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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第12章ー南大陸の強者ー
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最高の誕生日ー

マリーナが左手の痛みを呼吸で無理やり押し流すように整え、残った右腕で銃を構え直す。その銃口は確かに殺の胸元へと向けられていた。


「それでは遅いです」


声と同時に、空気がわずかに沈む。


次の瞬間、殺の左足が上から鋭く振り下ろされるように動いた。


狙いは銃ではない。構えた右腕そのものだった。


足が空間を“落とす”ように加速し、マリーナの右腕を上から叩きつける。


乾いた破砕音とともに、銃ごと腕が地面へと叩き落とされた。衝撃は逃げ場を持たず、腕の内部へ直接沈み込む。


「ぐっ…」


唇を噛み、マリーナが息を殺す。その端から血が一筋落ちる。


「これで、私とお揃いになりましたね」


砕かれた両腕は力を失い、左右にだらりと垂れ下がる。魔力の流れも途切れかけたまま、戦場の中で静かに揺れていた。


マリーナが痛みに耐えながら呼吸を整える。折れた両腕は力なく垂れたままだが、足元に落ちる魔力だけはまだ途切れていない。


「き…貴様は、なぜ…」


喉の奥で血の味を噛み殺しながら、かすれた声が漏れる。


殺がその声にわずかに首を傾げる。微かな衣擦れの音だけが、その場の静けさを切る。


「なぜ…魔王殺しを狙うのだ」


視線の代わりに、音だけが向けられる。揺れのない問いだった。


「特に…そういう命令ですので」


淡々とした返答が落ちる。


「命令…?それは、どこからの」


痛みで一瞬だけ息が詰まる。それでも問いは途切れない。


「それを語るものなどおりますまい」


空気が一度だけ静止したように重くなる。


マリーナは短く目を伏せ、そしてゆっくりと息を吐いた。


「確かに…愚問だな。すまない」


唇の端に、かすかな笑みが浮かぶ。血の味と混ざったまま、それでも戦意は消えていない。


「いえ、こちらこそー」


わずかな動き。頭が軽く下がる。


その瞬間。


マリーナの足元で魔力が跳ね上がる。折れた腕が揺れるのも構わず、両足に雷が絡みつき、地面を強く蹴り抜いた。


後方へと跳ぶ。空気を裂くような短い跳躍。


距離が一気に開く。


その気配の移動を捉え、殺が小さく目を細める。衣の揺れだけがわずかに残る。


「…両腕を折られて、まだそんな動きが…」


着地したマリーナはふらつきながらも膝を伸ばす。折れた両腕がだらりと揺れ、呼吸のたびに小さく震える。


それでも、その顔には薄い笑みがあった。


「両腕などなくとも、関係ないのだろう?」


一瞬の沈黙。空気がわずかに緩む。


そして殺は、ほんの僅かに息を漏らすようにして微笑んだ。


「そうですね。確かにその通り」


殺が小さくを吐き、


「ここまでにしませんか?」


マリーナの肩がわずかに揺れる。折れた両腕の痛みが遅れて全身に響き、呼吸が一瞬だけ乱れる。


「なんだと?」


殺は動かないまま、静かに言葉を落とす。


「貴女、弱すぎます」


その瞬間、マリーナの眉が跳ね上がる。空気が一段、刺々しくなる。


「ここまでにして。魔王殺しに会わせてくれるなら、命だけは取りません」


「…ふっ。見逃してくれると言っているのか」


息混じりの笑いが漏れる。


「はい。そうです」


あまりにも迷いのない返答に、マリーナは一瞬間を置いてから笑い出す。乾いたものではなく、感情が崩れるような笑いだった。


殺はその反応の意味を測りかねるように、わずかに首を傾げる。


やがて笑いが途切れた瞬間、マリーナの空気が変わる。


「ふざけるなっ!」


怒号が叩きつけられる。


「私が!彼を危険にさらす真似など、するものか!」


殺はその言葉に、わずかに眉を顰める。


「…もしや、魔王殺しに特別な感情をお持ちで?」


その瞬間、マリーナが耳まで一気に赤く染まる。


「な…何を言っている…そ、そんなわけ…」


言葉が崩れる。


「…お好きなわけでは、ないのですか?」


間。


呼吸が詰まる。


「…愛している!」


衝動のまま、言い切っていた。


殺は初めて明確に動きを止める。


「あ…そ、そうです、か」


声にわずかな揺れが混じる。


一拍置いてから、ゆっくりと息を吐く。


「プライドのため…愛のため…貴女は命を懸けると、言うのですか?」


理解できない、とでも言いたげに眉がわずかに歪む。


マリーナは折れた腕を揺らしながら、それでも笑った。


「プライド…愛…いいじゃないか」


「…」


殺は沈黙する。


「私は今日、誕生日なんだ」


「…何を?」


「彼が、私の誕生日を覚えてくれていた。祝ってくれると言った」


殺の思考が一瞬だけ止まる。


「…一体、さっきから何の話を…?」


問いは届かない。


マリーナはゆっくりと、大きく微笑んだ。


マリーナが再び魔力を練り上げる。折れた両腕にはもう力は戻らない。それでも、残された全身に魔力が集束していく。特に両足へ――雷そのものを束ねるように、密度が異常なほど高まっていく。


「愛する彼のために戦える...」


腰を落とし、構えが完成する。地面に落ちる圧だけで空気が震え、雷が肌を裂くように迸った。


「今日は人生で最高の、私の誕生日だっ!」


次の瞬間、踏み出し。


世界が一瞬遅れるほどの加速。これまでのどの動きとも違う、純粋な“突破”の速度だった。


その接近の途中で、殺が初めて“反応”を変える。


気配ではない。音でもない。


ただ、空間そのものの変質を察したように、殺は静かに腰を落とし、両足を肩幅に開いた。


迎撃の構え。


迫るマリーナの軌跡が、揺らぐ。


――一人ではない。


加速の中で、像が崩れるように分かれた。


分身。


雷の残像ではなく、実体を伴った複数の“到達点”が、同時に殺へと収束していく。


これまでよりも数倍速い速度で、マリーナが駆ける。雷を踏み砕くような加速が地面を裂き、空間そのものが遅れて追従する。


その直線が分岐した。


一体ではない。


二十。


実体を持ったマリーナの分身が、戦場を埋め尽くすように展開する。全方位。上下すら含めた完全包囲。


同時に蹴りが放たれた。


前方、側面、背後、そして上空から。雷を帯びた蹴撃が一点へと収束するように殺へ殺到する。


殺はその中心で一歩も大きく動かない。


踏み込みを半歩ずらすだけで直撃を外し、死角からの蹴りは膝の角度だけで逸らす。真正面の一撃は足裏で受け止め、力の方向だけを地面へ逃がす。


空間が連続して鳴る。


蹴りと蹴りが交差し、ぶつかり、あるいは殺の足によって“止められる”。


応酬は一方的ではない。


マリーナの蹴りは分身ごとに角度も速度も違い、それぞれが独立した殺意として殺を削り続ける。


それに対し殺は、最小限の動きだけでそれぞれの軌道を処理し続ける。


前後左右、上空。


二十の存在から放たれる連続攻撃のすべてが、同じ一点に集中しながらも、同時に“ずらされ、止められ、流されていく”。


戦場だけが、異常な密度で回転していた。


永遠に続くかに思われた攻防の中で、均衡は少しずつ崩れ始めていた。


二十体のマリーナのうち、いくつかが殺の足捌きに捉えられる。あるものは蹴りの衝撃で形を崩し、またあるものは、攻防の密度に耐えきれず、またあるものは魔力が切れて、次々に輪郭を失っていくように消えていった。


雷の残響だけが戦場に残り、その数が確実に減っていく。


十、八、五――そして二。


残された二体のマリーナは、もはや完全な形を保っていなかった。魔力は底をつきかけ、呼吸は途切れ途切れで、足取りすら定まらない。


それでも、ふらつく身体を引きずるようにして前へ出る。


「っ……」


喉が鳴るような呼吸とともに、最後の力で蹴りが放たれる。軌道は鈍く、しかし意志だけは残っていた。


その一撃に対し、殺は一切の迷いなく踏み込む。


蹴りが、真っ直ぐに返された。


衝突ではない。貫くような一撃だった。


胸元に走った衝撃が、マリーナの動きを内側から崩壊させる。形を保てなくなった身体が、雷の残滓を散らしながら霧のように崩れていく。


最後の一体が消える。


そして残ったのは、ただ一人。


呼吸はすでに成立していない。胸を押さえ、前屈みに崩れたまま、足だけがかろうじて地面に残っている。


戦場の音が、わずかに静まった。


殺が背筋を伸ばしたまま、見えない目でマリーナを見下ろしていた。静止しているだけなのに、その存在だけが場の空気を押し下げている。


マリーナはすでに呼吸すら成立していない。前屈みに胸を押さえ、喉を詰まらせるように肩を震わせている。声を出す余裕はない。


「今のは悪くない攻撃でしたが…限界を越えたようですね」


膝が折れかける。だが最後の一線だけは、意地で踏みとどまる。


殺はその微細な揺れを音で拾いながら続ける。


「体力も、魔力も尽き、呼吸もできない。どうして…そこまで」


戦場はすでに静寂に沈んでいた。風の音すら消え、残るのはマリーナの喉から漏れるかすれた呼吸音だけ。


「…そんなに、魔王殺しとは..彼にそこまでする価値があるのですか?」


その問いに、マリーナがゆっくりと顔を上げる。


呼吸が止まった影響で真っ赤に染まった顔。涙を浮かべた目。それでも視線だけは折れていない。


言葉は出ない。だが、それでも――笑った。


殺はその“音にならない反応”を察し、わずかに沈黙する。


「理解不能です…」


そして次の瞬間。


「最後になりましたが..お誕生日おめでとうございます」


右足が動いた。


裾が大きく翻り、空気を引き裂くように振り上げられた足が、ためらいなく打ち下ろされる。戦場そのものを断ち切るような一撃だった。

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