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王子の婚約者候補 〜ヴァレンティナは旅行をやめられません〜  作者: siro


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20/20

20)公務

「はぁ」


 ヴァレンティナは用意された部屋の中で思わずため息が出てしまった。まさか豪華な列車の中が落ち着く空間になるとは昨日までは思いもしなかった。知らない人と政治的なお話なんて出来るはずもなく、ただ一緒にいるだけでいいと言われても、時々話を振られるのだ、ずっと気が抜けず思っていた以上に緊張して疲れていた。

 ぐったりとソファに腰を下ろすヴァレンティナとは打って変わり、側仕えの人たちはテキパキと動いていく。そう、次の衣装の準備だ。

 うとうとするヴァレンティナの頭から装飾品を取り、アクセサリーも外し、化粧を直すと慣れた手つきでドレスも脱がしてくれる。至れり尽くせりである。


「着替え……あ、その前にお手紙を書きたいですけど」

「かしこまりました。ご夕食は公務ではないので、ゆったりとした服になりますからご安心ください。お手紙は、汚れないようにその上からガウンを羽織っていただいてからでお願いいたします」


 そういいつつも、着せられるのは質の良いシンプルなドレスだ。インクでドレスを汚さぬように羽織らされたガウンも手触りがとても良く、これもインクで汚したくない一品だが……レターセットもすぐに用意されたため、深く考えないようにした。

 執事宛には跡取りとしての手続きをして欲しいと言うことと一応委任状を書いておく。そして数少ない執事と面識があるであろう、ばあや宛に手紙をかき、その中に執事の手紙を入れて彼に届けてほしいと書いた。

 一応二通書いていると、殿下が部屋に訪れてしまった。


「暇つぶしに来ただけだから、畏まらないで。あぁ、手紙を書いていたのか、誰に? あ、言いたくなければ言わなくていいからね」

「いえ、執事とばあやにです。……届くか分からないですが」


 思わず出てしまった言葉に、殿下は少し考えた。


「ふむ。なら、魔封筒を使うといい、私のを持って来させよう」

「それって貴族が重要書類に使う、指定の場所以外では開けない封筒ですよね? そんな高級品!」

「隣国から出すんだ。どこかで紛失してしまう可能性の方が高い。なら、魔封筒で送った方が重要書類として認識されて、確実に届くよ。何より私の印がはいっているからね」

「そんな恐れ多い」

「君は今、私の婚約者候補だ。そのくらい許されるさ」


 そう言うと、本当に魔封筒が用意されてしまった。ヴァレンティナは迷ったすえに、確実に届くのならばと思い直し、今まで手紙を書いていたが届いていないかもしれないと言う内容を付け足したものを添えて魔封筒に入れ直した。開封されると魔封筒から切り取った紙にマークが出るようになっているとか。

 そしてもう一つは、普通に出すと告げたのだった。


「どうして?」

「カモフラージュです。領内に私をよく思わない派閥もいると思うので、もしも殿下からの封筒だけだった場合、勘繰られてしまいますが、私が個人的に送った封筒もあれば、こちらだけ消えると思うので」

「なるほど、まだシノノメ領は不安定なんだね」

「たぶん……、王家に保護していただいてから、一度も戻れていないので」

「え? そうだったのか。なら、この公務が終わったあとに一緒に行くのはどうだろう? 里帰り兼視察として」

「そんな、職権濫用していいのですか?」

「こうゆう時に使わないとね。手紙は、ダーイキ! 出してきてくれ」

「かしこまりました」


 扉に控えていた側近の男性ダーイキがヴァレンティナの手紙を受け取ると部屋から出て行った。列車はすでに走り始めているため、次の補給のために停車した際に出してきてくれるらしい。

 殿下にテスコートされて夕食のために食堂車に到着した。外は雲に紫や赤い色が塗られたかのように美しいグラデーションとなって絵画のような情景だ。

 遠くの山間に沈むゆく夕日に思わず見惚れてしまった。


「綺麗」

「私は、少し物悲しく感じるよ」

「そうなのですか? 私は、なんだか吸い込まれそうと思ってしまいます」


 ふと、たわいもない会話ができていることに気づき、ヴァレンティナは思わず自分の口を手で押さえた。


「そうなんだ。私はたぶん……ずっとそこにいて欲しいと思ってしまうからかもしれないね。さて、席に着こうか。夕食の準備が整ったようだよ」


 殿下に促され席に着けば、辺りがあっという間に薄暗くなり、室内のランプが一斉に点灯した。聞こえるのは列車の音と、食器がぶつかる音、そして殿下の声だけだ。


「なんだか、不思議な気分です」

「不思議?」

「はい、こうして殿下と旅行できて、あっ公務ですよね。すみません」

「ふふふ、私もヴァレンティナと旅行できて嬉しいよ。こうして穏やかな時間が過ごせるのが何より嬉しい」


 そうしみじみとつぶやかれた言葉に、ヴァレンティナは胸が高鳴った。

 幼い頃はただ顔が好きだと思っていた、だって中身はやんちゃな男の子で遊び相手だったのだ、たとえ婚約者として連れてこられていたとしても、幼い子供たちには理解しきれていなかった。

 それが理解できる年齢で、再会してしまったのだ、しかもカッコよくなって。


 だからふと考えてしまうのだ、もしも父親が亡くなっていなければ……そんな虚しい夢想をしてしまう。


 ヴァレンティナの中で幼い頃の好きと、今の好きは明らかに違う形をし始めてしまっている、でもこれ以上育てても意味のない思いだ。貴族としてシノノメ領の最後の生き残りとしての責務を果たさなければならない、必死に連絡をしてきてくれた人たちのためにも。

 たぶんこの旅が最後の旅行だろうと思いながらヴァレンティナは、殿下との時間を楽しむことにした。



 揺れる車窓から朝日が差し込んだ。流れる景色の中空を鳥たちが舞っていく。美しい景色に思わずため息が出てしまう。だが浸る時間もなく、豪華なドレスに着替えさせられ軽い食事を済ませれば、首都についてしまった。


「では、行こうかヴァレンティナ」

「はい、殿下」


 列車から降りた瞬間から仕事だ、国の代表として、ある意味広告塔でもある公務の時間の始まりだ。

 ヴァレンティナは殿下にエスコートされながら一緒にホームへと降りたつと、出迎えた人々に向かって手を振った。にこやかに笑みを浮かべながら、迎えに来た大臣に挨拶をして移動だ。

 通訳の人がついてくれるため、ヴァレンティナは大臣の質問になんとか答えられた。殿下も一応通訳を通して会話をしている。

 みなが歓迎してくれる中、スケジュール通りに進んでいく。とりあえず登場人物が多すぎてヴァレンティナはもう誰が誰だかわかっていなかった、とりあえず役職名も長ければ名前も長いのだ。

 ニコニコ微笑みながら、ここに事務官として来ていたら即メモできるのに、なんて思いながら殿下の側近に助けられながら、やっと本日のメイン、農耕具のお披露目場所にたどり着いた。


 農耕具なので実験用の畑だ。一応足元は整備されていたが柔らかい土のため踵が沈み込んで歩きにくいうえに、土が跳ねてドレスの裾を汚してしまった。

 誰だこの靴を選んだのは! なんて思っていたら殿下が気づき、歩調を合わせてくれたかと思ったら抱き上げられてしまった。


「殿下?!」

「すまない、靴選びを間違えた」


 ヴァレンティナがやめて欲しいと懇願している最中に、通訳の人が大臣に何か話していた。


『なるほど、確かにその靴では歩きにくいですね。……姫君のお洋服は殿下がお選びになられたのですか?』

『えぇ、せっかくの初めての公務なので私が一式揃えたんです。可愛らしいでしょ』

『あはは、とてもよくお似合いです』


 ヴァレンティナは何を言っているのかさっぱりわかっていなかったが、周りの生ぬるい視線に居た堪れなくなった。やっと下ろしてもらえたのは、新式の農耕具の前だ。

 ここまでくればもう歩く必要はない。

  

「これが新式の農耕具!」

「はい、より深く土を耕すことができるようになりました、動力部分は魔具なんですが、風の魔素を取り込んでいるんです」

「それでは、このあたりの魔素が減ってしまうのではないか?」

「いえいえ、少量だけ使用し、魔素の流れを使って電気を発生させこのコイルに流し込むんです。そうすると歯車が回ります」

「わーすごい」


 開発者の人が説明してくれる内容を聞きながら実際に農耕具が動くと本当に少ない風の魔素で動き始めた。殿下も一緒に驚きながら、人手不足の場所での利用や馬が足りない地域への普及について拝聴した。

 輸入する数や金額は、大臣たちを交えて決めていくらしい、一応ついてきた人たちに専門の人もいるらしいけど、今日はお披露目と交流目的であるため、そこまで詰めた話し合いはしない。するとしたら、ヴァレンティナがいなくなった後だろう。


 感動していて忘れていたが、帰りも殿下に抱き抱えられて舗装された道まで運んでもらってしまった。

「大変申し訳ないです。重かったですよね」

「気にすることはないよ。羽のように……とまでは言わないけど、大剣より軽いよ、ちゃんと食べてるかい?」

「食べてます」


 この歳で抱き上げられるとは思いもしなかったヴァレンティナは顔が真っ赤になっていた。周りの人たちの視線の数に耐えられず、早くこの場を去りたい気持ちでいっぱいだった。


「あはは、顔が真っ赤だ」

「誰のせいだと……」


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