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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第12章ー南大陸の強者ー
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衝撃の誕生日ー

マリーナがトンファーを腰のホルスターへ戻す。金属が収まる乾いた音が、一瞬だけ場の空気を締めた。


続いて、ゆっくりと眼鏡を外す。指先は迷いなく動き、そのまま胸元へと仕舞い込まれた。


その瞬間だった。


全身の魔力が跳ね上がる。


空気が圧を持ち、見えない重さが一段階増す。周囲の温度がわずかに変わったかのような錯覚すら生むほどの密度だった。


殺が、ほんのわずかに眉を寄せる。


「へぇ..封印の類、でしょうか?」


静かな興味と警戒が混ざった声。


マリーナはまっすぐに相手を見据えたまま答える。


「そうだ。封印を解かずとも魔術は使えるが…貴様とやるには、最初から全力でいかせてもらう」


それは挑発ではなく、すでに数度の攻防で相手の“質”を測り終えた者の判断だった。


空気がさらに張り詰めていく。


2人の圧に、いつの間にか公園から人の気配は消えていた。もっともそれは偶然ではない。最初から、周囲にそれとなく圧を放ち、意識を遠ざけるようにしていた結果だった。


広い公園には、今や風と沈黙だけが残っている。


マリーナはわずかに視線を巡らせ、周囲が完全に“空”であることを確認する。余計な制約はない。巻き込みも、躊躇も不要。


ここならば、全力を出しても問題ない。


その判断を静かに下したまま、再び前方へと意識を戻す。


マリーナが左手にトンファー、右手に黒いリボルバーを構える。その銃に弾丸はなく、代わりに魔力を込めた魔道弾が装填される。


空気がさらに張り詰める。


「僭越ながら、ひとつお伝えしても?」


声だけが静かに届く。


マリーナ「聞こう」


短く返す。


「そのハイヒール…随分と高さがありますが」


わずかな“音の間”を拾うように、視線ではなく気配がその一点へ向かう。


マリーナ「9cm…私のこだわりだ」


足音、重心のわずかな変化。その情報だけで形を掴むように、殺は続ける。


「それも脱ぐ事をお勧めします」


マリーナの眉が跳ね上がる。


「そうすれば、もう少しまともな戦いになるかと」


マリーナが腰を落とし、魔力を練り上げる。空気が圧縮されるように重く沈み、周囲の静寂が一段深く研ぎ澄まされていく。


「…言うじゃないか」


低く落とされた声。


「どうせなら、まともな戦いにしたいので」


静かな返答。その瞬間、場の温度がわずかに変わる。


マリーナの魔力が跳ねた。


「――雷よ」


短く発せられた詠唱と同時に、指先から細い電光が走る。空気が裂けるような鋭い音が一瞬だけ響いた。


続けて呼吸が変わる。


「――巡れ、速く、鋭く」


言葉とともに魔力の流れが加速し、詠唱が重なっていく。複数の術式が同時に組み上がるように、発声は途切れず連なっていく。


雷がトンファーへと絡みつき、金属の輪郭が淡く発光し始める。足元の重心がわずかに沈み、次の瞬間へ備える圧が静かに満ちる。


「その言葉、撤回させてやる!」


マリーナが全身の魔力を限界まで練り上げる。空気そのものが震え、周囲の密度が一段階引き上げられたかのように重くなる。


その圧の中でなお、動きは止まらない。雷を纏った踏み込み、トンファーの鋭い振り抜き、蹴りを絡めた連撃が途切れることなく続く。


その最中、マリーナの存在がわずかに揺らぎ、戦場に十の位相が同時に展開された。


十体のマリーナはそれぞれが戦闘を継続したまま散開する。トンファーが唸り、蹴りが空を裂き、雷が軌跡を残す。


そのすべての中心で、殺は必要最小限の動きだけで応じていた。


踏み込みに対しては半歩だけ引き、トンファーの一撃は上体のわずかな傾きで紙一重に逸らす。蹴りは足裏で正確に受け止められ、衝撃だけが地面へと逃がされていく。時には足そのものが壁のように差し込まれ、攻撃の流れを途中で断ち切った。


その静かな防御の中でも、殺の軸は一切ぶれない。


そして十体のマリーナは同時に詠唱へと移行する。


「――雷よ」


「――水よ」


「――火よ」


「――風よ」


「――光よ」


「――闇よ」


「――氷よ」


「――土よ」


「――金よ」


「――魔よ」


戦闘と完全に並行したまま魔力が収束し、十の魔道弾が同時に完成する。


その直後、戦場へと一斉に放たれた。


十の魔導弾が殺を取り囲むように展開する。前後左右、上空まで――逃げ道という概念そのものを潰す配置だった。


土、水、火、風、光、闇、雷、氷、金、魔。異なる属性の圧が同時に収束し、空間が悲鳴を上げるように軋む。


解き放たれた瞬間、それぞれが“現象”として発現した。


地面が裂け、巨大な岩塊が槍のように隆起して殺へ突き上がる。

水は津波のように圧縮され、逃げ場ごと押し潰す奔流となる。

火は空気そのものを焼き切りながら、視界を白く焼く爆炎へと膨張する。

風は刃となって空間を削り、周囲の残像すら断ち切る。

光は視界を奪う閃光となり、影の概念ごと消し飛ばす。

闇は光を呑み込み、方向感覚そのものを崩壊させる。

雷は空間を貫く柱となって落ち、連鎖する轟音と共に大地を穿つ。

氷は瞬間で空気を凍結させ、運動そのものを封じ込める。

金は重力を孕んだ質量の奔流となり、押し潰すように圧を加える。

魔はそれらすべての“干渉”として作用し、現象同士を歪ませながら暴走させる。


十の災害が同時に殺へと収束し、戦場そのものが崩壊するような圧が満ちた。


その中心で、殺が一瞬、その動きを止める。


両足を肩幅に開く。重心が落ちる。


その静止の中で、音だけが異様に鮮明になる。地面を走る圧、空気の裂ける方向、十の“到達のズレ。


普通なら、そのすべてを同時に処理することはできない。

だが殺は、最初から、全部を個別に認識してちない。


ただ一つ、「中心の崩れ方」だけを聞いていた。


次の瞬間、殺の身体がわずかに沈むように動く。


回避というほどの大きさではない。

戦場の中に置かれた“立ち位置”を、数センチだけ横へずらす。


それだけの動きだった。


だがそれは、速度ではなく“精度”の動きだった。

盲目であるがゆえに音と気配しか頼れず、物理一筋で積み上げた異常なまでの定位精度。

その一点だけが、十の同時収束の“わずかな誤差”を正確に拾った。


本来一点で噛み合うはずだった十の現象は、その数センチのズレにより行き場を失う。


岩は虚空を砕き、水は火に呑まれ、雷は氷を裂き、風は光を削り、金と魔が全体の崩壊を増幅させる。


衝突は、殺のいたはずの場所で起きた。


そして殺は、その外側に立っていた。


マリーナが魔力と体力を大きく失い、地面に膝を着く。肩が大きく上下し、呼吸が乱れる。


「ば…ばかなっ!?」


震える声が漏れた瞬間、その視界のすぐ前に気配が“落ちる”。


いつの間にか殺が立っていた。


足音も、風切りもない。ただ、そこに“いるべきでないはずの位置”に、最初から存在していたかのように。


殺は静かに口を開く。


「貴女の奥の手、だったのでしょう。確かにすごい攻撃です。普通ならー」


その言葉の途中で、わずかに間が空く。戦場の余韻だけが、まだ空気の中に残っていた。


マリーナが目を見開き、力の抜けかけた身体を無理やり引き起こすように後退しようとする。


だが、その判断よりも早く、空気が裂けた。


殺の蹴りが横凪に放たれる。軌道は視認できるほどではなく、ただ「音のない圧」として左側面から迫っていた。


咄嗟にマリーナが左腕を引き上げる。トンファーを盾にする形で受けに回る。


次の瞬間、衝突。


金属が悲鳴を上げるより先に、衝撃そのものが腕を貫通した。


トンファーごと左腕がへし折られ、押し込まれるようにマリーナの身体が大きく揺れる。


雷の残滓も、魔力の余韻も、その一撃の前では支えにならなかった。


マリーナ「あっ…ああっ…」


声が途切れるように漏れ、膝がさらに深く沈む。


殺の蹴りはマリーナの身体を吹き飛ばすことはなかった。ただ、逃がすという選択だけを拒絶するように、衝撃そのものだけを一点に叩き込む。


金属製のトンファーが悲鳴を上げ、くの字に歪む。軋む音が遅れて追いつくより先に、圧が内部へと食い込んでいた。


受け止めた左腕は形を保てず、骨が砕ける感触だけが確かに残る。力の抜けた腕は支えを失い、肩口からだらりと垂れ下がったまま動かない。


呼吸だけが、荒く戦場に落ちていた。


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