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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第12章ー南大陸の強者ー
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殺の目的ー

その空気の変化に、殺はわずかに首を傾ける。


「どうやら……ご存じのようですね」


ベルはカップを持ったまま、視線だけを上げた。


「……知ってて、近付いて来たの?」


殺は小さく首を振る。


「そんなまさか。本当に偶然です。話をしていただいた方、皆様に聞いているんです。でも——」


そこで一度、言葉が切れる。


ベルとミリィが、無言のまま顔を見合わせた。


殺はそのまま続ける。


「こんなに早く手がかりに出会えるとは、思いませんでした」


川沿いの風が、テラスの空気をゆっくりと撫でていく。


その言葉だけが、やけに静かにテーブルの上へ落ちていた。


ベルの声は、さっきより少しだけ低くなっていた。


「会って……どうする気?」


その問いに返事が来るより先に、ミリィが立ちあがろうとして、小さく息を呑む。


「ひっ……」


テーブルの下で、何かが動いた。


次の瞬間、ミリィの足首に柔らかな圧がかかる。白狛の口が、逃がさないと言うようにそっと抑えていた。


同時に、ベルの足の上にも重みが乗る。白狛の前足が、静かに置かれている。


逃げ道を塞ぐというより、場を固定するような、異様な落ち着き。


ミリィの喉がひくりと鳴る。


ベルは動かず、ただ視線だけを殺へ向けた。


殺はその気配を感じ取るように、静かに言う。


「安心してください。貴女達に危害を加える気はございません」


その声は変わらず穏やかで、逆にそれが状況の異質さを際立たせていた。


殺は一度だけ間を置き、川の流れの方へ視線を落とすようにしてから言った。


「先程の答えがまだでしたね。私は魔王殺しの討伐を命じられて来ました」


ベルの表情がわずかに強張る。


「討伐……?て、あいつを倒すってこと!?」


その問いに、殺はすぐには否定も肯定もしなかった。ただ、静かに言葉を整える。


「倒すと言うより——もっと端的に、殺しに来ました」


テラスの空気が一段、沈む。


川沿いの風だけが変わらず通り過ぎていく中で、その言葉だけがやけに現実味を持っていた。


ミリィは反射的に立ち上がりかけた。


「そ……そんなこと、させません!」


その声に、殺の眉がわずかに寄る。


ベルも椅子の背に力を入れたまま、視線を逸らさずに言った。


「そうよ……そういう理由なら、絶対にあいつには会わせない!」


その言葉を受けて、殺はさらに小さく眉を顰める。


一拍。


そして、静かに息を吐いた。


「邪魔はしないでください」


声色は変わらない。ただ、温度だけが少しだけ下がる。


「邪魔をすると言うのなら、貴女達のことも殺さなければなりません」


テラスの空気が一瞬、完全に止まった。


川の音だけが、やけに遠くで続いていた。


ベルの頬を、冷たい汗がゆっくりと伝った。


視線が、自然と殺へ向かう。


閉じられた瞳。そして、存在しない両腕。


その欠落が、逆に現実味を帯びて迫ってくる。


「私では……魔王殺しには敵わない。そうお考えですね」


「……っ」


言葉にならない息だけが漏れる。


殺はわずかに首を傾ける。


「私が盲目で両手もないから、でしょう。でもそれは——」


そこで、空気が変わった。


ほんの僅か、だが確実に。


温度ではなく、密度が変わるような感覚。


「なんのハンデにもなりません」


淡々とした声のまま、続ける。


「私、強いんですよ」


その一言に、説明は一切なかった。


それでも、それ以上の説得力がそこにあった。


ベルが勢いよく立ち上がりかける。


「あ……あなたねぇ……」


次の瞬間、その動きはぴたりと止まった。


「……っ」


鼻先、ほんの紙一重の距離。


そこに、細い足の爪先が静かに突きつけられていた。


白狛の背に腰掛けたまま、殺の脚だけが伸びている。


いつ動いたのか、誰も捉えられなかった。


空気が張り詰める。


あと一歩でも前に出れば、そのまま貫かれる——そんな確信だけが、ベルの身体を縫い止めていた。


殺は表情を変えないまま、静かに言う。


「座ってください」


その声は穏やかなままだが、拒否という選択肢を最初から許していなかった。


ざわりと、ベルの足元の影が揺らいだ。


地面に落ちているはずの影が、わずかに形を変える。


ベルの呼吸が止まる。


(ミカゲが反応している……?それだけ危険ということ?)


伸ばされたままの爪先は、微動だにしない。


だが、その静止こそが圧となって空間を支配していた。


「おやめなさい。攻撃するなら私も容赦は致しません」


淡々とした声が落ちる。


その一言で、影の揺らぎがぴたりと止まった。


ミカゲの気配が、引く。


ベルの足元は再びただの影へと戻るが、空気の張り詰めだけは消えなかった。


やがて、鼻先に突きつけられていた爪先が、静かに下ろされた。


張り詰めていた空気が、わずかに緩む。


その瞬間、殺の黒髪がかすかに揺れた。


するりと、その中から小さな影が二つ現れる。


掌ほどの大きさの小鬼。赤と青。軽やかな動きで殺の太腿まだ飛び降りると器用に布を扱い、乱れていた着物の裾を整え始めた。そしてまた袖をよじ登り、またいた髪の毛の中へと戻っていく。


まるで最初からそこにいたかのような自然さ。


その異様な光景に、ミリィの肩がびくりと震える。


「……なっ……」


息を呑む音が、小さく漏れる。


殺はその反応に気づいたように、わずかに首を傾けた。


「あら……見えるんですね。珍しい」


「……?」


ベルは状況が掴めず、二人の間で視線を揺らした。


「魔王殺しは、どこにいます?」


静かな問いが落ちる。


ベルは一拍だけ間を置き、言葉を選ぶ。


「……少なくとも今、ここにはいないわ」


その答えを受けて、殺の気配がわずかに変わる。


周囲の空気に意識を広げるように——


「確かに、ここからわかる範囲でそれらしき反応はありませんね」


ベルは何も返さない。


「いつ、どこでなら会えますか?」


ベルはちらりとミリィを見る。


言葉は交わさない。だが、その一瞬で迷いと警戒が行き交う。


それを感じ取ったのか、殺は小さく息を吐いた。


「いいでしょう。ここは一旦引きます。お二人でよく話し合ってください」


その言葉と同時に、白狛がゆっくりと立ち上がる。


殺を背に乗せたまま、滑らかに。


「貴女達の気配は覚えました。もういつでも見つけられますから」


穏やかな声。


だが、その内容は逃げ場のない現実を突きつけていた。


ベルとミリィの背筋に、冷たいものが走る。


「話がまとまったら私の名を呼んでください。いつでも駆けつけます。いつでも」


重ねられた“いつでも”が、やけに重く響く。


白狛がゆっくりと踵を返し、そのまま歩き出す。


大きな体躯にもかかわらず、足取りは驚くほど静かだった。


やがて通りへと差し掛かる。


その背に向かって、ベルが思わず立ち上がった。


「……ちょっと……ここの支払いは!?」


白狛が足を止める。


その背で、殺がわずかに振り返る気配を見せた。


「これは失礼しました。ついいつもの癖で……」


白狛に乗ったまま、気まずそうにテーブルへ戻ってくる。


殺は胸元へと顔を寄せ、鮮やかで煌びやかな装飾のついた袋を口で咥えて引き出した。続けて器用に紐をほどき、中から銀貨を一枚ずつ取り出してテーブルに並べていく。


そのまま布を口にくわえたまま、少しだけ声をくぐもらせる。


「はりまふか?」


「……う、うん」


ベルが頷くと、殺は小さく息をついたように見えた。


再び袋の紐を口で結び直し、胸元へと収める。


その動きに合わせるように、髪の中から赤い小鬼が現れ、乱れた胸元の布を整えた。


「それでは、また」


短く告げると、白狛は静かに踵を返す。


今度こそ、振り返ることなく。


白い一人と一匹は、そのまま通りの人波の中へと溶けていった。


ミリィはしばらく白狛の去っていった方向を見つめたまま、ようやく声を絞り出した。


「ベルさん……」


ベルも同じ方向を見ていたが、ゆっくりと視線を落とす。


「わかってる……あの人強い。私でもわかるくらいに……」


テーブルの上の銀貨が、かすかに光を反射する。


ミリィは小さく息を整え、言葉を続けた。


「マリーナさん達に相談しましょう」


その提案に、ベルは迷いなく頷く。


「……うん」


軽いはずの返事が、やけに重く落ちた。

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