ただ友のためにー
港の暗がりを切り裂くように、静かな足音が響いた。
ターニャが振り返り、声を張る。
「ルグレシア王国の騎士が、一体何のつもりですか!?」
やがて街灯の光が、その姿を浮かび上がらせる。
長身に整った鎧を纏い、背筋を伸ばして立つ男。金髪に碧眼、整った顔立ちは静かに威圧を帯び、無駄な装飾のない鎧と外套が、彼の誇り高さを際立たせている。
「何のつもりか聞きたいのはこちらの方です。可憐なお嬢さん」
その声は落ち着きに満ちており、決して怒鳴ることなく、しかし場を締める圧があった。男の目は、戦闘に臨む者を一瞬で見抜くかのように鋭い。
「そちらは我がルグレシアが公式に保護を公表している魔王殺しことベル・ジット殿。その彼に対する攻撃は、我が国への攻撃も同じ」
アベルがと肩を強張らせる。
「こっちはハリス帝国、その正式な作戦行動中だ。そこに騎士団が介入するということは―」
「そう。当国の殿下は戦争も辞さない覚悟でいらっしゃる」
男の穏やかな笑みと、明確な意志が同時に現れ、3人の体に戦慄が走った。
アイリーンが小さく息を呑む。
「…本気?」
「私は冗談は言いません。麗しいレディ」
ベルは眉を上げ、笑みを浮かべる。
「…あんた、そんなんだっけ?」
港の冷たい夜風に揺れるマント。鎧の端が光を反射し、歩むたびに静かに軋む音が響く。男の姿勢は崩れず、しかし威圧するわけでもない。その穏やかさの中に、揺るがぬ力を感じる。
ベルの目が、その男の歩みに自然に釘付けになる。以前、ルグレシアで模擬戦を共にしたときも強さは感じたが、今の静かな存在感はそれをさらに上回る。
港の街灯が影を伸ばす。男はただ歩みを進め、戦いの空気を切り裂くわけでも、圧力をかけるわけでもなく、そこにいるだけで戦況を変えるかのようだった。
やがて、ラインが静かに立ち止まり、ベルに向かって声をかける。
「どうやら間に合ったみたいだね」
ベルは軽く肩をすくめながら答える。
「あんた、前より強くなったか?」
ラインは穏やかな笑みを浮かべ、目を細める。
「君に惨敗してから、一から鍛え直したからね。もし次、戦うことがあれば、今度は私が勝つと思う」
ベルは少し身を乗り出し、軽く笑みを返す。
「そいつは楽しみだ」
二人の視線が交わり、港の夜風が二人の間を吹き抜ける。笑みが自然にこぼれ、戦いの緊張感の中にも、わずかな安堵の空気が混ざった。
アベル「あー。友情を深め合ってるところ悪いんだが…」
ベルとラインの間に挟まれる形で、アベル、アイリーン、ターニャの三人はそれぞれ警戒の構えを取る。
アベル「ライン…と言ったか、あんた、本当に魔王殺しに加担するのか?」
ラインは落ち着いた声で応じる。
「もちろん、そのつもりで来ている」
アイリーン「我が国ハリスの敵に立つと?」
「ハリス帝国が彼の敵であるならば、やむなし」
ターニャは少し眉を寄せ、問いかける。
「…それが、ルグレシアの総意と捉えてよろしいのですか?」
ラインは柔らかな笑みを崩さず答える。
「無論、殿下のみならず、我が騎士団も、そして全てのルグレシア国民が彼に恩義を感じています。もちろん、私個人としても」
ラインは視線を真っ直ぐに前に向け、力強く告げる。
「故に――王国騎士団隊長として、彼の友として――全力で敵対する」アベルが声を上げる。
「ターニャ、アイリーン、やるぞ!」
その両腕に炎が纏い、周囲の空気まで焦げるような熱を帯びる。
アイリーンも両手のバヨネットをしっかり握り直し、視線をラインへと戻した。
ターニャは二人に背を預け、ベルに向かって構えを取り直す。
アベルが一歩前に踏み込み、右腕を勢いよく伸ばす。炎に包まれた高振動破砕装置が唸り、地面に振動が伝わる。
その刹那、ラインは腰の剣を抜き、アベルに向かって突きを繰り出す。
アベルが呻く。
「ぐっ!」
ラインの鋭い突きがアベルの右肩を正確に捉え、その動きを完全に止める。
咄嗟にアベルは炎を纏った生身の左手をラインに突き出す。だがラインは軽やかなステップで後ろへかわす。
その瞬間、アベルの背後からアイリーンが飛び出してくる。左手に握ったバヨネットを突き出すと、ラインはまた軽いステップで後方に避ける。
「かかった!」
破裂音が響き渡り、アイリーンの拳が火を吹きながらラインへ向かって飛ぶ。
ラインはわずかに目を見開き、飛んでくる拳が握るバヨネットのリングに剣先を引っ掛ける。瞬時に力を受け流すと、拳は空を切り、後方へと弧を描きながら飛ばされる。
ラインは眉を軽く上げ、じっと二人を見据えた。
「驚いた。それが話に聞く、東大陸の魔装義肢、か。これは確かに、予測が付かないな」
その声には心底からの驚きが滲んでいた。
アベルが肩をすくめ、低く唸る。
「こいつはこいつで……」
アイリーンは顔をしかめ、歯を噛みしめる。
「……化け物め」
ラインはふと微笑む。
「化け物とは酷いな。でもその様子だと、彼、ベル君と同じ扱いと言うことならば……少し嬉しいな」
その言葉にベルは少し嫌そうな表情を浮かべながら、
「そろそろ俺たちも再戦といこうか」
息を整えたベルが、静かに立ち上がる。
ターニャは再び構え、両膝と踵から刃を打ち出す。
「剛力2倍!」
鼻血が額を伝うが、彼女は微塵も気に留めない。
ベルは呟く。
「カレンはあんたにはお構いなし、か」
その瞬間、ベルの姿が、光と影の間に消えた。
ターニャが目を見張るよりも速く、ベルは再び現れ、右膝をターニャの鳩尾に突き刺す。
「さっきのお返しだ。悪く思うなよ」
ターニャは息を詰め、右膝の刃でベルを狙う。
ベルはギリギリで刃を避け、両拳で挟むようにして突き出される膝を左右から全力で叩きつける。
「ミシッ……!」
ターニャの魔装義肢が軋む音が、夜の港に響き渡る。
ターニャは慌てて後方へ後退する。
逃げながらも、左足を振り上げ蹴りを放ち、牽制する。
踵から伸びた刃がベルの前髪をかすめ、切り落とす。
しかしベルは怯むことなく、距離をさらに詰める。
その瞬間、ベルはターニャの腰に両腕を回し、力任せに後ろへ押し倒す。
「くっ!」
ターニャが唸り声を上げ、地面に肩をつく。
ベル「やっと捕まえたぜ!」
ターニャ(剛力2倍で…本当に化け物なの!? こうなれば…)
「剛力!3ば…」
さらに出力を上げようとした瞬間、ターニャの意識が白濁し、両目から血が再び流れ出す。
その隙を逃さず、ベルは立ち上がりながらターニャの右足を両手で掴み、全力で捻る。
ミシミシと、金属の軋む音が辺りに響き始める。ベルが右に左に捻るたび、その音は荒々しさを増す。
やがてターニャが意識を取り戻しかけたときには、意外なくらい軽い音と共に、右脚は膝から折られていた。
「!?」
ターニャが驚きの声を上げ、地面に倒れ込む。
ターニャの目が見開かれ、血と混じった涙がとめどもなく流れる。
「あ…あぁ…足が…私の足が…あぁ…また、また奪われる…」
折れる音に反応して振り向いたアイリーンは、その光景に目を見開く。
(いけない…!)
「ぁ…あぁ…あああああああああっ!!」
ターニャが両手で頭を押さえ、叫びを上げる。
右脚を文字通り捩じ切ったベルは、その脚を掴んだまま後方へ飛び下がる。
「なんだ…?」
ラインが呆れた声で告げる。
「ベル君、お嬢さんの脚は、そんな風に扱ってはいけないよ」
アベル「こいつぁまずいな…」
アベルとアイリーンがターニャの元へ駆け寄る。アベルは両手に銃を抜き、ベルとラインに銃口を向けた。
「こっちから誘っておいて、申し訳ないが、今夜はここまでにしないか?」
ベル「ふざけんな!このまま逃げられると思うなよ!」
ライン「このままいけば、私達に分がおるであろう場面で、引く者はいないだろう」
アベルとターニャの頬を汗が伝う。
その時――
「いいえー、ここまでにしてもらうわー」
背後の船、甲板から響く声。
アベルとアイリーンは安堵の笑みを浮かべる。
ベルとラインが顔を上げると、甲板に三つの人影が立っていた。
甲板に三つの人影が立っていた。
工兵曹長エレン・サンドロスは、背の高い細身の体で冷静に周囲を見渡す。大きな拳銃を手に、静かに戦況をうかがっていた。
その隣には砲兵アルマー・ミルカロス。肩までの黒髪を揺らし、細身の体に隠れた機敏さを感じさせる。目にはどこか茶目っ気を帯び、油断ならぬ雰囲気を放っていた。
戦闘盾役モーリス・アレクサンドは圧倒的な体躯を誇り、立つだけで周囲に重圧を与える。黒髪短髪の大男が戦場を睨むその姿に、自然と戦意が引き締まった。
三人は静かに、しかし確実に、戦場を支配する気配を漂わせていた。
ベルは甲板の三人を見上げ、低く呟いた。
「キザミに、ユキメ、イバラキ…」
アルマーが軽く肩を揺らし、微笑む。
「ずっと船内から様子を伺っていたんだけど、そろそろ私達の出番かしらねー」
エレンは飄々とした笑みを浮かべ、身を翻す。
「ヒーローは遅れてやってくるってね!」
その声に応えるかのように、モーリスの豪快な声が甲板に響き渡る。
「今夜はここまで!それでいいだろう!」
ベルは呆れ顔で両手を広げた。
「でかっ、いいわけねぇだろ。本当に勝手な奴らばっかだな」
ラインは一瞬だけ目を閉じ、呼吸を整える。
「いや、ここは引こう。流れが良くない」
ベルは歯を食いしばり、前に出ようとした。
「いや、俺は一刻も早くー」
ラインは静かにベルの体を見据える。
焼けた口元、傷だらけの体。特に左肩の深い刺し傷が、戦いの苛烈さを物語る。
「わかっている。そのための策がある。それにー
その身体で彼らといつまで戦える?」
ベルは少し目を逸らし、考え込む。
「…策ってなんだよ?」
ラインは微笑みを崩さず、答える。
「それはここから帰ったら、説明しよう」
ベルは短く息を吐き、頷いた。
「わかった。あんたを信じる」
ラインは目を細め、静かに言った。
「こうして君に少しずつ心を開いてもらえるのも、感慨深いな」
ベルは苦笑する。
「本当、ラインってそんな奴だったか?」
「まぁいいや。それじゃ今夜は帰るがー」
ベルは甲板の三人を指差し、低く声を張った。
「姫神達は必ず取り戻す。それまで大事に扱えよ!」
その言葉と共に、ベルは手に持ったままのターニャの足を、力強く投げ捨てた。
金属の脚が甲板に落ちる。
乾いた音が夜の港に響き渡る。その直後、ターニャの絶叫が続く。
「あ…あぁ…ああああああっ!!」
悲鳴は甲板を震わせ、海風に乗って遠くまで流れていく。ベルの指先にはまだ、捻られたままの脚の重みが残っていた。
周囲は一瞬、凍り付いたように静まり返る。夜の闇に混じる悲鳴と金属音だけが、苛烈な戦いの余韻を伝えていた。




