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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: KK
第12章ー南大陸の強者ー
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殺との出会いー

二人が店を出て大通りへ出ると、街の空気がわずかにざわついていた。


いつもの喧騒とは違う、何かに反応するような騒がしさが遠くから広がってくる。


ベルは足を止め、耳を澄ますように視線を上げた。


「なんだろう……?」


ミリィも周囲を見回しながら、小さく眉をひそめる。


「随分と騒がしいですね」


通りの向こう側、人々が何かを指さしながら距離を取っているのが見える。


ざわめきは、少しずつこちらへと近づいてきていた。


やがて、人垣をかき分けるようにして、その“何か”が姿を現した。


ベルもミリィも、同時に目を見開く。


「な……なに、あれ?」


「……ま、魔獣?でも……街中でそんなはずは……」


遠くから近づいてくるそれは、まだ全体像がはっきりしない。


ただ、人の流れを無理やり割るように進んでくる異質な存在に、周囲の空気だけがざわついていた。


人垣の向こうが、ざわめきを増した。


押し分けるようにして現れたのは、大きな白い獣だった。その背に、静かに座る影がある。


少女は白い着物に赤い帯を締めていた。草履も赤い。布は余計な装飾のない簡素な仕立てだが、その純白は街の空気の中で異様なほど際立っている。帯に差された懐刀だけが、唯一の硬質な存在としてそこにあった。


黒髪は長く、前髪は真っ直ぐに揃っている。切れ長の瞳は閉じられたまま動かず、紅のアイシャドウだけが静かにその存在を主張している。両腕は肩口から失われているが、その姿勢には一切の揺らぎがない。


白獣の歩みは重く、しかし滑らかだった。地面を踏む音だけが、通りに規則正しく響いていく。


白狛は一歩ごとに確かな重さで地面を踏みしめる。だがその歩みには威圧よりも、制御された静けさがある。


その背に乗る殺は、視線を下げたまま周囲を見ようとしない。ただ、通りを進むことだけに意識を置いているようだった。


周囲の人間は言葉を失ったまま、無意識に道を開けていく。それは恐怖というより、「認識してはいけないもの」を避ける本能に近い。


白獣がベルとミリィの前まで来ると、ゆっくりと足を止めた。


馬よりもはるかに大きな白い獣に見下ろされ、ベルとミリィは思わず息を詰めた。


その圧に一瞬固まっていると、獣の背に座る少女が静かに声を落とす。


「もし、そこの人……お二人?」


呼びかけは丁寧だったが、どこか距離感があった。


ベルとミリィはそこで初めて気づく。彼女の視線は、こちらを“見ていない”。


閉じられた瞳。紅の化粧だけがその顔に静かな存在感を与えている。


ミリィが小さく息を呑む。


「……目が……」


少女はわずかに首を傾ける。


「申し訳ありません。白狛!ダメ、避けなさい」


その声と同時に、少女は白い獣の背にある立髪を掴み、軽く引いた。


白狛は低く喉を鳴らしながら、ほんの一歩だけ姿勢を崩すように動く。


しかしその動きは従属というより、長年の意思疎通による“合意”に近かった。


「こ……これ、犬?」


ベルが思わず口にすると、ミリィも続くように目を丸くする。


「え……こんな大きな犬、います?」


二人は恐る恐る白狛の顔を見上げていた。近くで見ると、その存在感はさらに圧倒的だが、どこか獣というより“意思を持った静かな生き物”のようでもある。


そんな様子に気づいた背の少女が、少しだけ柔らかい声を落とす。


「……触ってみますか?」


ベルとミリィは顔を見合わせると、おそるおそる白狛へと手を伸ばした。顎の下、毛並みの柔らかそうな部分にそっと触れる。


「うわ……思ったより柔らかい」


「……ほんとですね……それにしても、おっきぃ」


白狛は目を細め、ゆっくりと息を吐くようにして身を預ける。明らかに気持ちよさそうな反応だった。


その空気の変化を、背の少女は静かに感じ取ると、わずかに口元を緩めた。


するりと、少女は白狛の背から滑るように地面へと降り立った。


足音はほとんどなく、その動きだけがやけに自然だった。


そしてベルとミリィの方へ、静かに歩み寄る。


「この子は白狛と言います。初見でこの子を怖がらなかったのは、あなた達が初めてです」


その言葉に、ベルは少しだけ肩をすくめる。


「こ、怖いは怖いんだけど……でも」


ミリィも続くように頷いた。


「……はい。なんだか可愛いが優ってしまって……」


少女はそこで、ほんのわずかに表情を和らげる。


「そうですか」


その声には、どこか安堵にも似た響きがあった。


白狛の背の上から、静かな声が落ちる。


「……可愛いなんて。よかったね、白狛」


その言葉に応えるように、白狛は小さく喉を鳴らした。


殺は静かに一歩引き、丁寧に頭を下げた。


「ご挨拶が遅れました。私は『殺』と申します。よろしくお願いします」


その言葉に合わせるように、ミリィが白狛からそっと手を離す。


「ミリィ……です」


続いてベルも、明るい声で一歩前に出た。


「ベルです。よろしくね!」


そう言って右手を差し出す。


そこでベルは一瞬、はっとする。相手の目が見えていないことを思い出し、殺の手を掴もうと、慌てて袖口へと手を伸ばし、


「え?」


ベルの手は、袖口の中を探るように伸びたまま止まっていた。


しかしそこには、掴むべきものが何もない。


ただ布の感触だけが、指先をすり抜ける。


一瞬の空白。


「え?」


ミリィも、状況を理解しきれないまま固まっていた。


その空気の中で、殺は少し困ったように息を吐き、小さく笑う。


「ごめんなさい……私、両目が見えないだけでなく、両手もないんです」


言い終えたあと、わずかに気まずそうに視線を伏せる。


その言葉に、ベルとミリィは同時に動きを止めた。


理解が追いついた沈黙だけが、数秒間その場を支配する。


殺はそれを感じ取りながら、さらに少しだけ苦笑を深めた。


「とりあえず、どこか入らない?」


ベルが気を取り直すように言うと、ミリィは少しだけ戸惑った表情を見せた。


「で……でも……」


視線が自然と白狛へと向かう。あまりに大きな白い獣は、そこにいるだけで周囲の空気を変えていた。


殺は小さく息を吐くように言う。


「そうなんです。この子がいると、どこのお店にも入れなくて……」


ベルは納得したように頷く。


「あー……」


白狛は何も気にしていない様子で、その場に静かに立っていた。


そんなわけで三人と一匹は、川沿いのカフェのテラス席に落ち着いていた。ここはペット同伴可の店で、白狛の存在にも店員は驚きつつも受け入れてくれている。


テラスの中央に伏せる白狛。その上に、殺が静かに腰を下ろしていた。揺れもなく、まるで最初からそこが定位置だったかのように収まっている。


3人が各々テーブルに着いている。


三人の前には、それぞれのドリンクが並んでいた。氷の音と川の流れだけが、ゆるやかに混ざっている。


ベルがカップを軽く持ち上げながら、何気なく尋ねた。


「それじゃ、殺って南大陸から来たの?」


「はい。そうなんです」


殺は穏やかに答える。


ミリィは興味深そうに身を乗り出した。


「聞いたことはありますが……南大陸の方とお会いするのは初めてです。本で読んだ通り、着物?なんですね」


その言葉に、殺は小さく微笑んだ。何かを否定するでも誇るでもない、ただ静かな肯定だけがそこにあった。


ベルはカップを持ち上げたまま、軽い調子で続けた。


「それでー?中央へは何をしに?観光?」


殺は一拍だけ置いて、静かに答える。


「それが、もしご存知なら教えていただきたいのですが、魔王殺しと呼ばれる方のこと——」


その瞬間、空気が止まった。


ベルの手がぴたりと止まり、カップの縁がかすかに揺れる。

ミリィも同じように動きを失い、視線だけが殺へと向いたまま固まった。


川の音だけが、やけに遠く感じられる沈黙が落ちる。




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