反撃ののろしー
変身が終わり、ベッドの上のベルは銀髪の少年の姿へと変わっていた。ぶかぶかだった服も、ぴったりと身体に沿う。
ベルは軽く身を起こす。
「よぉ」
パティは頭を軽く下げ、静かに応じた。
「お久しぶりにございます」
部屋には、わずかな緊張と安堵が入り混じった空気が漂った。
ミリィとパティから、昼間の会議の結果やこれまでの経緯を聞く。
黙って耳を傾けるベルを、ミリィは心配そうな表情で見つめた。
「ベルさん……ベルさんは大丈夫ですか?」
ベルは少し間を置き、肩をすくめる。
「大丈夫、とは言えないな」
ミリィが肩を落とすと、隣に立つパティがそっとその背中に手を添える。
「ごめん、なさい……私のせいで……ベルさんの大切な指輪が……」
「何言ってんだ。ミリィが謝ることじゃない。昼間のあいつもな」
「でも……」
「勘違いすんな。お前らが悪いんじゃない。悪いのは指輪を奪いに来たあいつらだ」
「それは……そうかもしれませんが……」
ベルは肩の力を抜き、少し笑みを浮かべた。
「もちろん、どこかに置き忘れたとか、無くしたとかなら、めちゃくちゃ怒るけどな」
「怒って……ないんですか? 悲しくないんですか?」
ミリィが不安げに問いかける。
ベルは少し考え込み、視線を遠くに向けた後、ゆっくりと答える。
「んー……怒ってるし、悲しいと思う。でもな、今はそんな事より、確実に指輪を取り戻したい。あいつらを……取り戻したい。それしか考えてねぇ」
ベルはゆっくりとベッドを降り、窓際に立つ。その瞳には、迷いのない覚悟が宿っていた。
「だから、今夜もちょっと行ってくるわ」
そう言ってブーツを履き始めるベルを、ミリィが慌てた様子で制した。
「ダ、ダメですよ! 私の話、聞いてました? 連絡が来るまで待機って……」
ベルはブーツの紐をぎゅっと締めながら、落ち着いた声で答える。
「悪ぃ、これは譲れねぇ。行かせてくれ」
「だって……」
「……あいつらがいつ出航するかもわかんねぇし、焦ってんだ、俺は」
ベルの瞳には、迷いよりも強い決意が光っていた。
ミリィがベルの服の裾を必死に掴み、体を引いて声を上げる。
「パティ! ベ、ベルさんを止めて!」
パティが一歩前に出て、ベルを見下ろす。
「私もお供します」
鉄甲の付いた拳をぎゅっと握る。
「パ、パティ!?」
ミリィが驚きの声をあげる。
「申し訳ございません、お嬢様。私にはベル様のお気持ちが痛い程よくわかるのです」
「お嬢様を連れ去られ、あてどなく探していた時の私の気持ちと同じ」
パティの瞳には、揺るぎない覚悟が宿っていた。
「仲間を、家族を奪うという事がどういう事か――奴らに地獄を見せてやりましょう」
パティが低く、鋭く告げるその声に、ミリィとベルまでも思わずビクッと身を震わせた。
ベルは思わず目を丸くし、口元を押さえる。
「お……おぉ……迫力がヤベェな」
ミリィが小さく頷きながら、震える声で囁く。
「パティ……今もお休みのたびに関連組織を潰して回ってるらしいですからね……」
その言葉に、部屋の空気が一層引き締まった。
ベルが声を上げて立ち上がった、その時だった。
コンコン、と軽くノックの音が響く。
返事を待つ間もなく、ドアが開いた。
顰めっ面のまま姿を現したのはマリーナだった。
鋭い視線で室内を一瞥し、状況を一瞬で把握する。
「……何をしている」
低く、呆れたような声が部屋に落ちた。
マリーナは小さく息をつきながら、呆れたように言い放つ。
「こんな事じゃないかと思って来てみれば…ミリィ、パティ、お前達までなんだ。作戦を何だと思っている」
そう言いながら、背後からベルに歩み寄り、そのまま自然な動作で抱き寄せた。
ベルの背中に身体を寄せ、頭にそっと頬を当てる。
パティはわずかに眉を寄せ、静かに口を開く。
「そう言われても仕方ないとは思いますが、何か腑に落ちません」
ミリィも小さく頷き、同意する。
「わかる…わかるよパティ」
マリーナに抱き寄せられたままのベルが、めんどくさそうな顔をしている。
室内には、どこか噛み合わない空気が静かに流れていた。
マリーナはベルを抱き寄せたまま、小さく息を吐く。
「ベル、会いたかっ……いや、気持ちは痛いほどわかるが、今は耐えろ」
パティがじっとその様子を見つめ、淡々と口を開く。
「耐えられてない人に言われるのは……」
ミリィがすかさず口を挟む。
「やめよ。ほっておこ」
パティはわずかに眉を寄せ、憮然とした表情を浮かべた。
部屋には、妙に温度の違う空気が漂っていた。
ベルは一度だけ目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
「みんなが色々考えて準備してくれてるのはわかってるし、すげぇ感謝してる。だが、今夜は行かせてくれ」
その言葉に、マリーナはわずかに力を込めて抱き寄せたまま、低く告げる。
「待つんだ。奴らの動向は掴んだ。3日後の出航だ。だから明日の決行を伝えようと」
その一言で、部屋の空気がはっきりと変わった。
ベルは低く吐き出すように言う。
「明日までなんて……待てねぇよ」
マリーナは一瞬だけ言葉を詰まらせるが、すぐに冷静さを取り戻す。
「待て。焦るな。確実にいかなければ……」
その言葉に、ベルの表情が一変した。
「焦るな? 焦るなだと!?」
次の瞬間、ベルはマリーナの両手首を掴み、そのまま引き寄せる。
向き合った二人の距離が一気に詰まり、鼻先が触れ合いそうなほど近づいた。
マリーナの呼吸が一瞬止まる。
「あっ……そんな……近っ」
張り詰めた空気の中、互いの息遣いだけが静かに交差していた。
ベルは一歩も引かず、まっすぐに言い放つ。
「マリーナ! お前にだってわかんだろ!」
マリーナの肩がびくりと跳ねる。視線が泳ぎ、呼吸が明らかに乱れる。
「わ……わかる……わかるから、ちょっと離れて……」
耳まで一気に赤く染まり、思考がうまく回らない。距離の近さに意識を持っていかれ、鼓動がうるさいほどに鳴り響く。
ベルは気づかぬまま、さらに言葉を重ねる。
「あいつらは、ただの指輪じゃねぇ! 俺の家族なんだ!」
マリーナの瞳がぐらりと揺れる。
「そ……そんな、家族だなんて……まだ心の準備が……」
完全に話が噛み合っていない。それでも止まらない。
「頼むよ! 今夜だけは」
マリーナは限界だった。顔を真っ赤にしたまま、ぎゅっと目を閉じる。指先まで力が入り、身体がこわばる。
「……わかった、今夜は好きにして……」
言い切った瞬間、自分の発言を脳内で反芻し――
一拍遅れて、さらに顔を真っ赤にする。
肩がわずかに震え、視線は完全に彷徨っていた。
ベルはぱっと表情を明るくし、力強く言い放つ。
「サンキュー!愛してるぜ!」
その瞬間、マリーナの思考が完全に停止した。
顔が一気に熱を持ち、耳まで真っ赤になる。視線は定まらず、口がわずかに開いたまま言葉が出てこない。
何か返さなければ、と頭では理解しているのに――言葉がまとまらない。
「……うん……私も……しゅき」
自分でも何を言ったのか理解するより先に、時間が止まる。
数秒遅れて、意味を理解したマリーナの顔がさらに赤くなる。
ベルは勢いよく顔を上げ、今にも飛び出そうとした。
「よし!そうと決まれば今す..」
ゴンッ――
という鈍い音が部屋に響いた。
ベルの脳天に、背後から振り下ろされた踵落としが直撃する。
「がっ……!」
衝撃に耐えきれず、その場で膝をついた。
頭を押さえたまま、ぐらりと揺れる。
その背後には、いつの間にか立っていた一人の少女。
清楚なシスター服に身を包み、静かに足を下ろす。その所作には一切の無駄がない。
部屋の空気が、一瞬で張り詰めた。




