↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【World Wide Love 】― 魔王殺しと呼ばないでー  作者: KK
第1章『2人のベル・ジット』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/859

初めての旅ー

よろしければ、ブックマークお願いします!

故郷の村を後にし、独りきりの旅に出てから七日が経っていた。


踏み固められた土の街道が、鬱蒼とした木々の合間を縫うようにして、どこまでも先へと伸びている。


乾いた風が吹き抜けるたび、幾重にも重なり合う青葉がざわめき、地面に落ちた木漏れ日が万華鏡のように複雑な模様を描き出していた。


ベルはその名も知らぬ道を、ただ一人で歩いている。

背負った荷の重さは、少しずつ自身の一部のように身体へと馴染み始めていた。足取りも、昨日よりは幾分か軽い気がしている。


首元を彩る、鮮やかな真紅のスカーフ。腰をしっかりと締める、使い込まれた赤いベルト。


そして、両手の指に嵌められた十本の指輪。


一歩を踏み出すたび、硬質な金属同士が微かに触れ合い、チリンと鈴の音にも似た小さな音を鳴らす。その繊細な響きが、今の彼女には不思議と誇らしく感じられた。


「……ふーん」


思わず、鼻先で小さく笑う。


周囲を見渡しても、話し相手の一人もいない。


村にいた頃は、どんな時でも誰かの気配があり、生活の音が届いていた。名を呼ばれ、時には大人たちに怒られ、幼馴染や子供たちと共に笑い転げていた日々。


それが今では、頬を撫でる風の音と、ザクッと土を踏みしめる自分の足音しか聞こえない。


「静かすぎるのも、案外悪くないかもね」


ぽつりと、独り言がこぼれ落ちる。


それは決して自身を慰めるための強がりではなく、偽りのない本音だった。


もちろん、胸の奥底に一抹の寂しさがないと言えば嘘になる。けれど、それ以上に「今この瞬間、自分だけの景色を見ているのだ」という静かな高揚感が、鼓動に合わせて脈打っていた。


ふと、見晴らしの良い場所で空を見上げた。


どこまでも高く、どこまでも広く、吸い込まれそうなほどの蒼穹。ちぎれた真っ白な雲が、まるで確かな意志を持っているかのように、ゆっくりと東へ向かって流れていく。


「へぇ……。こんな空、村の森じゃ見えなかったな」


思わず口元が緩む。


地図でしか知らない道。見たこともない広大な景色。まだ触れたことのない、新しい世界。


その全てが新鮮で、無意識のうちに胸が躍るのを止められなかった。


「よし」


小さく、けれど力強く拳を握りしめる。


「まだ一週間。これからだよね」


誰に届けるでもない、自分自身への小さな宣言。


ベルは土の確かな感触を足裏で確かめるように、力強く一歩を踏み出す。その足跡は、迷いなく真っ直ぐに、未知の先へと伸びていった。


それから歩き続けること、数時間。


空を支配していた太陽が西へと傾き始め、周囲の光は刺すような白から柔らかな黄金色へと移ろいつつあった。


ずっと休まず動かし続けた足が、じわりと熱を帯び、鈍い疲労を訴え始めている。


ベルは街道の脇、枝を大きく広げた古木の下でようやく足を止めた。


「……今日は、ここでいいかな」


どさりと荷を下ろし、ふかふかとした草の上に腰を下ろす。


途端に、せき止められていたものが決壊したかのように、ずっしりとした重い疲れが全身へと押し寄せてきた。


荷袋から取り出したのは、石のように少し硬くなったパンと、噛みごたえのある干し肉。旅立ちの日からずっと大切に持ち歩いている、冒険者としての携帯食だ。


最初は、この粗末な食事すら心が弾んでいた。


「おおー!これこそ冒険者って感じ!」


不便ささえも、新しい遊びのように楽しんでいたのだ。自ら小枝を集めて火を起こし、枝に刺した肉を炙る。一人炎を見つめながら過ごす静かな食事も、大人になったようで悪くないと思っていた。


けれど、七日目ともなれば話は別である。


「……さすがに、飽きたかも[


パサパサとしたパンの断面を恨めしそうに見つめながら、ぽつりと呟く。


味気なく、噛めば噛むほど口の中の貴重な水分が奪われていく。


ふと脳裏をよぎったのは、遠く離れた故郷の味だった。


ミーファが朝早くから仕込んでくれる、野菜の甘みが溶け込んだ温かなスープ。石窯から出したばかりの、ふっくらとして香ばしい柔らかなパン。


「……あれ。恋しくなるの、ちょっと早すぎない?」


思わず自嘲気味に笑う。


けれど、胸の奥がきゅっと締め付けられるような切なさは止められなかった。


村全体を包み込むような、湿った土の匂い。台所から小気味よく聞こえてくる包丁の音。子供たちの、耳にタコができるほど馴染んだ騒がしい声。


「……帰ったら、絶対に最高のご飯をリクエストしてやるんだから」


心の中で、密かに、けれど固く決意する。


それから、ふと自分の身体へと視線を落とした。


着たきりの服にはうっすらと道中の土埃が積もり、歩き通した身体は鉛を詰め込まれたように重い。

荷を背負い続けた肩の痛みも。

休むことを忘れた足の気だるさも。

今の彼女にとっては、これこそが旅の重みそのものだった。


「……お風呂、入りたいなあ」


ついに、飾らない切実な本音が口を突いて出た。


村にいれば、井戸から冷たい水を汲み上げ、火にかけ、たっぷりの温かなお湯で一日の汚れと共に身体を清められたのに。今は近くに小川を探すか、次の街にたどり着くまでこの不快感に耐えるしかない。


「ううん」


ベルは雑念を振り払うように、力強く首を振った。


「これが『旅』ってものだもんね」


「汚れるし、疲れるし。それに、ちょっとだけ不便だけど」


けれど。


それでも。


これは、他の誰でもない自分が選んだ、自分だけの道なのだ。


彼女は両手で、自分の頬を軽く叩いた。


「よしっ!」


気合を入れ直し、勢いよく立ち上がる。


「文句を言いながらでも、一歩でも進めば、私の勝ち!」


誰も聞いていない静かな街道で、高らかに宣言する。

荷を背負い直し、残った固いパンを無理やり胃の奥へと流し込んだ。水袋から最後の一口を飲み干し、再び前を見据える。


足は、確かに痛む。


けれど、まだ、歩ける。


「これが、旅だよね!」


少しだけ悪戯っぽく笑いながら。


ベルは再び、黄金色に染まる未知の先へと、力強い一歩を踏み出した。


※本作は、序盤は二人の旅立ちを丁寧に描く構成となっております。本格的なバトルや逃走劇は第3話以降から加速しますので、ぜひそこまでお付き合いいただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。