


病室の空気がさらに重く沈む。


ベルはそっと身をかがめると、壊れ物に触れるような手つきで、包帯だらけのマリーナの頬に触れた。わずかに熱の残る感触が指先に伝わる。


「すまねぇ…やっぱ昨日、俺が行くべきだった」


ミリィがベルの背中を見つめながら、声を絞り出す。


「そんな風に…言わないでください。それは戦ったマリーナさんに…失礼です」


その言葉に、ベルは振り返らないまま短く息を吐く。


「そうだな…悪ぃ。ミリィ…マリーナ」


静かな謝罪が落ちた、その瞬間だった。


マリーナの唇がわずかに震える。


包帯の隙間から覗く腫れ上がった瞳が、かすかに揺れながらゆっくりと開いた。


「マリーナ..、さん!」


ミリィは溢れる涙を隠すこともなく、両手で口元を覆ったままその場に立ち尽くす。


ベルもその様子に、ほんのわずかに表情を緩める。


「マリーナ…」


ベッドの上で、焦点の合わない瞳がかすかに揺れた。ゆっくりと動き、ベルの姿を捉えて止まる。


「…ベル…」


「いい、しゃべるな」


ベルはすぐに言葉を重ねる。


だがマリーナは止まらない。掠れた呼吸の合間から、途切れ途切れに声を紡ぐ。


「すま…ない。負けて..しまっ」


「いいから、大丈夫だから。今は自分の心配をしろ」


ベルの声は静かだが、確かな重さを持っていた。


「ミリィ…鏡を…持って、いるか?」


かすれた声が、途切れ途切れに病室へ落ちる。


ミリィは一瞬動きを止め、それでもすぐにリュックを探り、手鏡を取り出した。


「私の顔を…見せてくれ、ないか…」


その言葉に、ミリィの手が止まる。視線がベルへと向けられる。


ベルは小さく頷き、手を差し出した。


ミリィは震える指で手鏡を渡す。


ベルはそれを受け取り、ゆっくりとマリーナの前へと向けた。


鏡の中に、自分の姿が映る。


腫れ上がり、包帯に覆われた顔。


その瞬間、マリーナの目がわずかに大きく開いた。


だがすぐに、震えるように細く閉じられる。


マリーナがベル達から顔をそらす。


そして、かすれ切った声が落ちる。


「…お願いだ…もう帰って、くれ..」


ベルが手鏡をミリィに返し、無言でマリーナを見つめる。


ミリィはそれを受け取る手を震わせたまま、視線を落とした。


「…こんな顔…お前にだけは、見られたく…ない」


その声は、腫れ上がった喉の奥から絞り出すように震えていた。


ベルは短く息を吐く。


「悪い…前みたいにすぐ治してやれたらよかったんだが…俺の能力は、基本的に俺以外には効果がない。前回はなんとかなったが…同じやつには2度は使えない」


ミリィが俯く。


マリーナは小さく首を横に振った。


「いい…それに頼っていたわけじゃ…ない」


途切れ途切れの呼吸の中で、言葉を続ける。


「だけど…こんな顔じゃ…もうお前の前に立てない…」


マリーナの声が強く震える。


ベルが大きく息を吐く。


「マリーナ、こっちを見ろ」


だがマリーナは動かない。呼吸だけが浅く乱れている。


「俺を見ろ」


強い言葉に、ゆっくりと顔がこちらへ向けられる。


視線が交差する。


ベルは一歩近づき、両手でマリーナの頬を包み込むように触れた。包帯越しに伝わる熱を確かめるように、わずかに指先が沈む。


そして――


躊躇いなく、その腫れ上がった唇に自分の唇を重ねた。


「…あっ!!」


ミリィが思わず素っ頓狂な声を上げ、慌てて顔を背ける。


唇を合わせた瞬間、マリーナの目が大きく見開かれる。


痛みすら忘れたかのように。


やがて、そのままゆっくりと瞳が閉じられる。閉じた瞳の端から、静かに涙が伝っていく。


ベルはしばらくそのままでいたが、やがて静かに身を起こした。


ミリィは顔を真っ赤にしたまま、両手で目を塞いでいる。


マリーナがゆっくりと瞳を開く。


その視線の先にあったのは、ベルの笑顔だった。


ベルはまっすぐにマリーナを見つめる。指先はまだ頬に触れたまま、そっと支えるように。


「誕生日おめでとう、マリーナ。愛してるぜ」


その言葉に、マリーナの瞳が再び大きく開かれる。


呼吸が止まったように固まり、次の瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出した。


震える唇が何かを言おうと動くが、声にはならない。


ただ、その瞳だけが、はっきりと応えていた。


マリーナの唇がかすかに震える。腫れ上がったままの口元から、途切れ途切れに声が零れる。


「あぁ…うれしい…なんてしあわせなんだ…」


その言葉に、ミリィが息を呑む。


マリーナの瞳がゆっくりと閉じられる。まるで安らぎに沈むように。


「こんなに幸せな誕生日は…これが最期だろう…」


かすかな息とともに、その言葉が落ちた。

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