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ふかふかのベッドで寝て起きれば、ヴァレンティナは一瞬自分がどこにいるか分からなかった。寝起きの頭を働かせて、殿下の愛人になったことを思い出し、思わず大きなため息をついた。
「はぁーーーそうだった。やらかしたんだった。もう覆らないよね。でも、爵位も継承できなかったし、血筋だけじゃ生きていけないし。職も失っただろうし……自由に使えるお金がないと! 愛人じゃなく、妃になーんて私の能力では無理だし、議会が許さないだろうし……。年に数回の旅行ももう行けないのかな?」
大きくなったら領地に戻れると思っていた学生時代、叔父達が捕まらないからと王都に用意されたアパートに暮らし続け、婚約者候補にまで選ばれて外され、爵位も結局戻ってこなかった。
最後に残ったのは少しの疑念だ。でも確証はなく、ずっと自分を守ってくれていた人なのも事実だ。
「王妃様は私のことどうしたかったんだろう……」
住まいは王妃が用意したアパートから殿下が用意した屋敷に変わった。ただ住む場所が変わっただけだ。それに、一人暮らしの時とは違うとヴァレンティナはベッドから勢いよく降りた。
屋敷の使用人たちは殿下が厳選した使用人だと言っていた。分からないことがあったら執事か侍女長に聞くように言われている。アパートに放り投げられてここで生活してくださいと投げ出されたときとは雲泥の差だ。
「とりあえず、ここでの生活に慣れないと行けないよね。あと、手紙出していいか聞くしかないか。……ポジティブに考えよう! コレであの怖いお茶会に参加しなくてすむ! それに、お墓参りにも行けるかも!」
自分自身に言い聞かせ、着替えてから居間に行くと、執事から「今後はお部屋の呼び鈴を鳴らして侍女をお呼びください」と注意されてしまった。どうやら一人で着替えて降りてきては行けなかったらしい。
確かに親が生きていた頃はそうしていたが、あれは子供だったからではなく貴族として当たり前だったようだ。
執事から書類を渡された、どうやら銀行や職場への離職のために書かないといけない名義変更やら書類を色々あるらしく、午前中はその対応に追われてしまった。
名前を書き換えるたびに自分で手にしたものがすべり落ちていくような感覚に気づき、ヴァレンティナは思わずペンを強く握りしめた。少し太くなる文字に、ここで何か喚いたとしても何も変わらないと言い聞かせ手を動かし続けた。
午後は、少し疲れてしまったので、部屋で持ってきた魔具交流紙面を一人で眺めた。そういえば、誰にも日録で旅の日録を時々載せて小銭を稼いでいる事を教えていない、誰かに聞かれたこともないということは、気づかれていないはずだ。
これだけは自分のものとして残したいと思ってしまった。
そういえば、旅行日記がまだ途中だったことも思い出し、夢中で続きを書き込んでいく。食べ物や風景、あの時感じた空気。
「自由だったな」
塩を含んだ湿った風、ほんの少し肌を刺す陽の光を思い出しながら、止まっていた旅行日記を書き終えた。
誰かがこの記事を読み、旅をする。
そして感想を書き込んでくれたりするのだ、ヴァレンティナにとって顔も知らない赤の他人だが、小さな交流であり、ここに存在しているという証が残せて嬉しかった。
しかもこの記事に対して投げ銭をしてくれる人もいるため、お小遣い稼ぎにもちょうど良かった。現金にするには少々大変なのだが、今自由にできるお金はここしかない状態だろう。
魔素網なんて相当過激なことを書かない限りは、目をつけられることもない。
「鍵付きカバーを注文しよう」
これは大切な自分の日記でもあるのだ。
**
次の日はちゃんと侍女を呼んで着替えを頼んだ。ここでの暮らしは、本当に貴族令嬢としての生活を味わえるのと同時に、両親が生きていたらこれに違和感なく暮らしていたのだろうと思うと、なんとも言えない気持ちになったのだった。
昼間はダンスに礼儀作法。やはり文官としての作法では足りないため、まさかの一からの学び直しだ。
自前のドレスが無さすぎるために、急遽一式揃える必要が出てしまいドレスメーカーとの打ち合わせに採寸。お店に行くでのなく、ブティックが屋敷にきてカタログを見せられるなんて思いもしていなかったため、ほとんど優秀な自助のアドバイス通りに選ぶことになった。
お茶会用と外出用、室内用と季節ごとの衣服、夜会用と晩餐用とかなりの数に目が回りそうになった。
「本当にこの量が必要なんですか? 私が貴族の集まりに呼ばれることはないと思うんですけど」
「それは誰もわかりません。ですが急遽呼ばれた時に着る服が無ければ恥をかくのは殿下ですから」
「あ、はい」
金額は恐ろしくて見れないが、やはり貴族は違うらしく値段の話が一切出てこなかった。逆にそれが恐ろしくもあり、思わずブティックの人たちが帰った後に執事に聞いてしまったくらいだ。
「あれっていくらなんですか? 値段の話が一切なかったですけど?!」
「ヴァレンティナ様はお気になさらずとも大丈夫です。殿下のポケットマネーですから」
「いやいや、使い込みは良くないですし、ぼったくられたりしたら」
「それは大丈夫です。市場価格と照らし合わせて、あまりにも法外な値段を請求されましたらちゃんと交渉いたしますから」
「そ、そうなんですね」
お気になさらず、と部屋の外に追い出されてしまった。どうやら邪魔なようで渋々自室に戻ったのだった。
愛人と言われて屋敷に囲われるだけで退屈だと思っていたところ、一週間ぶりに顔を合わせた殿下の腕の中には大量の書類、そして後ろに控える側近の腕の中も書類だ。
「どうしたの?」
「君に会いたくてね、でも仕事が終わらないからこっちに持ってきた」
「それは……」
ダメだろうと言いたかったが、殿下の目の下にはクマができておりヴァレンティナは口を継ぐんだ。殿下はテーブルに書類をドンと置くと速攻で彼女を抱きしめ、若干匂いを嗅いでいる節もある。
「お疲れ様です。飲み物でも飲みますか? 少し眠られます?」
「いや、仕事をしないといけないから。でもそばにいてほしい」
そう言いながらも離れる様子がない。側近達は二人を無視して机の上に書類を重ねていく始末。しかも独り言のように説明付きだ。
「あー重かったー」
「なぜか仕事が増やされているんですよ。嫌がらせでしょうが、人手が足りない時にあえてっていうのがなー」
「殿下の仕事じゃないものも紛れていましたからね、精査するだけでも大変でしたよ」
並べ終えると側近達は「では、お約束通り30分休憩いたします」といって部屋を出て行ってしまった。
「どういうこと? 書類整理ならベアグリルスが得意そうだけど、見当たらないね」
「……あいつは別のことで今忙しいだよ。リアリスは書類整理に向いていないし別件で動いてもらっていていないいんだ。信用できて書類整理に向いている側近がシオンとキーシナとバレスの3人だけなんだよ」
「そうなんだ……30分休憩中ですか?」
「あぁ」
「とりあえず椅子に座らせて」
「あぁ」
椅子に座れると思った瞬間、抱き上げられていた。
「ちょっと?!」
「本当は毎日こっちの屋敷に来る予定だったんだよ。それなのに、夕方に今日中に見ないといけない書類が大量に届くんだ。嫌がらせでしかないだろ?」
「それは、また……」
「重要案件ばっかりで、誰が留めているか調査させているだが……」
「……殿下座りましょう」
「あぁ」
どうやら相当お疲れのようだ。ソファに座るかと思ったら、そのまま押し倒されるも身動きせず。
「殿下?」
声をかけても反応がなく、優しく頭を撫でても反応がない。どうやら抱き枕にされたようだった。
ヴァレンティナは小さなため息と一緒に優しく殿下を撫で続けた。
殿下に承認をもらう書類を留めるなんて行為を普通はできない、誰かしら指示しているのはずだ。それが高位貴族か…。そこまで考えてヴァレンティナはハッとした。自分はもう王宮に勤めている役人ではないのだ。
できるのは、ほんの少し書類を手伝うことくらいだろう。
30分後きっかり側近達は戻ってきて、ヴァレンティナにひっつく殿下を剥ぎ取ると書類仕事をさせ始めた。
殿下は口では文句たらたらでも、ちゃんと書類を手に取り目を通してサインしたり、不備として差し戻しの箱に入れたりと動きは機敏だ。
ヴァレンティナも不備として入れられた書類の分類わけや、お茶など細々とできることを手伝いながら一緒に書類仕事を終わらせるのを手伝うと、側近達にはありがたられ殿下は子供のように「俺のそばにいて!」と駄々をコネるという少々カオスな状態だった。
「あーーヴァレンティナ様のおかげで想定より早く終わったー!」
「もうここで寝てもいいですよね?いいですよね?」
「おやすみ」
側近達はソファに寝転んでしまった。
「俺も寝る。シノン部屋に戻ろう」
「え、はい」
「……俺たちは夫婦なんだから同じ部屋だろ」
「夫婦……愛人ですよね、私?」
「それは周りが勝手に言ってるだけで、俺の妻は君だ」
ダメだ、目が座っている。完全に正常な状態じゃない、とヴァレンティナは判断し「はいはいそうですね」と聞き流しながら部屋へと連れて行きベッドに寝かせた。
「……なんか違う。夫婦なんだから」
「はいはい、おやすみなさいませー。目の下にこんなにクマを作って、綺麗な顔なんですから睡眠大事」
そう言いながら、ヴァレンティナは殿下の胸元を優しくポンポンと手で叩き、頭を撫でてやるとすんなり眠ってしまった。
「やっぱり相当無理してたのね〜」
◇魔具交流紙面
本の形をしており、日録、絵画、専門書、事に本が分けられており、投稿用の本を持っていれば誰でも記事を追加出来るだけでなく、閲覧数が多いと小銭も稼げる。
また、一部有料だったり月額ページがあったりと、投げ銭的な収入源としても使える物




