22)人魚姫のように
「プールだー!」
神殿のような建物の中は、美しいタイルが敷き詰められた室内プールだった。美しい彫刻から流れ落ちる水、幾つもあるプールは温度が違うらしく、奥の方が熱いらしく、手前は冷たい水が入っているとか。
「貸切! さすが王族、規模が違う〜!」
想像以上に豪華なプールに大興奮していた。
水着を着朝して早速飛び込む。完全貸切な状態になるなら侍女達や女性の事務官もくればよかったのにと思いながらも、無理に誘っても仕方ないかと思い直した。まさかの一人きりだ。
外で護衛している人には申し訳ないが、ビキニ姿で一人悠々と泳ぎ放題だ。
「いやー勿体無いよねーこんな素敵な施設を使わないなんて〜!!!」
人がいない為、バシャバシャ水音を立てたり水中でくるくる回ってみたりやりたい放題、次のプールへと勢いよく飛び込めば、大きな水飛沫があがりステンドグラスから外の光を取り込んでいるため、キラキラとカラフルに壁を照らして綺麗だ。
人がいたら絶対に怒られる遊びだと思いながらヴァレンティナはゆらめく水面にぷかぷか浮かんだ。水のゆらめきに身を任せるのはとても心地よく寝てしまいたい。
微かに聞こえる水音と時々聞こえる雫が落ちる音。
このまま水と共に溶けてしまいたいと思いながらぼーっとしていた。
「はぁー……極楽ーこの水温が一番いいわ」
「へーそうなんだ」
「んん??」
自分一人だと思っていたのに、まさか答える声がしびっくりして、バランスを崩して溺れてしまった。
ドボンという音と共に、誰かが慌てて抱き上げてくれて助かったが、密着する肌の感触に思わず押し返してしまった。
「げほげほげほ!!!」
「落ち着け」
「はぁはぁ、なななな、なんで?? 殿下が?」
「今日は自由行動日だろう。俺がどこにいたって問題ないだろう」
「そ、そうですけどぉ?!」
思わず体を隠してしまった。だってこの水着、ワンピースとビキニのセットなのだが、一人で貸切だと分かった瞬間にワンピースを入り口で脱ぎ捨てているのだ。
「なんで隠すんだ?」
「だって我が国でははしたないでですよね?! 南の国では問題ないですけど」
「ふーん。……今は他国だ」
「屁理屈を! ちょっと、距離ちかい」
「シノンって、着太りするタイプだったんだね」
「へ?!」
逃げようとすると捕まってしまった。ていうか、なんで殿下の水着も南国仕様なの! 我が国の男性の水着は上下セットなのに、パンツだけだから、胸筋がみえてるし!!
「まってまって」
「あはは、首下まで真っ赤だ……」
「!!」
もう耐えられない、逃げるが勝ちだ。息を大きく吸ったらその場で潜って逃げた。ついでに殿下の下半身も見ちゃったよー!足の筋肉もすごいですけど!!
「あはは、おにごっこだね」
殿下は、楽しげに同じように水の中に入って追いかけた。
急いでプールのはじにつき勢いよく出ようとしたところで足首を掴まれプールの中に引き摺り込まれてしまった。
「きゃっ」
水の中、普段とは違った殿下の顔。ふわりと水の中で漂う金の髪の毛は、差し込んだ光で煌びやかに輝き、同じようにばらけてしまった私の髪の毛も陽の光に照らされて明るく色づいた。
殿下は、人魚姫みたいだと思いながらうっかり見惚れていたら、笑みを浮かべて彼が手を伸ばしてきた。
慌てて伸ばされた腕を振り払うも、力では叶うわけもなく、その硬い腕に抱き締められ浮上した。
「ぷはっ」
「はぁはぁはぁ」
殿下の胸元にヴァレンティナの吐息が当たる。
「シノン、捕まえた」
「で、んか」
「アルって昔のように呼んでよ」
「……アル。離して」
「いやだ」
「アル」
「シノン」
「はい」
「シノン」
「はい、なんです?」
「シノン」
さっきからシノンとしか返さない殿下にイラッとしつつも、先ほどから気になっていることを我慢できずに指摘した。
「いい加減に離してください。その……あたるんで」
「シノン」
「アル!」
「シノン、君って無防備だよね。よく無事でいられたよね」
「え?」
見上げると同時に胸元が緩くなったが、殿下の表情をみて思わずむすっとした。
「ぶん殴っていいですか?」
「いいよ」
頬を染めていう殿下にヴァレンティナは、殴ったらまずいなと瞬時に判断した。
「イタズラはやめてください。一応わたしも婚約者候補としているんです。手を出されたら、その時点で」
「側室だ」
「正確には愛人ですよ。婚約者が確立するまで、私は愛人です」
「それでもいい」
「……よくないですよ」
「どうして。俺は、君を手放したくない。もう無力な子供じゃない」
「……アルのその感情は、子供がお気に入りのおもちゃを取り上げられたものですよ」
「なら、シノンは? 俺のこと嫌い?」
その問いに、すぐに「嫌い」と言えばよかったのにヴァレンティナは動揺してしまい、うまく言えずに口籠ってしまった。
「ねぇ、キスしていい?」
「へ?」
「いい?」
「ぁ・・・」
ダメダメダメだ。して仕舞えば引き返せない。わかっているのに、言わなきゃいけないのに、ヴァレンティナは何も言えずに顔を真っ赤にして目を閉じてしまった。
「目を閉じたら、良いってことになるんだよ?」
大きな手がヴァレンティナの後頭部を軽々と包み込み、その口を塞いだ。
水音とかすかに聞こえる吐息だけがプールに響いた。
気づけばプールサイドにあるサマーベッドの上で殿下に抱きしめられていた。見上げれば眠っている殿下の顔、心地良さそうに眠っている。
殿下の胸元に顔を寄せれば、心音が聞こえ心地よさと同時になつかしさが込み上げてきた。抱きしめられたのはいつぶりだろうか、小さい頃に父親に抱きしめられたのが最後ではないだろうか。
包み込まれるように抱きしめられていることに安心感を得るなんてと思いながら、ヴァレンティナはまどろみかけたその時、外で大きな落雷の音が響いた。
「雷?」
起き上がれば外は雲がゴロゴロと鳴り響き、明るく日差しが差し込んでいた窓は暗く翳ってしまった。
「ん? また一雨くるのか、部屋に戻ったほうが良さそうだな」
殿下も流石に目が覚めたらしく起き上がり、大きなあくびをした。
「そういえば、アルは仕事終わったの?」
「ん? まぁまぁ終わらせた。で、シノンが一人で遊んでるっていうから混ざりにきた」
「混ざりにって」
「大人な遊びになっちゃったけどね」
水も滴るいい男とはこういうことなのだろうと思いながら、ヴァレンティナは殿下の頬を摘んだ。
「キスしかしてないです」
「そのキスで気絶したのは誰?」
「……破廉恥!」
「あははははは!!」
殿下が大笑いした瞬間外で閃光が走った瞬間大きなドンという地鳴りと共に落雷が落ちた。
「ひぃ! 近い近い!!」
思わず殿下にしがみつけば、まさかのそのまま抱き上げられてしまった。
「これは早く出たほうがいいな」
「まって、おろして」
「こっちの方が早い」
女性更衣室の前まで連れてかれてしまった、幸いにもそこまで護衛は来ておらず、二人の姿は見られずに済んだ。着替えて外に出ればやはり殿下がいる分護衛の数が増えていた。
「殿下、集中豪雨が発生しているようで、予想では一時間以内にはおさまるそうです」
「そうなんだ、かなり近い場所に落雷があったようだが」
「時計塔に落ちたとホテルのスタッフが騒いでおりました。念の為、殿下とヴァレンティナ様はご一緒に行動していただいてもよろしいでしょうか」
「あぁ、ヴァレンティナ」
「はい」
殿下に呼ばれ振り返れば、するりと手を握られてしまった。そのまま護衛たちに連れられそのまま殿下が利用している客室の居間に通されてしまった。
「殿下のお部屋広いですね」
「まぁ、このホテルで一番いい部屋だからね」
雑談に興じるもまた窓の外が真っ白になり轟音と共に落雷が落ち、灯りが消えてしまった。
「確認してまいります、お二人はこのまま」
護衛たちが扉を固めるなか、殿下が横に座った。
「かなり大きな落雷だったね」
「そうですね、配線が切れたみたいですが、すぐに復旧できるんでしょうか?」
「どうだろうね〜」




