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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第12章ー南大陸の強者ー
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激突の誕生日ー

マリーナは腕を組んだまま、大通りを歩いていた。


大陸警察地方特別捜査官警部、マリーナ・ベイ・マリス。


170cmを越える長身に、均整の取れたモデル体型。長い手足が無駄なく動き、歩くたびに靴音だけが規則正しく街の雑踏に混じっていく。


スリムに仕立てられた制服は身体のラインに沿って整い、動きの一つひとつを無駄なく見せる。豊満な胸元はきちんと収まっており「規律」と「威圧感」を同時に成立させる。


タイトなスカートから見え隠れする黒いストッキングに包まれた脚はまっすぐで、赤いハイヒールが地面を踏むたびに、乾いた音が一つずつ落ちていく。


後ろで結ばれた長い金髪は、歩行のリズムに合わせてわずかに揺れ、光を受けて流れるように揺らめいた。


丸いメガネの奥にある切れ長の目は鋭いまま、周囲を自然に観察している。視線を向けているというより、情報を拾っているといった方が近い。


腕は常に組まれている。


それは癖であり、彼女にとっては思考をまとめるための形でもあった。


一見すれば冷静沈着で完璧な警部。


だが内側では、昨夜の出来事がまだ少しだけ残っている。


――「祝ってやるよ」


その何気ない言葉が、妙に胸の奥に引っかかっている。


気にしないようにしているが、気にならないわけではない。


25歳までに結婚したい、という現実的すぎる願望が、ふとした瞬間に顔を出す。


今日で25歳になってしまうが...彼の存在が彼女の焦りを少しだけ和らげていた。


「……何考えているのだ...私は」


小さく吐き捨てるように呟き、すぐに表情を戻す。


歩みは止まらない。


制服の裾がわずかに揺れ、街の喧騒の中へ、彼女は変わらぬ圧を保ったまま溶けていった。


「このまま待っていていいのか……それとも、自分から行くべき?」


公園のベンチに腰掛けたまま、マリーナは腕を組んでいた。


「しかし……“祝ってくれ”と言いに行くようなもの……そうなんだけど……」


言葉にするたびに、自分の中で理屈が崩れていくのが分かる。


警部としての判断では答えが出ているのに、別の部分がそれを邪魔していた。


目の前の景色は何でもない公園の風景だ。


子供の声、遠くの車の音、揺れる木々。


そのどれもが、今の思考には少しだけ遠い。


「しかし……せっかくのチャンス、これまで自ら掴みに行かなかったから、未だに1人なわけで……」


そこまで言って、マリーナは一度目を閉じた。


――25歳までに結婚したい。


現実的で、曖昧で、でも確かに自分の中にある願望。


「よし!」


勢いよく目を開ける。


「会いに行こう!」


立ち上がった瞬間、赤いヒールが地面を強く鳴らした。


迷いはもうない――はずだった。


そのとき。


視界の端に、白い影が入る。


一瞬だけ、空気の質が変わったような感覚。


マリーナの動きが止まる。


腕を組みかけたまま、その“白”の正体を確認しようと視線だけがわずかに動いた。


マリーナの視線の先にあった“白”は、単なる光や服の色ではなかった。


それは人の形をしていた。


黒髪のロング、前髪は真っ直ぐに揃えられ、白磁のような肌が周囲の景色から浮いて見える。


切れ長の瞳は閉じられたまま。


その上に紅色のアイシャドウだけが、まるで封印の印のように静かに彩られている。


その不完全さを補うように、姿勢はあまりにも整っていた。


白い着物に赤い帯。


その帯には懐刀が収められているのが見えた。


そして、その少女は――白い犬の背に横座りしていた。


巨大な白犬。


人の常識では“乗り物”と呼ぶにはあまりに生き物としての圧が強い存在。


その背に、荷物と刀を積み、少女は揺れもせずに乗っている。


マリーナの視線が、自然と鋭くなる。


腕を組みかけたまま、完全に止まった。


華奢な体。


だがその存在は、外見だけでは測れない重さを持っていた。


品のある動き。


礼儀正しい気配。


そして、静かすぎる“異質さ”。


盲目のはずの瞳は閉じたまま。


見えていないからこそ別の何かで世界を捉えているようだった。


マリーナは無意識に息を止める。


ベルとミリィの言葉が、マリーナの頭の奥で不意に重なった。


――黒髪。

――白い着物。

――白い、大きな犬。


「……間違いない」


胸の奥で何かが冷たく収束する。


刺客だ。


マリーナの瞳が一気に細くなった。


その変化に気づいたのか、白い少女の顔がゆっくりとこちらへ向く。


同時に、白狛の足が止まった。


「もしー私に何かー?」


柔らかい声。


だが、その声の温度は異様に一定だった。


マリーナは一歩、少女へと身体を向ける。


腕を組む癖はもうない。


代わりに、職務の重さだけがそこにあった。


「……不躾ながら、貴様が『殺』か?」


問いは短い。


逃げ道のない確認だった。


少女は一瞬だけ間を置き、それから微笑んだ。


「昨日の、ベル様、ミリィ様、お二人のお知り合い、でしょうか?」


その返答で、マリーナの中の確信がさらに固まる。


「大陸警察地方特別捜査官警部、マリーナ・ベイ・マリス」


名乗りは静かだが、空気を押し広げる圧があった。


少女は小さく頷く。


「マリーナ、様」


呼び方に一瞬だけ違和感が走る。


だが、それを飲み込む。


「貴様……魔王殺しを討伐に来た、とか」


「はい。その通りでございます」


即答。


迷いがない。


マリーナは息を一つ吐いた。


「申し訳ないが、私と戦ってもらおう」


その言葉に、少女はわずかに眉を寄せる。


「私は一向に構いませんが……あまりお勧めは致しません」


「ほぅ……なぜだ?」


少女は困ったように、しかしどこか本気で言った。


「私、恥ずかしながら手加減というものが苦手で……戦えば殺してしまうかと」


その一言に、空気が一段沈む。


マリーナの眉がぴくりと跳ねた。


「大陸警察捜査官の私に向かって、その言いよう。犯罪予告と受け止められても仕方ないぞ」


「嘘は付けませんので」


即答は変わらない。


ただ事実だけを置いていくような声。


マリーナはゆっくりと腰のホルスターへ手を伸ばした。


トンファーを抜き放ち、両手で構える。


金属が光を弾く。


「抜け」


短い命令。


その瞬間、白狛が低く唸った。


公園の空気が完全に戦闘域へと変わる。


殺は白狛へと小さく声をかけた。


「白狛、大丈夫。すぐ終わりますから」


白い犬は低く息を吐き、静かにその場へ留まる。


従属というより、見守る意思だけがそこにあった。


次の瞬間、殺は音もなく地面へ降り立つ。


白い着物の裾がわずかに揺れ、赤い草履が公園の地面を踏む。


その動きに重さはほとんど感じられない。


そして彼女は、閉じたままの瞳でまっすぐマリーナへ向き直る。


「無手でも、よろしいでしょうか?」


静かな問い。


マリーナはトンファーを構えたまま、わずかに目を細めた。


「その帯に刺した刀や、犬の背についた刀は飾りか?」


殺は一瞬だけ間を置き、言葉を選ぶように答える。


「こちらの大刀は滅多なことでは抜きません。帯に差した方なら……貴女次第と言ったところ」


マリーナは口角をわずかに上げる。


「面白い。すぐに両方抜かせてやろう」


その言葉に、殺の唇が静かに緩む。


「では……お手並み拝見、ということで」


閉じた瞳のまま、それでも正確に意識を収束させていく。


公園の空気が、静かに戦闘の密度へと変わっていった。


「盲目で、両手もないと聞いたが」


風が一瞬だけ止まったような静寂の中で、マリーナの視線だけが相手を測るように動く。


「はい。さようで」


返答は短く、揺らぎがない。立っているだけのその姿からは、余計な感情が一切読み取れなかった。


「目的が目的ゆえ、手心を加える気はない」


マリーナの指がわずかにトンファーへと力を込める。警告ではなく、確認の宣言。


「それでよろしいかと」


即答。まるでそれを前提として受け入れているかのような静けさだった。


「…行くぞ」


その言葉と同時に、場の空気がわずかに沈む。


マリーナが踏み出す直前、地面が軋むほどに重心が前へと傾いた。


了解しました。この方針で統一します。



マリーナが踏み出し、右手のトンファーを振るう。狙いは殺の上半身。両腕を持たない以上、防ぐ術はないはずだった。


空気を裂く一撃は、確かに最短距離で殺へと届く。


だがその刹那、殺の着物の裾がふわりと揺れ、大きく開いた内側から一本の足が滑り出る。


それは防御というより、最初からそこに用意されていたかのような自然さで、マリーナのトンファーを真正面から受け止めた。


金属と肉の衝突音は鈍く、しかし異様に重い余韻を残す。


マリーナの目がわずかに細くなる。力を殺していない一撃を、片足だけで“止めた”という事実だけが、静かに場に沈んでいた。


「…足技か、なるほど、な!」


左のトンファーが振るわれる。


その瞬間、殺の左足はすでに右のトンファーを押さえ込んでいた体勢のまま、わずかに踏み込みの重心を変えた。力を抜くのではなく、受けている圧そのものを反転させるように押し返す。


押し返された右のトンファーがわずかに軌道を外れる。


その僅かな“ずれ”を逃さず、殺の足は滑るように位置を切り替えた。地面を踏み替えるというより、支点そのものを移し替えるような動きだった。


次の瞬間、その同じ左足が左のトンファーの進路へと自然に差し込まれる。


振り抜かれるはずだった一撃は、そこに触れたまま静止した。


右は押し返され、左は止められる。動きは異なるのに、結果だけが同時に成立していた。


右手を押し返されたことで、マリーナの体勢がわずかに崩れる。その僅かな揺らぎをそのまま流すように、左足が鋭く蹴り上げられた。


空を切るはずだったマリーナの蹴りは、途中で軌道を変える。


殺の左足は、すでに左のトンファーを受け止めていた位置から一切の間を置かず、支点を滑らせるように動いた。押さえ込むのではなく、力の流れごと上へ逃がすように反転させる。


結果として、蹴り上げられたマリーナの左足は、その途中で確かに止められた。


お互いの左足がぶつかったまま、空気が固まるように膠着する。


力と力が真正面から噛み合い、どちらも一歩も引かないまま均衡だけがそこに残っていた。


マリーナの目が細くなる。


「なるほど…やるな」


静かな声の中に、わずかな笑みが混じる。


殺は表情を崩さないまま、短く答える。


「どういたしまして」


その直後、マリーナの足から力が抜けた。


拮抗は一瞬で解け、次の瞬間にはその反動を利用するように後方へ跳ぶ。ヒールが地面を蹴り、距離が一気に開いた。

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