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黒髪の少女の覚悟ー

朝の光が、薄く差し込んでいた。


ベルは、左肩の痛みに顔をしかめて目を覚ます。


息を吸うだけで、胸の奥まで痛みが走る。身体をわずかに動かすと、あちこちから鈍い痛みが返ってきた。


視線を落とせば、全身に巻かれた包帯が目に入る。丁寧に手当てされた跡。


——これは、あいつだ。


そう思った瞬間、胸の奥が締めつけられる。


どんな顔で、どんな気持ちで、この身体を手当てしたのか。


想像しただけで、喉の奥が熱くなる。


ベルの視界が滲んだ。


悔しさが込み上げる。


自分は何もできなかった。任せきりで、守られて、こうして生きている。


痛い。


身体も、痛い。


けれどそれ以上に——心が、痛い。


やっぱり、怒っていたんだ。


悲しんでいたんだ。


そんなの、当たり前なのに。


分かっていたのに。


それでもどこかで、許してもらえるんじゃないかと、期待していた。


その自分が、たまらなく嫌になる。


「……私、なんて……」


声は最後まで出なかった。


ずるい。


分かっているのに、目を逸らして。

分かっているのに、甘えようとして。


ベルはそっと手で目を覆う。


光を遮るように、何も見えないように。


胸の奥で、何かが静かに崩れていく。


このまま——


消えてしまえたらいいのに。


ベルは痛む身体をゆっくりと起こし、這うようにしてベッドから降りた。


自分が服を着ていないことに気付き、胸元をそっと手で覆いながら、周囲を探す。


服はベッドの下の床に脱ぎ捨てられていた。手に取ると、その重みがずしりと腕にのしかかる。乾いた血が焼けた埃と共に張り付いており、ところどころ切り裂かれ、もう服としての役目は果たせない状態だった。


ベルはその服を胸に抱きしめる。


〈待ってて、私、私もできるだけのことをするから…絶対、絶対に…彼女達にまた会わせてあげるから…〉


小さく呟き、ベルは目を開いた。その瞳には、揺るがぬ覚悟が宿っていた。


ボロボロの服を身にまとい、ベルは静かに部屋を後にした。


時間がない。昼間のうちに出来ることをやらねばならない。夜になれば、きっとまた彼が動き出すだろう。


〈もう少し、もう少しだけ待って〉


焦る気持ちは痛いほどにわかる。わかるが、まだ整ってはいない。ベルは手すりに縋るようにして宿の一階へ降り、壁にもたれながら外へ向かう。


扉を開けたその瞬間、柔らかく落ち着いた声が耳に届いた。


「お久しぶりです、ベルさん」


声の主――金髪の青年が、まっすぐにこちらを見据えている。その瞳が開かれ、ベルの傷を一目で捉えた。


「その傷は、一体どうされたというのです」


ベルは震える声で言った。


「ライン…さん、来て、くれたんですね」


その瞳には、堪えきれずに涙が浮かんでいた。


ラインは静かに答える。


「もしや、帝国の尋問で――」


だが、言葉が終わる前に、ベルはその胸に飛び込み、声をあげて子供のように泣きじゃくった。


一瞬、ラインは驚きの色を見せたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべ、そっと両手でベルを抱きしめる。


ベルは嗚咽混じりに震える声で言った。


「うれしい…ほんと、本当に私、つらくて…心細くて…こんなに早く来てくれて…うれしい…」


言葉は途切れ途切れに零れる。


ラインはそっとベルを抱きしめたまま、低く落ち着いた声で答える。


「あなたの頼みなら、私は何をおいても、いつでも風よりも早く、参上仕ります」


ベルは肩を震わせながら、かすかに息を整える。


「ありがとう…ございます」


ラインは落ち着いた声で告げる。


「とりあえず部屋に戻って休んでください。お怪我に障ります。差し支えなければ、私が部屋までお運びしますが」


ベルは少し考え込み、答える。


「ありがとうございます。でも私、行かなきゃいけない所があって」


ラインは静かに頷き、柔らかく言った。


「承知しました。私がお連れします。では、失礼を」


そう言うと、抱きしめたままベルを背中に回し、そっと背負いあげる。


「え…ちょっと、ラインさん?」


ラインは微笑みを浮かべ、揺るがぬ声で答える。


「お気になさらず。殿下からも、最大限お力になるようにと仰せつかっていますので」


ベルは顔を赤くし、心の中で小さく呟いた。


「そ、そうじゃなくて…」



ベルはラインに背負われたまま、静かに街中を進む。人目を避けるように、表通りではなく裏路地を選んで歩くあたり、さすがラインだと思わず感心する。配慮と気遣いが、尋常ではない。


「マリーナさんからの連絡は、無事に届いていたんですね」

ベルが声を絞り出す。


ラインは穏やかに答えた。


「はい。連絡を受けた時は驚きました。そして、殿下の命の元、すぐに出立した次第です」


続けてラインは視線を前に向けたまま言う。


「この街には昨夜到着しましたが、ちょうど彼――魔王殺しがハリス帝国兵と先頭中で、まさに手遅れになる前に間に合った次第です」


ベルは小さく息を吐き、うなずいた。


「そう…やっぱり」


「それで、このまままっすぐギルドに向かえばよろしいのですか?」


ベルが小さく答える。


「はい。お願いします」


ラインは珍しく言い淀む。


「その…差し出がましい様ですが…」


「なんですか?」


ベルが尋ねる。


「その…一度、服を買いに寄るのはいかがでしょう? このままでは問題が…」


ベルは一瞬、何のことか理解できず目をぱちぱちさせる。だがすぐに意図に気付き、顔を真っ赤にする。


「何か…見えてましたか?」


ラインは少し間を置き、静かに答えた。


「…ええ。実は背負う時に気付いたのですが…下着が少々…」


ベルは耳まで赤くして慌てて言う。


「わ、忘れていただくことはできませんか…」


「申し訳ございません。この目と心に焼き付いてしまいました」


「そんなの、焼き付けないでくださいっ!」


「面目ございません」



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