21)バレル
翌日の公務は現地交流のために歴史や文化について、専門の人による説明を受けた。実際に美術館や博物館も巡りつつ、最後は民族衣装が並ぶ建物ないに入ると、サプライズとして現地の民族衣装を着せてもらえることになった。
真っ赤に染め上げられたシルク糸の織り柄には花や鳥が織り込まれていた。これは家内安全や幸福を運ぶ鳥らしく、縁起物の柄だという華やかな衣装にテンションが上がる。幾重にも重ねた紗の衣と相舞って、異国情緒あふれる衣装に思わず鏡の前でくるりと舞っていると、別の部屋から殿下が出てきた。
彼も同じく衣装を着ており、対になる衣装だ。
「わぁ、殿下はどんな衣装を着ても素敵ですね」
「ありがとう。ヴァレンティナも美しいよ。この衣装を一式買ってしまおうか?」
「やめてください。怒られます」
まさかの発言にヴァレンティナは思わず真顔で返すと殿下は楽しそうに笑った。
記念に写真撮影をするというので隣室にある撮影部屋に行くと、そこも華やかな椅子と宮殿のような絵が描かれた布が垂れ下がっていた。
「わぁ、すごいですね」
「これは昔の王侯貴族の結婚式場を再現しているんですよ」
「結婚式場……」
スタッフの言葉にヴァレンティナはまさかと思い殿下を見れば、しれっと返答が返ってきた。
「婚礼衣装だそうだ。この地域では赤が結婚式の色らしい」
「え」
まってまって、これ記事に載ったらまずくない? 焦りながら周りの事務官に目線を送るも誰とも目が合わない、側近に目線を向ければにっこりと微笑まれて「お綺麗ですよ」とお褒めの言葉を頂けた。
違う! そうじゃないだろう!候補者に着せちゃだめな衣装だろう! どういうことだ! と騒ぎたいけれども、今は外交の真っ最中。
担当したスタッフ達は、衣装の意味を話してくれているし、いまでは作るのが大変なほど豪華な衣装だと聞けば「素敵な衣装ありがとうございます」というしかなかった。
もちろん写真は殿下とツーショット。単体でも撮ってもらえたのは嬉しいが、ツーショットはまずいのではないだろうかと、側近の人をなんとか捕まえて聞けば、国内では単体で撮った写真のみ出すので問題ないと返ってきた。
確かに国外の新聞を読む人は少ないだろうが、絶対に読まないとは限らない。特に貿易をしている商人や国境沿いの貴族は読むはずだ。
「まぁまぁ、大丈夫ですよ。外交にまで調べる貴族はあまりいませんから」
そういうものだろうかと半信半疑で衣装を脱ぎ、宿泊先のホテルに戻る頃には外は雨になっていた。最初は弱い雨も、時間が経つと共に窓に当たる音は大きくなり、そとはぼやけて何も見えなくなっていた。
「すごい雨だわ」
「明日の公務の予定がずれるかもしれないね」
「明日の見学先が、大きな川を渡った先なんだが、よく氾濫するらしい」
「氾濫……」
晩餐の時間になると、雨は激しくなり殿下が言ったように川が氾濫してしまったという情報が送られてきた。周りの人たちは急いでスケジュールの調整に入るための会議に出向いてしまい、ヴァレンティナは食事が終わってしまうと手持ぶたさになり、ダイニングルームで一人本を読むことにした。
「何を読んでいるの?」
目の前に影がかかり見上げれば殿下が覗き込んでいた。
「あ、殿下。本日いただいた図録です。言葉は分かりませんが、写真が載っているので面白いですよ」
「へー、あー今日見た壺だね。写真だと少し色味が変わるな」
「そうなんです。面白いですよね。ほらここ、実際にはよく見えませんでしたけど、こうやって拡大して柄がのっているので分かりやすいです」
「へー」
殿下は隣に座ると図録の覗き込んだ。そのために、体が密着し殿下のまつ毛がよく見えた。
「……ちかいです」
「ん?」
「殿下、近いです」
「あぁ、ごめんごめん」
「会議は終わったんですか?」
「あぁ、明日は公務はなし、自由時間だ。そのかわり滞在期間は伸びてしまうけどね」
「わぁ〜それは調整する人たちは大変ですね」
「そうだね、でも我々はまさかの休日となったわけなんだけど…」
にっこりと殿下が笑みを浮かべながら何か言おうとする前に、後から入ってきた側近の声で遮られた。
「私とで「殿下は明日は執務をしていただきます。此方でも出来ることはありますので」」
「空気を読め、シオン」
「空気を読んだら執務をされないでしょ?」
「……」
「殿下、先に仕事を終わらせればそれだけ楽になりますよ!」
側近であるシオンを睨む殿下を宥めながらヴァレンティナは、もしかして明日は一人で遊べるかも? と淡い期待を抱くもシオンの次の言葉に心を砕かれた。
「ちなみに敬語の問題で、外出はできません。ヴァレンティナ様」
「え、ちょっとホテルの前の広場とか、市場とか」
「ダメです。それに明日も雨ですよ? 市場はほとんど開きませんから、ホテルで大人しく過ごしてください、ホテルのサービスは受けて問題ありませんから」
「はい……」
遊べるかと思ったが、やはり公務。そう簡単には遊べなかったとしょんぼりしていると殿下が吹き出した。
「あははは」
「ひどいです。笑うなんて」
「いやいや、あきらかに一人で遊びに行こうとしてたから」
「……」
そんなに顔に出ていただろうかとヴァレンティナは自分の顔を触った。
「……変わってないな」
「変わってない?」
「顔に出るところがね」
「……」
どういうことだろうかと、ヴァレンティナは思わず眉間に皺を寄せてしまった。
「シノン」
「!!」
「やっぱり、ヴァレンティナはシノンなんだね」
「いえ、チガイマスヨ」
「声が硬いな〜」
「……人違いです。私の名前かすりもしてないじゃないですか」
「そりゃーそうだろうね。俺がつけたあだ名だからね」
「別の人と間違われるのは失礼ですよ」
「君はシオンだよ。ここのほくろ、覚えてるよ。俺が見つけたんだ」
そう言いながら、首筋に手を添えると、耳の後ろをなぞるように指先で肩をなぞった。少し襟ぐりを広げられた場所は、自分では見えない場所。
「なななんなにを?!」
「取っ組み合いの喧嘩をした時に掴んで、見えた黒子だよ。気づかなかった? ここに二つ並んであるんだ」
逃げようにも目の前に殿下が覆い被さり、首筋に顔を埋められると思った瞬間、耳の横を何かが通った。
「殿下近すぎます。不埒すぎます」
シオンが差し込んだのは書類だった。ちょうどヴァレンティナと殿下の頬の横に差し入れられており、お互いの顔は見えない。
「シオン!!」
「私がいる目の前で女性を襲うとすれば止めますよ。陛下に怒られたくありませんからね!」
「襲っていないだろ! ちゃんと黒子が見えるようにしようと」
「そこにほくろがあるのは侍女たちに確認済みですから。それに鏡を使わないと本人には見えないですよ。早く退いてください」
シオンの言葉に、そうだったのかという思いと、もしやかなり前からバレていたのか? いつからバレて? という疑問が湧き上がった。
殿下は小さく舌打ちすると、ヴァレンティナ上からはいなくなったが、肩を抱き寄せられて逃げられなくなっていた。
もう誤魔化しようがない。しかも本人が知らない特徴まで指摘されて仕舞えばいくら言い逃れしようが無理だろう。なによりもこれ以上の密着はヴァレンティナ的に持たない。
「どうしてシノンだと……ちょっと離れてください」
「あの二人が仲良くしているのが怪しかったというのと、なんかずっと引っ掛かってたんだよね。それで、個人的に親しい知り合いを使って調べたんだ。そしたら、王宮に遊びにきていた子供の一覧に君の名前を見つけた」
間近でにっこりと微笑まれ、ヴァレンティナはほんの少し頬が熱くなった。
「……男の子だと思っていましたよね?」
「そう! 女だって気づかなかった俺がバカだよな〜」
ますます密着した殿下と距離を置くために胸元を押すも、その手を逆に掴まれてしまい離れられない。殿下の顔をみれば、ニヤニヤ顔を抑えているようだが、漏れ出している。
「やっとみつけたんだ」
そう囁く殿下に、ヴァレンティナの顔は完全にりんごのように赤くなってしまった。
だがここには、シオンがまたいるのだ、殿下の首を捕まえヴァレンティナから引き剥がした。
「全く。殿下が昔から仰っていた側近に欲しいシノンさんがまさか女性でしたとは、距離が近いですよ殿下」
「容赦ないな」
「でも、そのおかげで俺は側近になれましたから、ヴァレンティナ様には感謝です」
「え? どういうこと?」
「殿下の勘違いで、シノンは俺じゃないかという理由で雇用されたんです。まーもちろんすぐに別人だと分かったんですけど、だからといって即解雇とはいかないものなので、働かせていただいております」
にっこりと微笑みながらシオンはヴァレンティナに向かってピースを向けた。本人も実力があるのだろうが、そうとう面白い人のようだと、ヴァレンティナは思った。
「やめろ、その話を蒸し返すな」
殿下の嫌そうな顔に、昔のように猪突猛進で決めたのかと思うと、思わず笑ってしまった。
「相変わらずなんですね」
「うっ……」
「昔はもっと酷かったですけどね、今は落ち着いたように見えますけど、実際はどうなんです?」
「殿下は、ときどき暴走されますね」
「そうなんだ」
「やめろ! これでも大人になったんだぞ、それにシノン! 俺はお前をずっと探してたんだぞ?」
「そうだったんですか? 父が亡くなってから、誰とも交流を持てなかったので」
「それは、君の叔父上が原因で?」
「そうですね。私の居場所がバレると危ないということで王妃様に止められていました。学院に入った頃に覚えてる友人に手紙を出してはみたんですが、誰からも返事がなかったんですよ」
「そうか」
その言葉に殿下とシオンは目を合わせて頷いた。
「なんです? 二人して」
「いや、君が思っている以上に狙われていたんだなって」
「それは、一応シノノメ家の次期当主ですからね」
「まーそれもあるね」
「それ以外にも?」
「土地を持っているってことは色々狙われるんだよ」
意味深な言葉に思わず、聞き返すも殿下は笑みを浮かべるだけで答えず、もう遅いから部屋に戻るように促されてしまった。
翌日は、やはり雨のせいで公務はお休み、世話係の人たちは自由時間となったために、ホテル内のサービスのエステを受けに行くとか、私も行こうかと思ったが、実費らしいのでやめておく。
ホテル内のショップを護衛の人を引き連れて回るのも半日で飽きてしまった。
「あ、温水プールがある?」
案内を見ながら時間潰しのネタを探していたらちょうどいいものを見つけた。
早速ショップで水着を購入し行く準備をするも、側仕えの女性達はエステにいったきり戻ってこない、そして護衛の人たちはプールの出入り口を固めるだけでついてこれないらしい。
「未婚の女性の素肌を見るのはちょっと、女性陣を呼びますのでお待ちください」
と言われてしまえば、待つしかない。
手に持っている水着がよろしくないらしいが、南の国の水着よりは布面積は多いが本国の水着よりは面積が少ないのが問題らしい。
もしかして、プールは良くなかったのだろうかと思っていたら、許可が降りたた。今回ホテルは貸切らしく、プールを利用しても問題ないらしい。入る前にチェックが入っていたが、まさかこんな大事になるとは思いもしなかった。




