作戦会議。カフェにてー
ベルは顔を覆ったまま、小さく息を吐く。
「……さすがだね」
マリーナも腕を組み、呆れたように言い捨てる。
「相変わらずだな」
アンジュは気にも留めず、堂々と顎を上げる。
「何か問題でも?」
マークスは苦笑しながら肩をすくめる。
「いえ……その、安心しました……いろいろと」
リックスが一歩前に出て、胸に手を当てる。
「当然です。我らがリーダーは常に完璧――」
その言葉の途中で、アンジュが椅子の脚に軽く足を引っかける。
「……っ」
体勢を崩しかけ、慌てて踏みとどまる。
リックスは一瞬だけ固まり、すぐに優雅な微笑みに戻る。
「……些細な障害すら優雅に受け流されるお姿、実に見事」
マークスが小声でぼそりと呟く。
「今のフォロー、無理ありますよね……」
マリーナは深くため息をついた。
「大変だな、お前も」
リックスは一切表情を崩さず、きっぱりと言い切る。
「いいえ。至上の喜びにございます」
バロムが静かに頷く。
ベルは観念したように顔を上げ、小さく苦笑した。
「……うん、じゃあ説明するね」
場の空気を切り替えるように、ベルの声が落ちた。
ベルは一度、周囲を見回しながら口を開きかける。
「えーとー……」
言葉を探すように視線が泳ぐ。
その様子を見て、ラインが静かに口を挟む。
「失礼ながらベルさん。実際に彼らと対峙した経験のある私から説明させていただいても?」
ベルはほっとしたように頷いた。
「はい、それじゃお願いします」
ラインは軽く一礼し、場を見渡す。
「では――」
空気がわずかに引き締まり、自然と全員の視線がラインに集まった。
ラインが口を開きかけた、その時。
アンジュがすっと右手を挙げた。
「一つ、よろしくて?」
場の視線が、一斉にそちらへ向く。
アンジュはゆっくりとベルとラインを見比べ――順に指差した。
「あなたと、あなた」
そして、小首を傾げる。
「お付き合いされてますの?」
一瞬、空気が止まる。
マークスが目を見開き、マリーナがぴくりと眉を動かし、リックスが静かに目を細めた。
バロムだけが、変わらず頷いている。
ベルは一瞬で顔を真っ赤にし、勢いよく立ち上がる。
「ちょ、何言って……!」
ラインは落ち着いた様子で首を横に振り、穏やかに否定する。
「とんでもございません、赤いレディ。私と彼女はそのような関係ではありません」
一拍置き、柔らかな声音のまま続ける。
「ただ――私は、そうなりたいとは思っております」
ベルの動きが止まる。
「……ラ、ラインさん……」
言葉にならないまま、視線が揺れた。
アンジュは両手を口元に当て、肩を震わせる。
「まぁまぁまぁまぁ……」
ベルとラインを交互に何度も見つめ――やがてベルで視線を止める。
「……やっと、あなたも真実の愛に出会えたんですのね。親友として嬉しいですわ」
ぽろりと、頬を涙が伝う。
ベルはさらに顔を赤くし、慌てて声を上げる。
「ちょっと! いい加減に……!」
アンジュは感極まった様子で続ける。
「初めてお会いした時にはDVだったり……モラハラだったり、大変でしたものね……」
ラインの眉がぴくりと動く。
「ちょっと、その話の詳細を……」
ベルは思わず両手を振って遮る。
「もうっ! 本当にやめて!」
マークスが堪えきれず、顔を背ける。
マリーナはこめかみを押さえ、深くため息をついた。
リックスは静かに目を閉じ、うっとりと呟く。
「これもまた、尊き人間関係の機微……」
バロムが、こくりと頷いた。
マークスがぱっと顔を上げ、納得したように手を打つ。
「なるほど! だから僕が声をかけた時も、なびかなかったわけか!」
ベルは慌てて手を振る。
「い、いや、だから――」
言い終わる前に、マリーナの鋭い声が飛ぶ。
「マークス警部補。お前は職務中にナンパするなと、何度も言っているはずだが?」
マークスの背筋がぴんと伸びる。
「も、申し訳ございません!」
ぴしりと敬礼するマークス。
ベルはその様子を見て、ますます言い出せなくなり、口をぱくぱくさせるだけになる。
アンジュはそんな光景に、満足げに何度も頷いていた。
リックスは静かに目を細め、うっとりと呟く。
「実に情熱的な関係性……」
バロムが、こくりと頷いた。
ラインは一人、静かに顎に手を当てて考え込む。
「……なるほど」
何かを納得したように、小さく呟いた。
ラインは腕を組み、珍しく視線を落として思案する。
「やはり……貴女はおもてになるようだ」
ゆっくりと顔を上げ、ベルを見る。
「私も以前、待つとは言ったものの……やはり内心、焦りが隠せません」
ベルはきょとんと目を瞬かせる。
「はい?」
ラインは一歩も引かず、真っ直ぐに言葉を続けた。
「この件が片付いて、無事に解決したなら――改めてもう一度、交際を申し込んでもよろしいでしょうか?」
あまりにも自然に、爽やかに告げられる言葉。
ベルの思考が止まる。
「……ラ、ライン……さん」
頬がみるみる赤く染まっていく。
アンジュは両手を組み、うっとりと息を漏らす。
「甘酸っぱいのは大好物ですわ」
マリーナは腕を組んだまま、小さく鼻で笑う。
「奇遇だな。お前と好みが合うとは」
マークスがこそこそとベルに囁く。
「これ……もう断れない流れじゃないですか?」
ベルは言葉にならず、ただ視線を泳がせる。
リックスは静かに目を閉じ、満足げに頷いた。
「実に美しい展開……」
バロムが、こくりと頷く。
おもむろにアンジュが立ち上がると、パン、と手を鳴らした。
「さぁさぁ、キャッキャウフフもよろしいのですが――そろそろ本題の作戦について教えていただけませんこと?」
一同を見渡し、わざとらしくため息をつく。
「まったく、あなたたちと来たら、すぐに話が逸れるのだから」
ベルはじとっとした目でアンジュを見る。
「いや、あんたに言われたくないんだけど……」
マークスが小さく頷く。
「完全に同意です……」
マリーナは腕を組んだまま、軽く顎を引いた。
「だが、今のは正論だな」
ラインは小さく笑みを浮かべ、一歩前に出る。
「では改めて――作戦についてご説明いたします」
場の空気が、すっと引き締まった。
ラインは場を見渡し、静かに頷く。
「では、戦力を整理します」
一人ひとりに視線を向けながら、指で数える。
「ベル君、私、マリーナ警部、マークス警部補、アンジュ殿、バロム殿、リックス殿――計七名」
一拍置き、続ける。
「対する親衛隊は最低でも八、最大で十。よって――」
わずかに声を引き締めた。
「各自一名と交戦。状況によっては、二戦目に入る可能性があります」
マークスが顔を引きつらせる。
「やっぱりそうなりますよね……」
マリーナは冷静に頷く。
「数はこちらが不利。だが質で補うしかないな」
アンジュは腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。
「二戦程度であれば問題ありませんわ」
バロムが、こくりと頷く。
リックスは優雅に微笑む。
「我が身は常にリーダーの盾。何度でもお相手いたしましょう」
ベルは小さく拳を握りしめる。
「……やるしか、ないね」
ラインはその様子を見て、静かに頷いた。
「ええ。ですが――無理は禁物です。確実に、一人ずつ削っていきましょう」
マリーナは腕を組んだまま、アンジュへと視線を向ける。
「あの力は使えないのか?」
その問いに、アンジュは一瞬だけ目を泳がせ――すっと視線を逸らした。
マリーナの眉がぴくりと動く。
「……なんだ、その態度は」
その瞬間、リックスとバロムがアンジュの両脇に立ち、同時に腕で大きくバツを作る。
マリーナはこめかみを押さえ、深くため息をついた。
「……相変わらず使えないやつめ」
アンジュはむっと頬を膨らませ、言い訳するように声を上げる。
「あ、あれは……来たるべき時にしか使えないのですわ。私事では、その……ちょっと……」
言葉が尻すぼみになる。
そのやり取りを横目に、ラインがそっとベルの耳元に顔を寄せる。
「何の話ですか?」
不意の距離に、ベルの肩がわずかに跳ねる。
「……え、あ……」
少しだけ頬を赤くしながら、小声で答える。
「……アンジュって、背中の剣を抜くと……めちゃくちゃ強いんです。たぶん……銀髪の方のベルよりも」
ラインはわずかに目を細める。
「それは……貴女の言葉とはいえ、にわかには信じられません」
一拍置き、静かに続ける。
「ですが……きっと、そうなのでしょう」
ラインは感心したように小さく息をつく。
「やはり、貴女の周りには凄い方々が集まるのですね」
ベルはすぐに首を横に振る。
「そんな事、ありません」
少しだけ言葉を選びながら続ける。
「もちろん凄い人達とは思いますけど……それは私の周りに、じゃなくて。彼――もう一人のベルに集まるんです」
ラインは静かにベルを見返す。
「先程も申し上げましたが……貴女はご自分を卑下する癖があるようですね」
一歩も引かず、穏やかに言葉を重ねる。
「考えてみてください。彼もまた、貴女の周りに集まる者のうちの一人なのですから」
ベルは言葉を失う。
「それは……」
胸の奥で何かが揺れる。
(もう、話してしまおうか……)
一瞬だけ、そんな考えがよぎる。
(アルティシア殿下も知っていることだし……)
だが、すぐに首を振る。
(いや、いけない。それはいけない)
指先に力がこもる。
(秘密を話せば、巻き込んでしまう。今よりも、もっと深く)
ベルは小さく息を吐き、視線を落とした。
マークスは肩をすくめ、申し訳なさそうに口を開く。
「しかし……ちょっと僕は自信がないのですが……」
視線を落とし、ぼそりと続ける。
「最悪、封印を解いたとしても……」
その瞬間、マリーナの声が鋭く飛んだ。
「マークス! マークスマークスマークス警部補!」
マークスはびくりと背筋を伸ばす。
「は、はい!」
マリーナは強い口調で言い切る。
「封印を解くことは許さん。少なくとも今年はもうやるな」
マークスは小さく肩を落とす。
「そうなると……やはり自信が……」
マリーナはため息をつき、視線を横に流す。
「それよりも……アンジュの方が心配だな。やれるのか?」
アンジュはふんと笑い、胸を張る。
「ハリス帝国親衛隊など、赤子の手を捻るより簡単ですわ」
マリーナは冷めた目で返す。
「神剣も使えないのにか?」
アンジュは答えず、ふいと窓の外へ視線を逸らした。
わずかな沈黙。
ラインが静かに口を開く。
「……そうなると、少々厳しいですね。せめて人数がもう少しいれば――」
その時。
三度、入口のドアが開いた。
全員の視線が、そちらへ向く。
そこに立っていたのは――見慣れた、小さな影。
息を切らしながら、必死に声を上げる。
「お、遅くなりました!」
ベルの目がぱっと開かれる。
「ミリィ……!」




